なるべく深刻にならないように でも軽くなりすぎないように
「ダメだよ田口くん!ポイ捨ては・・・」
そう言われたのは志保子さんと お付き合いをするようになった
次の日の土曜日 午前中授業だったので帰りに寄り道をする事にした
夏休み前のある日の事
「駄菓子屋きのした」でスイカバーを二本を購入し「きのした」傍にある
水路に掛かるコンクリートの橋に 二人で座り込んでは アイスを齧りつつ
明日どこかに初デートに行こうという会話で 僕達は楽しんでいた
志保子さんの「動いている生き物を 見るのが好き」というお好みポイントを
聞いた僕は 行き先に水族館を提案すると 彼女は嬉しそうに頷いてくれる。
動物園なども考えたのだが 今週は真夏日が続くと予報で知っていたので
彼女を暑い中を連れ回すのも 気が引けたという事もある。
そうやって話をしている時に思ったのだが
何時も僕が友人達と良くしている遊びの大半である
身体を使ってサッカーをしたり 追い駆けっこをしたりなどは
彼女にとっては やはり不得手な事であるという事だった。
出来ない訳ではないとは聞いたが 右足の膝から下がほぼ感覚が無く
動かせないという事を考えれば わざわざそうする事もないように思う
それに彼女とならば こうやってお喋りしているだけで充分楽しいのだから
右足に身障を持っている彼女と これからどういう風に
付き合っていくのが良いのかを つらつらと考えていると
彼女は僕のTシャツの袖口を指先で摘みながら 軽く引き
「御免なさい 私がこんな風だから 行き先とか余り選べなくって」と
俯きながら 右足を摩り小声でそんな事を言ってきたのだ
僕は「そんな事・・」と慌てて言い掛け 少し言葉を探しながら
足元の透き通った水の 川の流れの中で泳ぐ魚を指差して
「お魚さんにさ・・そんなトコ居ないで出てこいよ こいよオラ!」とか
言ってもお魚さん的には「そんな事いわれましても・・な感じになるじゃない」
と俯いてる彼女の横顔に話し掛ける。
「なんで志保子さんも そうゆう風に身体が出来ているだけなんだから
気にする必要はまったくないよ」と 少し次の言葉を探す
「そのままの志保子さんを何処に連れて行ったら 志保子さんに喜んで貰えるか
考えるのが 僕のお仕事な訳でなので 僕のお仕事を取らないで下さいね!」と
見つかった言葉で 本当に気にする必要が無い事を伝えたくて
なるべく深刻にならないように でも軽くなりすぎないように
見つけられた言葉に 出来るだけ気持ちを込めて伝える。
すると彼女は袖口を掴んでいた指先を 僕の二の腕に そっと添えると
反対側の手で川の魚を指差して 少しだけ口をすぼめる感じで
「私って・・あんな顔してるの・・?」と悲しげに呟くので
僕は驚いて「ちっ・・違くて!」と志保子さんの顔を見ると
目尻を下げて嬉しそうに口元を 綻ばせている彼女と目が合い
上手くかは分からないけど 少しは伝わったと感じれて
お互いにちゃんと笑い合う事が出来た。
そんな感じで話をしていると それまでは川辺の傍の大きな木のお陰で
日差しに当たらなかった この場所にも日差しが照りつけてきたので
少し場所を変えようかと 彼女を誘って立ち上がる
そうしていつもそうしていたように食べ終わったアイスの棒を
「海へお還り・・」と川にポイ捨てしようとした僕の右手首を
「がしっ!」てな感じで彼女が握り締めてきたのだ
それはその白く柔らかな手からは 想像もしていかなかった握力で
このまま握り締められてたら「ベキッ!」と 逝ってしまいそうな力であり
僕は夏の日差しの中で 背中に冷や汗が流れるというレアな体験に恐怖する
そして自分の右手首の安否を心配しつつ 僕は右手首を掴む恐ろしい握力の
持ち主である彼女を見ると 口は笑っているのに 目はまったく笑ってない
怖い笑顔で「ダメだよ田口くん!ポイ捨ては・・」声は鈴の音が鳴るようなと
表現して良いくらい澄んで可愛い声なのに 右手首に掛かる物理的に
危険な領域に達しつつある力と その表情に思わず気圧される
普段ならば「聞こえまっせーん!」とか言いつつ 自分が所持する
全てのスキルをフル活用して 相手の怒りを更に煽って楽しんだり
「笑って誤魔化せ自分の失敗 死ぬまで責めよう他人の失敗」の
名言に従って 笑って誤魔化すのだが このままでは僕の右手は
「平気 平気!」と笑っては 到底誤魔化せないレベルに
曲っちゃいけない方向に 曲がってしまいそうなのである
僕は「ゴクリっ」と唾を飲み込むと恐怖に震える声で
「はっはい・・すいません」と 多分生まれて初めての心からの謝罪をする
すると彼女は口元にも 何時もの微笑みを浮かべてくれて
「万力のような」と表現しても 可笑しくはなかった手首に掛けてた力を緩め
空いた両手を僕の胸元に置くと そのまま軽く僕に寄りかかるような態勢になり
顔を少し傾げ 僕を上目遣いで見つめながら「ダメだよ・・」と
甘酸っぱいを絵に書いたような 表情と口調で囁いてくれる
その言葉に痺れた頭や心と物理的な力によって痺れが残る右手の感覚の中で
僕は志保子さんによって「叱られる喜び」という
新しいジャンルを開拓したのである