合法ドラックスイカバー
何だかわからないけど 何だか大変な事になっている世界で
私は玄関手前にあったロッカーの影に 外からは見えないように置いた
レクレーションルームから 掻き集め戦利品を眺めながら
気を抜いても抜かなくとも 明後日の方向に飛んでいってしまう思考を
きちんと現実的な対処に使おうと気を引き締める。
その昔 そうあれは小学校の三年生にあがった頃のこと・・
母に暖かい眼差しと優しい口調でいわれた言葉を思い出す
「文は やれば出来るんだから頑張りなさい!」と
そうだった母さん「俺がんばるよ!」と気持ちを新たにした時
確かそう言われた一年後くらいに 似たような事を言われたのを思い出す
「文は やれば出来ると思ったんだけどねえ・・」
あの時の母の可哀想なものを見る眼差しと 疲れた口調を思い出すと
新たにしたはずの気持ちが 別の方向に新たになってしまう。
これはいかん また気分が落ちてきた。
落ちた気分と同じように 落とした視線のその先に
みんな大好きスイカバーの包袋が風に揺られているのが見える。
木っ端微塵になって砕け散った 空きっぱなしの入口から
風にでも飛ばされて入って来たのだろうか・・そう思い
スイカバーの包袋を見ていたら スイカバーが食べたくなってきた。
温暖化現象かなにかは知らないが
「ちょっといい加減にしてくださいよ!泣いてる子もいるんですよ!」と
叫び出したくなるような ここ最近のその猛暑の中でさえ
私がスマートかつクールな精神状態を維持できるのは
このスイカバーのお陰といっても過言ではない。
一日に食後の三本は一般人でも当たり前だと仮定しても おやつと夜食がわりに
更に二本を食べることによって 現在のような困難な状況においても
私は冷静さを失わず 適切かつ的確な行動が取れるのである。
そういえば・・と合法ドラックなみの効力をもつスイカバーには
もう一つ違う効果があった事を私は思い出す。
私の宿命のライバル・・
にっくき敵であり 私より先に志保子の柔らかな膝枕を堪能した茶虎猫
通称「おいなりさん」を それはもう面白いように
FFⅪの獣使い風にいえば「あやつる」事が出来たのだ。
私が志保子と出会い、日々彼女の美しい肢体に 如何にタッチするかで
幼い心を悩ませていた頃。
そう・・あの夏の夕暮れの迫る公園のベンチで 私と志保子の間に立ちふさがり
邪魔をしまくった茶虎猫「おいなりさん」を 見事に打倒したのは
「ロトのつるぎ」と後日 私が命名したスイカバーの木の棒であったのだ
元々私が大人の云う事を良く聞く 素直な少年だったあの頃に遡る・・
僕は 小学校の黒板の上に飾られていた有り難そうな言葉を
その類まれな頭脳から呼び出すと 担任の飯島先生が付け足した
「手近な所から順序よく」という言葉を思い出す
その言葉を参考にして「手近な所」つまり身に付けている服のポケットから
何か使える物は無いかと まずズボンのポケットに手を突っ込んでみる
十円ガムの残りとおこずかいの残り五十円や家の鍵しか入っていない
仕方なく僕は、もう片方のポケットを確認してみる。
何か手に当たり何だっけと取り出してみると お別れの挨拶をした時に
宮田くんのお母さんが「お家に帰ってから食べるんだよ」といって渡してくれた
食べ終わったスイカバーの木の棒と それを入れてる包袋だった
もちろん素直さでは日本代表クラスの僕である
言いつけをきちんと守り 始めは包袋に包まれたスイカバーを片手に
家路を急いでいたのだが 夕方とはいえ真夏の暑さである
徐々にスイカバーから スイカジュースに変化していく右手に持った包袋に
僕は恐怖に慄きながら 打開策を検討する事にした
「溶けかけの所を 齧っていけば大丈夫!」
なぜそんな結論が出たのか 今となっては謎だが
名案に思え実行に移す事にする。善は急げである
包袋を開封すると先っぽの方が スイカジュースに沈んだ状態の
スイカバーが姿をあらわした。
まず先にとスイカジュースの方を 包袋を傾けて飲むことにした
宮田くんのお母さんは「スイカバー」をお家で といったのである
「スイカジュース」は対象外である。
元スイカバーで今スイカジュースを飲み干す。冷たくて美味しい・・
だが味わってる場合でもないので 本丸であるスイカバーの方に取り掛かる
まずスイカバー本体の表面で半液体化している部分を 綺麗に舐めとる事にする
「患部が分からなければ手が打てない!」のである
僕のバイブルである少年マガジンに出てくる
マントの裏に手術道具をジャラジャラと一杯つけた
「スーパードクターなんとか」が言っていたセリフである
毎回読んでて思っていた事だが
あのマントの裏の手術道具が 自分に刺さったりしないのだろうかと不安になる
真っ直ぐな立ち姿なら良いだろうけど下手に屈んだら
自分が血だるまになると思う
そんなやつに「俺が治す!」とか言われたら
「まず自分を治せよ!」と叫んでしまうかも知れない
そんな思いに耽っていると 更にアイスが溶けていくので一心不乱に舐めまくる
しかしである舐めれば舐めるほど気のせいじゃないスピードで
スイカバーは溶けていくのである
「どういうことなんだドクター!」と思ったが
彼は人間のお医者さんなので アイスには詳しくないのかも知れない
取り敢えず当初の作戦の通り 片っ端から齧っていき
気が付けば「スイカバーが付いてる棒」から「スイカバーが付いてた棒」に
FFⅪ風に言うとJOBチェンジしているのである。
宮田くんのお母さんとの約束は 果たされなかったのである
後悔と己の不甲斐なさに胸を痛めるかというとそうでもなく
「アイス美味しかった!」という
月並みな感想を抱きつつ 食べ終わったアイスの棒を包袋に入れると
「土へお還り」とポイ捨てしようとした時 僕の脳裏には
「ダメだよ 田口くん!ポイ捨ては・・・」という
先週掛けられたばかりの強制が発動したのだった。