バレなければ犯罪じゃない
夏の夕暮れ迫る公園のベンチで 僕は志保子さんが買い物袋から取り出した
単行本のタイトルを声に出して読んでみる
「女の子の食卓」
表紙には黄色地の背景に いま僕の隣に座っている志保子さんに
髪の色が薄青色な事をのぞけば そっくりな女の子が
花が添えられた木のお皿を 左手で胸の高さまで持ち上げ
右手に持ったスプーンを 口に咥えた姿が描かれていた
そしてその下に作者名なのだろう「志村志保子」と書かれている
僕はびっくりして「志保子さんが 書いたの!?」と聞くと
その僕の言葉に志保子さんは お腹を抱えて笑い出し
少しして笑いがおさまると 目の隅に薄く溜まった涙を拭いながら
「私じゃない志保子さんが 書いたんだよ!」と 口元を綻ばせて教えてくれた
タイトルを見る感じでは多分だが 料理関係のお話のようだ
もしこれでロボットに乗って宇宙で戦う漫画ならタイトル詐欺というやつである
絵もクラスの女子に読ませて貰った事がある 他の少女漫画のように
「どうしてこんなになるまで放っておいたんだ! 」と
叫びたくなるような大きさの目ではなく 線の細い涼やかな絵柄である。
「読んでみてもいい?」と志保子さんに尋ねると
普段は母親に「今年は通知表なかったよ!」と言って見せようとしない僕が
何時もの三倍くらい「よくできました!」が多かった時に
「見て!見て!」と言った時と同じ表情と思われる笑顔で
頷いてくれたので読んでみる事にする
やはり料理対決とかするんだろうか・・などと予想を立てながら
ページを捲ると 僕の視界は茶色で埋まった。
茶虎である
それまで僕らのやり取りを 中身のまるで詰まってなさそうな頭を
キョロキョロさせながら聞いていた茶虎が
今度は僕が左端を志保子さんが右端を 仲良く持って開いてる単行本を見ようと
覗き込んできたのである。しかも僕の目の前に頭を出して
邪魔くさい・・・
空いてる方の手で茶虎の頭を退かそうとするが
茶虎は僕の手が触れた瞬間に その手の下に頭を通して躱しまくるという
嫌な高性能っぷりを発揮しまくる。
普段の僕なら茶虎の頭を押さえつけ黒のサインペンで
オデコに「肉」とでも書いている所なのだが
あいにくとサインペンを持ち合わせてなく
志保子さんも居るのでそれも難しい。
志保子さんも志保子さんで そんな僕と茶虎のやり取りを
ニコニコ微笑んで見ているだけなので ここは自力で解決を図るしかない
知恵の見せ所である
誰かにされて嫌な事をやられて それを辞めさすにはどうするか?
答えは色々な意見があると思うが 僕は同じ事をやり返すことだと思う
殴られたら殴り返し 蹴られたら蹴り返す
そうしないと相手がもし悪気なくやってたとしたら
そうされたら痛いと気付くし
分かっててやっていたら やったらやられると
気付かせることが出来るからである
もちろん「自分が成り立たなくなる程の労力を支払う」必要はないが
自分が我慢すれば良いでは何の解決にはならないと思う
別に面と向かわなくて良いのである 裏から手を回せば
そこまで考えて茶虎の前に手を出して見えないようにしてやろうかと
考えた作戦は却下する
それは危険である
何故なら やつには鋭い牙と爪があるのだ
噛まれたり引っかかれたりしたら 繊細な僕は泣いてしまうかも知れない
どうしよう・・と思い悩む僕は ここは一つじっくり茶虎を観察する事にした
そうして僕は目の前にある 茶虎の小さい頭 訳して茶頭を見つめて考える
僕の頭の十分の一くらいの大きさだとすると そこに詰まっている
知識と知性に司る脳みそも同じくらいだと推定する。
いやもっと少ないかも知れない 茶虎だし(確定)
それに加えて 僕はそんじょそこらの小学五年生ではないのである。
天才少年の呼び名も高いコナンくんと 同じく天才高校生の金田一さんの
その栄光の輝きに満ちた活動の記録といっていい
「名探偵コナン」と「金田一少年の事件簿」を 全巻読破しているのである。
つまり彼らの人生を僕は追体験している事になり 知識も知性も同等レベルと
考えても差し支えないと思う いやむしろ二人分を体験しているのだから
もう彼らを超えているかも知れない。自分が怖い
自分の秘められた能力に少し恐れを抱きつつも
すでに二人を超えてしまったその知識と知性を いかに有効活用するか考える
まずは問題点をドラクエ戦闘コマンド風にまとめてみる事にする。
①茶虎が邪魔
②志保子さんがいるので通常攻撃禁止
③志保子さんがいるので必殺技使用禁止
④志保子さんがいるので道具使用禁止
⑤すごく茶虎が邪魔
⑥とっても茶虎が邪魔
よく見ると①⑤⑥は内容が同じなので一つにまとめる事にする
僕がいかに茶虎を邪魔だと思っているかが 大変よく他の人にも伝わると思う
次に志保子さんが居ることにより禁止されている項目を見て
もし志保子さんが居なければ と仮定して考える。
だがそもそも志保子さんが居なければ、僕も茶虎なんぞ相手にせず
先程 志保子さんが握ってくれた手を 頬ずりしたり香りをクンクンして
スキップしながらお家に帰っているので これも除外する
そうすると志保子さんがいる事で 禁止されてる項目を
如何に解除または限定解除を出来るかで考えていこうと思う。
「バレなければ犯罪じゃない」という素敵な言葉がある
志保子さんの目に映らない速度で 茶虎をボコボコに出来れば良いのだが
格好良い角も付いておらず 身体も赤く塗装されてない僕は
通常の三倍の速度で動けるわけでもなく お飾りの足も付いているうえ
そのスタイルに変身する道具の用意もない
さてどうするか?
道具という単語で 僕の頭に電光のような閃めきがよぎる。
「道具を作って使う」事により人類はここまで進化したのである
天才少年二人の薫陶を受け ある意味人類の最先端に立つ僕なら
手持ちの道具もしくは付近にある何かで 対処出来ると思う。
そう考えた僕は ポケットの中身を確認しようとするのだった