茶虎との遭遇
夏の夕暮れ迫る公園で僕達二人はゆっくりと歩く
志保子さんの小さな手を握りながら ベンチへと少しずつ進んで行くと
僕たちの反対側から 明らかに同じ目的地に向かっている
茶虎の猫がふてぶてしい悪人顔に 殴りたくなる表情を浮かべ
尻尾をくねくねさせながら悠然と歩いてくる
このままではベンチがあの感じの悪い猫に奪われてしまう・・
負けてたまるか!と そう感じた僕は思わず歩調を早めてしまう
僕の動きに無理に合わせようとした彼女は 足を絡めそうになってしまい
僕は慌てて彼女の肩に両手を添えると 彼女は杖を持つ方の手を
僕の胸元に添えて「ごめんね・・」と俯きながら小声で謝ってくる。
「いや・・」と言って言葉足らずな感じがしたので
「ごめん慣れてないから・・つい」と付け足すと
「ごめんね・・」と彼女は俯いたまま また小声で謝ってくる。
もうちょっと気が利いたセリフを・・と少し考えて
「すこしずつ慣れていくから もうちょっと待ってね」と
言葉をさらに付け足すと 彼女は顔を上げてくれ
「ありがとう 文くん」と 微笑んで嬉しそうな声音で囁いてくれる
その微笑みと声音の柔らかさに思わず僕も微笑むと
彼女を前にすると何時まで経っても緊張して
上手く言葉が出て来ない自分に少しだけがっかりする
そして手をつなぎ直すと今度は慌てないように
慎重にゆっくりとベンチに足を運んだ。
ベンチには すでに茶虎が香箱座りで座り込んでおり
僕たち二人を見上げて「なにか?」みたいなムカつく顔をしている
普段の僕なら年齢相応の対応として 大声をあげて追い掛け回すか
もしくはクールで かつスマートな対応として
コンビニ袋の中に茶虎猫を入れて 木の一番高い所に吊るしてあげて
「スピードワゴンは クールに去るぜ!」などと呟いて お家に帰るのだが
今日は志保子さんが隣にいるので そのような対応は不可能である。
すると志保子さんは少し体勢を低くすると にっこり微笑んで
「ねこさん 私達も座って良いかな?」と声を掛ける
すると茶虎は「ニャー」一声鳴くと 香箱座りを崩し少し場所を開けてくれた
まあ猫の気持ちも良く分かる 分かりすぎると言っても良い。
志保子さんにあんな可愛らしい仕草と口調で言われたら
もし僕が猫の立場なら すぐさま地面に四つん這いになり
「僕に座ってください!!」と逆に頼んでしまうかも知れない
いやちがう そうじゃない と我に返り
猫があけてくれた場所に 志保子さんを促して先に座らせて
さて僕も座ろうかと腰を降ろし掛けると
茶虎は「オメーの場所は ねーから!」といわんばかりに
僕が座ろうとした所で香箱座りを再開した。
そうして僕と目が合うと「なんだよ?」な 腹立つ顔をしてくるのである。
このまま座ってぺっちゃんこにして 三次元から二次元の猫にしてやりたいが
志保子さんの手前それも気が引ける。
すると志保子さんは 自分の太腿を手でかるく叩きながら
「猫さん こっちおいで」と言うと
茶虎はまた「ニャー」と一声鳴きながら 志保子さんの太腿に
その中身の詰まってなさそうな 頭をのせてゴロゴロと鳴き出す
羨ましい・・・
多分絶対確実に 物欲しげな顔をしていた僕を横目で見ながら
茶虎は「羨ましいダロ?」な殴りたくなる表情で
ここぞとばかりに自分の頭を 志保子さんの白い太腿に擦りつけ始める。
志保子さんは「くすぐったいよー」とクスクス笑うと
その白く華奢な手で 茶虎の小汚い毛並みを撫でながら
一向に座らない僕を不思議そうに見上げ
「文くん 座らないの?」と聞いてくる
余りの羨ましさに頭の中で 僕は茶虎の体を力ずくで押さえつけ
無理やりその体に 青と白のペンキでカラーリングを施し
新しいカラーリングの 惨めな負け犬ならぬ負け猫になった茶虎を
「ドラえもん」と呼ぶか「ガガガ文庫」と呼ぶかで思い悩んでいた僕は
慌てて表情を取り繕い「う・・うん・・」と呟くと
ベンチに腰を降ろしたのだった。
そして「可愛いよねー!」と 茶虎を撫でながら笑顔で言う志保子に
「騙されないで そいつの思うツボよ!」と
どこぞの魔法少女のようなセリフを 叫び出しそうになるが
何とか堪えて呼吸を整える
そうして僕は落ち着いた口調で「どっかの飼い猫かなー」と
「可愛いよね!」という質問に対し「どっかの飼い猫かなー」と
別の質問で返しながら「可愛くねーよ!」と 暗に伝えたかったのだが
上手く伝わらなかったようだ。
「すごい人馴れしてるもんね!」と
純真で汚れない彼女は笑顔でそう返してくる。
志保子さんの声に「ニャー」と鳴きながら
更に中身がスカスカの頭を 擦りつけている汚れた茶虎を
湧き上がる憎悪に 炎が揺れる瞳で見つめながら僕は更に考える
もし僕の手元にマシンガンがあれば どこぞの魔法少女のように
時間を止めて蜂の巣にしてやるのに!と そんな事を考えていると
志保子さんは「あっそうだ!」と可愛らしく両手を合わせ
何時もそうするように 僕の袖口をひいて僕を呼びながら
横に置いておいた買い物袋を手元に引き寄せると袋の中から
一冊の本を取り出したのだった