彼に貪欲な私
日が沈み風が出てきたおかげで 大分涼しくなった夏祭りの夜
花火の会場である港へと続く
明るく照らされた提灯が並び屋台で賑わう通りから
人波を避けて横に逸れた私たちは
灯台のある古房地公園へと足を運びます
文くんの言葉によると
見物客の多くは海に浮かぶ船から打ち上げられる花火を
すぐ間近で見られる港方面に向かうらしいのですが
出来るだけ二人きりになりたいと伝えてくれた
彼のその言葉に 私はとても温かい気持ちになります
「文くんとなら何処でも・・」と寄り添う彼の腕で
嬉しくてどうしても口元がにやけてしまう だらしのない自分の表情を
私を見つめる彼の視線から一生懸命に隠しつつ
声を震わせながらも何とか伝えます
そして わざとはぐれてしまったクラスメイトの皆には
少なからず悪い事をしている自覚はもちろんあるのですが
それでも私が独占したいと想っている彼が
そんな私を独占したがってくれていると思うと
彼からの その甘い誘惑に抗うことは
私にはどうしても出来ないのでした
広い歩道の港へと向かう人の流れとは反対を
二人でゆっくり歩いてゆくと 人気のない古房地公園に辿りつきました
そして私たちは公園のベンチに 仲良く並んで腰を降ろしたのですが
彼のいない左側が寂しく感じた私は その大きな肩に自分の頭を擦り付けて
抱っこをして欲しいとおねだりをしてしまいます
そんな私の子供っぽいおねだりに 彼は笑って少し屈むと
私の下駄を脱がして 足元に綺麗揃えて置いてくれます
そして姿勢を少し変えて 私の背と膝小僧の後ろに両の手を差し入れて
軽く持ち上げお姫様だっこをすると ベンチに深く座り直し
自分の開いた両足の間に横向きに座らせてくれるのでした
そうして自分の胸元に私の頭を優しく抱き寄せてくれると
彼に寄りかかる形になった私は 右の耳に響く彼の鼓動と
その浴衣越しに伝わってくる温もりに とても安らかな気持ちになり
何時ものように ついつい微睡んでしまうのです
背中から肩に回された彼の左手のぬくもりはとても心地よく
でも彼に貪欲な私は 空いている彼の右の手も堪らなく欲しくなります
手をそっと伸ばして彼の右の手をゆるく掴み 自分の方に引き寄せると
思いついた悪戯心と自分がこれからする おませな行動に対する羞恥心の間で
ほんの少し迷いましたが 彼の大きな右の手のひらを
自分の薄い胸元に押し当てるのでした
何の事はありません
彼には「まだダメだよ・・」などと焦らすような言葉を伝えながらも
其の実 彼と触れ合いたいのは私の方なのです
夜空を美しく染める花火を眺め
早くなった彼の胸の鼓動に耳を澄ませながら
その温もりに浸りつつ
私達の夜は更けていくのでした