「志保子クッキング」の新しい可能性
私はジャイロから降りて周囲をきちんと確認しながら
「スーパー元長」の軽自動車の追突によって粉々に飛び散った
ガラス扉を潜り抜けると店内が思っていたよりも
普段、自分が買い物に来ていた時と変わらない事に少し驚く
震災の時にそうだったように
先が見えず仕方無いとはいえ 必要以上に買い占めに走る人間や
もしくは私のように何かをやり過ごした人間が訪れて略奪のたぐいをし
食料品等の物資が無くなっている事を少なからず危惧していたのだが
そんな事は無く商品が何時ものように山のように積まれているのである
ちなみに震災のあった三月十一日は木曜日だったため
その前の週の「魔法少女まどか★マギカ」の十話に感動し過ぎた私は
きちんと十一話を見るために会社をズル休みして寝ていたところを被災し
前日綺麗に掃除したのに・・と不貞寝していたら買い出しに出遅れて
仕方なしに避難所に向かった事を思い出す
あれから何の成長もしていない事に気がつき 少し落ちた気分で周囲を見渡すと
電灯やエアコンは止まっているが 冷蔵庫や冷凍庫は稼働しているので
生鮮食品も色艶を見た限りでは 日持ちが悪い刺身や生肉類は少し不安だが
ハムなど加工肉などは充分に食べても平気そうである
余り大きなスーパーでは無く ご近所御用達のこじんまりとした店舗ではあるが
こんな事は有り得るのだろうかと私は頭を捻る
そして思いつくのは二点である
今現在に起こっている事は
実はそれ程の事では無く 直ぐ解決するのが分かっているからか
それとも食料品を手に入れるよりも急いで
この場を離れなければいけない程の何かが起こり 慌てて逃げ出したかである
恐らく後者だとは思うのだが
では一体何処にどっちの方向に逃げれば良いのかも
現時点では情報不足で判断が付かないのである
向かった先が その何かの発生地点だったとしたら
飛んで火にいる夏の虫か鴨がネギしょっての諺みたいで阿呆の極みであり
それなら取り敢えず出来るだけ物資の確保をしておこうと考える
たまたま私が先に来ていただけで 後から来た者に運び出されても困るからだ
分かち合ったり譲り合ったりは そうしたい人間のみでやるべきで
何時まで今の様な状況が続くのか分からないなら
まず自分が生き残る算段をたてるべきである
店内やバックルームを探索し 檻のようなカゴ付き台車と
折りたたみ式のプラスチックケースを発見すると
お米袋やお餅 カップラーメンやインスタントの味噌汁 クッキーや飴
他には調味料やドリンク類等の保存の効くものと 今後も考え植物の種などを
どんどんプラスチックケースに詰めては台車に乗せていく
三台あった台車が一杯になったので すぐ近所の拠点の一つにしようと
目星をつけていた一応は人が居ないか探索し 車庫の鍵を見つけておいた
一軒家のシャッター付き車庫の中に運び込む
私はエッチラオッチラと台車を運びながら
先ほどドラえもん一味の本拠地と目星をつけたアデランスの事を思案する
そしてアデランスのカツラの大部分は 東南アジアなどの貧しい地域に住む
年若い女の子の髪で作られているという記事を以前に読んで事を思い出す
そういう地域の女の子がお嫁さんに嫁ぐ際に
髪を切り売って得たお金を持参金として持っていき
そうやって集められた髪の毛が加工されてカツラとなり
自分が乗っている満員電車に座っている おっさんの頭に乗っているかもと
ウォーリーを探せ!のような気持ちで周囲を良く窺ったものである
あの親父・・髪が艶やかすぎる・・と考えながら見ていると
苦痛でしかない満員電車もそれなりに楽しく過ごせた事を思い出し
少しだけだが口元に笑が浮かぶ
こうやって現実を何とか笑い飛ばせるのが
人間の強みなのかも知れないなと考えながらも
車庫に物資が一杯に詰まったケースは隠して積んでいくと
再び台車を持ってお店に戻っては新しいケースにまた詰めてと
それを三往復する頃には店内の保存商品は大分回収出来たのである
これで物資を得ようと他の誰かが店舗に来ても
無いと分かれば直ぐ傍の一軒家の鍵付き車庫を探すよりは
まだ物資がありそうな他の店舗に向かう確率の方が高いので
後は今運んだ物資を如何に 自宅に持っていくかを考えれば良いのである
五トンクラスのトラックでも良いので
道路の交通の確保が出来るば積み直して運ぶ事も考えられるが
現在の道路事情ではそれも難しそうである
ただ自宅からここまで来たルートなら
途中にあった段差を少し埋めたり木の柵を更にぶち壊したりで
カゴ付き台車をそのまま自宅アパートまで運ぶ事は出来ると
もう少し生モノも運んでおこうと考える
私は生鮮食品の並ぶ棚をゆっくりと眺めながら
すぐに食べる事が難しくなると思われる加工肉などを箱に詰めていく
ついでに生クリームやハチミツそしてシロップを見つけて
それらを見た私の頭脳はフルバーストすると素晴らしい閃きが浮かぶ
これで志保子を「味付け」するのも良いかも知れない・・・と
「志保子クッキング」の新しい可能性を見つけ出せた自分の料理スキルに
驚きを隠せない気持ちのまま それらを震える手で運び出すと
一軒家の冷蔵庫に詰めておく事にするのだった