タケコプターの恐怖
まだ朝の六時を少しだけ過ぎただけなのに
すでに蒸し暑くなりそうな気配を感じる初夏の誰もいない世界
私はジャイロキャノピーを走らせて 昨日向かった渋滞した十字路とは
逆方向の自宅から本来なら徒歩で五分くらいの距離にある
「スーパー元長」に向かっていた
雨上がり湿気が多いせいで
すでに汗ばみだした身体をバイクの速度を上げて冷まそうとするが
殆どの車道が 横倒しになった車や家の塀に突っ込んで大破している車
それらを押し退けようとし乗り上げてしまっている車などで封鎖されており
なかなか目的地に辿りつく事が出来ずにいた
阿弥陀籤や立体迷路をやってる気分になる
ゲームなら行き止まりには宝箱が置いてあったり イベントが起こるなど
美味しい出来事が起こる場合が多いのだが ここは悲しくも現実で
あっちに行ったり こっちに来たりの繰り返しに 私は少々うんざりしてくる
仕方なく人が一人くらい通れる横道や他人の敷地の柵をぶち壊して通り
何とか「スーパー元長」の入ったビルに到着した頃には
時計の針は 既に七時近くになっていたのである
大きな道路は交通量が多いので 非常時は渋滞で身動き取れないのは
予想が付いていたが 普段は余り使われていない生活道路の方も
それら渋滞を避けて侵入してきた車で あちらこちらが封鎖され
行き止まり状態になっている
これなら徒歩の方が障害物を乗り越えたり出来るだけ速かったかも知れないと
悔やみながら拡大した町内地図に封鎖されている箇所を次々と記入していく
地図に封鎖箇所を記入しながら 初期のウィザードリィなどは
方眼紙を買ってきて自分で一マスずつマッピングしていた事を思い出す
あれはあれで未知の世界を冒険している感じがあって好きだったなと思う
最近のゲームはオートマッピング機能搭載で手間が無くなった分
その手の情緒も無くなってしまった様に感じるからだ
まあ今の様な状態で情緒を楽しむも無いのだが 手元の地図に記載された道路の
殆どは使えないものとして考えたほうが良いかも知れないと考える
行き先に何があるか(無事かは判らないが)分かっている分まだマシだが
最初は何とか邪魔な車を退かせないか ポパイ気分で押したりもしたのだが
とてもじゃないが人力で動かせる重さではないのである
そして確か無職になって一ヶ月くらい経った時に
暇に飽かせて色々な重さを調べた事があった事を思い出す
無職は労働意力に反比例して知的好奇心は旺盛なのだ
その時得た知識では「自動車」の中でも乗用車であれば
最近は軽自動車で1トン弱 普通車のセダンなどで1.5トン程度
大型のミニバンやSUVでは2トン前後だった気がする
大型トラックでは10トン程度は当たり前で それ以上は日本の公道では
特別に許可を取らない限りは20トン強に制限されていたと記憶している
勇者や魔法使いならワケわからん力で どうにか出来そうだが
気分だけポパイの無職の私にはどうにも出来なさそうである
飛行機や気球 タケコプターもしくはパーマンセットがあれば
それに使って上空から道路の状態の確認も出来るのだが
勿論そんなものは無く あっても怖いし操作方法も分からない
タケコプターとか正気の沙汰とは思えない道具である
あんなので空に浮いたら身体の重さが首吊りと同じで頚椎に掛かり
何処かに飛んで行く以前に あの世に飛んでいきそうである
それ以前にどういう仕組みで頭に設置されているのかも気になる
ドラえもんなら ある意味スキンヘッドだから良いが
他のメンバーはあれで抜け毛とかが酷くなったらどうするのだろう
そういう視点でドラえもん一味を見ると 奴らは未来からの使者では無く
アデランスの回し者なのかも知れないと考えながら周囲を見回す
残念ながら周辺にある建物は二階建てのアパートや一軒家が多いので
わざわざ昇っても大して遠くは見渡せないので
やはり地面を地道に進むしか無さそうである
諦めて車内を確認すると何台かは鍵も付けっぱなしで放置されていたので
乗り上げている車や堀に突っ込んで大破している車は少し難しいが
横転している車なら綱引きの要領で元に戻せば まだ使えるかも知れないと
バイクとの乗り換えも考えたが 現状の道路事情だと逆に不便そうなので
鍵だけ抜いておき 何処の車両のかは地図と鍵の両方に
マジックペンで記号を付けておく事にした
車の鍵を抜く暇もないくらいの何かがあったのだろうか・・と思案し
そして徐々に太陽が昇って蒸し暑さが増していく中で
夏場だから長い期間 エンジンを掛けずに放置しておくと
「ガソリンが腐る」事もあるので ガソリンスタンドの様子次第では
早めにガソリンを回収の方をした方が良いかも知れないと思いつく
ガソリンが腐るという言い回しをしたが
これは本当にガソリンが腐ってしまうという訳ではなく
古くなって品質が劣化してしまったガソリンの事を
腐ったと表現しているだけである
古くなってしまったガソリンは変色して強烈な嫌な匂いがするのが特徴で
劣化の度合いによって緑色に変色し 次にドロドロのオイル状態になり
最後に硬くなり樹脂のようにと変化していき
こうなるとエンジンの故障の原因にもなるのだ
そもそも密閉した燃料タンクに入っているのに変質してしまうのかというと
それには主に次のような理由がある
酸化してしまうか揮発成分が抜けてしまうのどちらか もしくは両方である
これはどういう事かというと ガソリンはとても揮発性が高いので
例え密閉してキャップしていても 隙間から少しずつ揮発性の高い成分が
漏れ出てしまい その腐敗した状態で動かそうとしても殆どの場合は
バッテリーが先にダメになって動かせないという事が多い
ちなみに腐るという現象は 有機物に細菌などの微生物が繁殖して
タンパク質などが分解・変質される事なので 原油からの精製油の
混合物であるガソリンに腐敗するといった事は起こらない
そして人間に都合の良いものを「発酵」と呼び 悪いものを「腐敗」と呼ぶ
ただ古くなったガソリンの臭いが余りにも強烈で「腐る」という言葉以外の
表現が なかなか思い浮かばない事から そう呼ばれているだけなのだ
そしてガソリンの寿命を出来るだけ延ばす為には
なるべく空気に触れないようにして容器はしっかりと密閉する
他には温度変化を防ぎ直射日光の当たらない場所に保管するくらいしかなく
ガソリンスタンドなら「燃料劣化防止剤」も場所によっては置いてあると思うが
それを使っても長くて三年程度しか持たないのである
この状況が何時まで続くか今の所は判断のしようがないが
それ以後の事も考えて於かなくてはとメモしておく
確か似たような事はワインやブランデー、ウィスキーなどの製造工程で
熟成を要する酒類でも起こり 熟成中に水分・アルコール分が蒸発し
最終的な製造量が目減りする現象を指して「天使の取り分」と
なかなかロマンチックな名前が付いていた事を思い出す
私は精製方法なども調べておいた方が良いかも知れないと考えながら
これがゲームならレシピと材料させあれば
合成メニューを開いてボタン一つで出来る事も
現実ではそうもいかない事を嘆きつつ
「スーパー元長」の粉々になったガラス扉を潜り抜けるのであった