魔海戦 後編
日本時間 1月2日 シーミスト近海 ゛調査海域゛
「艦長、海域に入りました」
「分かった。対潜見張りを厳となせ」
龍雅は不意を突かれる事を恐れていた。
何せ、この艦は対潜用の艦ではないからだ。
「お客さんはどうだ?」
「はい、初老の男が落ち着かない様子ですが、後は問題ありません」
それは龍雅も同意見だった。
あの歴戦の戦士を思わせる風貌の男が龍雅は気になって仕方なかった。
「(あの男・・・・何か隠している様子だった)」
「ボディチェックはしたのか?」
「はい、念のためしました・・・・どうかしたのですか?」
「いや、一応の確認だよ」
はぁ、と言い副長は部屋を出て行った。
その時を見計らったかのように一人の隊員が話しかけてきた。
「艦長、一つ申し上げたい事があるのですが」
「なんだ言ってみろ」
「自分はむかしタコを飼っていたのですが・・・・」
「ふむ・・・・・」
「そいつは一日中砂に潜るんです。だけど私が餌をあげると・・・・・」
龍雅は彼のいわんとすることを理解した瞬間、鈍い衝突音がし艦が傾いた。
日本時間 1月2日 イージス艦『みかづき』 第二士官室
グレノはこれまで生きてきていて聞いたこともないような衝突音が耳に飛び込んできたのと同時に、襲ってきた揺れに耐えきれず、今、床を這っていた。
「な、なにが起こったのだ!?」
騎士として恥ずべき姿を見せてはならないとグレノは素早く立ち上がり、状況を確認しようとした。
だが、その確認するための言葉を発する前に部屋のドアが開き、一人の女性が入ってきた。
「広報官の古谷と申します。本艦は戦闘状態に入りましたので皆様を艦橋にお連れします。こちらへ」
グレノは彼女の後に続いていき、艦の中をひたすら進み続ける。
「フルヤ殿、゛カンキョウ゛とはなんなのだ?」
「え?あ、はい艦橋はですね・・・要するに指揮所ですね。戦闘指揮はCICで行うものですがこっちは主に航海の指揮を行うところです」
「では、なぜ゛しぃーあぃーしぃ゛とやらに行かないのだ?」
「はい、あそこは機密の塊なのでいくら観戦武官としてもお通しするわけにはいきません」
「そうなのか・・・・・」
武人として戦闘の指揮が行われているところを見れないのは残念だった。
「着きました。ここです」
そう言い通された部屋はうるさい程の怒声が飛び交う゛船の中の戦場゛だった。
そして、彼らはそれともう一つの光景に目を奪われた。
それは艦の前に立ち塞がろうとする。海の悪魔の姿だった。
日本時間 1月2日 イージス艦『みかづき』CIC
彼らが艦橋に着く前の数分前の出来事―――
「対潜戦闘用意」
砲雷長に向けて龍雅は言った。
「使用可能兵装は!?」
「全部だ」
龍雅はニヤリと笑いながら言う。
だが、笑みとは裏腹に龍雅は長期戦になるのは危険だと悟っていた。
なぜなら―――
「艦長、この海域で本当に一戦交える気ですか?」
不安げな砲雷長が訴えかけてきた。
「いくらここが゛調査海域゛だからといってすぐそばには岩礁地帯がにあるんですよ!?しかもこの悪天候の中の航海はさすがに危険すぎます」
「右舷、発射管起動」
「艦長!!」
龍雅は砲雷長の言葉を無視し、兵装の準備を進めさせた。
「圧縮空気充填開始!」
「データ諸入力完了!発射準備よし!」
魚雷の発射準備が整い、龍雅は発射の合図を出した。
「右舷、一番発射管、撃てぇ!」
荒れ狂う海の中に魚雷は飛び込んで行く。
「魚雷、目標到達予想は三十秒後!」
だが、到達予想時間になって彼らが見たものは艦に乗るものすべての者の予想を裏切った。
「な・・・・・ぎ、魚雷を掴むだとぉ!?」
そして、掴んだ97式魚雷を、お返しだ!、とばかりにブン投げてくる。
「し、CIWS攻撃始め!!」
いち早く立ち直った龍雅が慌てて迎撃を命令する。
ドォォンと凄まじい爆発音を放ちながら魚雷が爆散する。
「被害状況知らせ!」
「右、SPYレーダー破損。使用不可!」
至近距離で魚雷の爆発を喰らったため、イージス艦の目ともいえるSPYレーダーを失った。
その時―――――
「艦長、艦橋から通信が!」
彼は心のなかでかけてきた相手を罵った。
「なんだ!」
「艦長!さっきの攻撃の時、一瞬目を離した隙に客人の一人がいなくなりました」
まさか――――――
「そいつの名前は」
「は、確か名前は・・・ガルべスといったかな?」
龍雅は急いで艦橋に上がり、艦全体に聞こえるように放送を切り替えた。
『全乗務員に告ぐ。艦橋以外で客人を見た場合、すぐに報告せよ!!』
「あのタコと距離を取れ!」
艦のガスタービンエンジンが唸りを上げ、艦が速力を増す。
「(もし、奴が工作員なら・・・・この艦の動力源を奪おうとするはず・・・なら奴の行き場所は・・・)」
龍雅は武器庫に立ち寄った。
そして、機関室へ通じる道を全力で走り始めた。
日本時間 1月2日 イージス艦『みかづき』 機関室
「よせ・・・やめろぉおおお」
ガルべスは手にした鉄の棒でニホン軍の兵士を殴り飛ばした。
彼は一息つき、自分の任務を頭のなかで再確認した。
ニホン軍はやはり魔法を知らないようだ。
そして、彼は自分の魔法で発現させたモノ――――゛魔導探知機゛を再び見た。
彼の目の前には大きな鉄の塊が数個、鎮座していた。
魔導探知物はこれを指していた。
これは、現代でいえば強力な熱を発するもの感知するいわばレーダーのような代物だった。
そして、手にしたレンチで思いっきり殴りつけようとした。
だが、
「止まれぇ!!」
一人の男の声がガルべスを静止させた。
そして、彼はゆっくりと振り返った。
そこに居たのはこの船の船長をしている男だった。
手には黒光りする物体を持ち、顔には緊張によるものか汗が伝っていた。
「そいつを捨てろ」
だが、ガルべスは動かない。
「これが最終警告だ。そいつを捨てろ」
ガルべスは持っていたスパナを捨てた。
そして、龍雅が気を抜いた瞬間、目にも止まらぬスピードで彼の拳銃を蹴り上げた。
「くっ」
拳銃は機関室の床を滑っていく。
双方、距離をとった。
「格闘戦というわけか・・・」
相手は年老いているとはいえ兵士、こっちはただの格闘戦素人の自衛官。
相手を殺すためだけに作られた者、守るための訓練をした者。たったそれだけの違い。
そして、二人は床を蹴った。
まず、ガルべスが暗殺者よろしく、龍雅の喉をつこうする。
だが、龍雅は大半が勘で躱し、腕を掴み背負い投げの要領で投げえようとするがガルべスがめちゃくちゃに暴れ、離してしまう。
そして、龍雅はガルべスの顔面に渾身のパンチを喰らわせた。
回避する暇もなかったガルべスはその場でたたら踏む。
そして、龍雅が畳み掛けようとした時、グラッと床が傾く。
態勢を崩した龍雅はいつの間にか接近していたガルべスにまともに蹴りを喰らい、壁に叩きつけられる。
壁に叩きつけられている龍雅にガルべスは拳をこれでもか!、というくらい打ちつける。
ドサッと龍雅は倒れこむ。
「フッ、デカイ口を叩いておきながらこの程度か?」
まったく彼は息切れしていなかった。
そして、彼は龍雅には理解不能な言葉を紡ぎ、光る短剣を懐から取り出した。
「まあ、これで終わりだ!!」
漫画などでよく使われる言葉だと内心龍雅は笑った。
その時、再び艦が傾きガルべスが態勢を崩す。
奇跡はそれだけではなかった。
部屋の隅に転がっていた拳銃が手元に舞い戻ってきた。
安全装置を素早く解除し、ガルべスに向けた。
それを見たガルべスの目の中に宿った感情を龍雅は見た気がした。怒り、諦念、悲しみ、など感情が目まぐるしく変わっていった。
「すまない・・・・・・・」
そして、龍雅は三回引き金を引いた。
「艦長!なにがあったんですか!?」
慌てて他の隊員達が集まってくる。
「帰ってシーミスト政府に伝えろ、スパイが一人紛れ込んでいたとな」
そして、彼はCICに戻る。
「艦長!いままでどちらに?」
「被害は!?」
「は、今のところは魚雷が爆発した場所以外に目立った被害はありませんが、触手によって艦が叩かれています」
そう話ている内にもまたもや艦が傾く。
「雨雲が去るのは!?」
「艦長何を?」
「いつなんだ!!」
温厚な龍雅が大声を出すのは珍しい事だった。
それに驚いた隊員が慌てて報告の声を上げる。
「はっ、およそ1時間くらいで去るかと・・・・」
「その時間内で行ける、もっと我が艦に有利な地形な場所は!?」
「わかりました。計算します」
その計算とやらができるまで逃げ切ろうじゃないか。
「取り舵いっぱい!左舷、発射管起動!」
すぐに発射準備が整う。
「発射を許可する!!」
またもや魚雷が荒れ狂う海へと飛び込んで行く。
「砲雷長、魚雷を自爆させる用意をしろ」
実は魚雷には自爆機能が備わっていた。魚雷も機密の塊であるので敵に鹵獲されるのを防ぐためだった。
「総員、対水上戦闘用意」
またもや魚雷をクラーケンが掴み上げる。
「今だ!自爆コード、打てぇ!!」
砲雷長がコードを送信する。
クラーケンの触手を爆風で何本か引きちぎりのが見えたきり、水しぶきによってその姿は見えなくなっていった。
「や、やったのか?」
その安堵した雰囲気は龍雅の重く張り詰めた声によって破られた。
「まだだ!!」
水しぶきが収まっていき、次第にクラーケンの姿が露わになっていく。
「主砲、撃ちぃ方はじめぇええええ!」
絶叫したのと同時に『みかづき』の主砲が火を噴く。
「艦長!艦橋の客人が話をしたいといっています!」
「今はそれどころじゃない!!」
「なんでもクラーケンについて助言したいと言っています」
今は奴についての情報が欲しい時だったのでちょうど良かった。
「君は誰だ?」
「シーミスト王国沿岸警備部隊、第三警備大隊所属のグレノと申します」
「それで奴の情報をくれ」
「やつは数いる魔物でも最強の部類に入る゛魔進化゛したものだろう」
「つまり?」
「奴は深手を負っても内側にある心臓か、脳を粉みじんにしなければ傷がたちまち塞がっていくのだ」
龍雅は思わず、クラーケンが映っているモニターを見つめた。
確かに魚雷の自爆で吹き飛んだはずの触手は見事なまでに再生されていた。
その時、CICのドアが乱暴に開けられた。
「計算の結果、ここがもっとも戦いやすいです。浅いですが我々でも十分通れます」
そういい隊員の一人が赤丸で囲ってある場所をコツコツと指で叩く。
龍雅はまたお叱りを受けると思うと戦闘中であるのに大きくため息をついた。
日本時間 1月2日 シーミスト王国
「パパぁなにあの音?」
小さい女の子が不安げに父親を見上げる。
「さぁ、パパでもわかんないなぁ?」
徐々に近づいてくる砲撃音に町は不安で満たされていた。
それは王室でも同じだった。
「女王陛下!危のうございます。地下室へ避難を」
側近は彼女に逃げるように薦めるが彼女は遠眼鏡を手にしたままその場に留まっていた。
そして、街のすぐ傍で爆発が起こると灰色の軍船が姿を現した―――――
日本時間 1月2日 シーミスト湾 イージス艦『みかづき』
「すべての兵装の発射準備をしろ!!」
湾内に入ると、祝福するかのように太陽の光が差し、ヤツの目を眩ました。
それと同時にすべての兵装の準備が整う。
「左舷、錨下せ!!」
「は?」
砲雷長が間抜けな声を出す。
「錨下せ!!」
錨が落ち、海底へと進んで行く。
しばらくすると錨が着底し、艦が錨を中心にコンパスよろしく回る。
クラーケンはその動きについていけず動作が遅れる。
「一斉撃ち方!!!」
その時、主砲、魚雷、ミサイル、など『みかづき』に積んであるすべての兵装が一斉に放たれた。
次の瞬間にはクラーケンの姿は爆音の残滓と共に消え去っていた。
「ふぅ~~状況終了だ。みんなお疲れさん」
しばらくして、砲雷長や航海長などがそろって訪ねてきた。
「艦長、あの戦法どこで覚えたんですか?」
「ああ、あれな、ちとアメリカの映画を真似てみた。おっと名前は言わないぜ」
その戦いの顛末は帰還したグレノとアリスが伝えたため市民たちの間ではいつまでもこの戦いは憶測やこじつけが加えられながらも永遠にシーミストで語り告げれる海戦となった。
長々と書いてしまいました。戦闘シーンはバトルシップを元に制作しました。次回も遅くなると思います。感想待ってます。