遥かなる夢
私が立ち上げた初めての企画『3ワード小説』の参加作品になります。
当初はもっと長い小説にする予定でしたが、期間内に書き上げれそうになかったので急遽視点を変えてこちらを作成しUPしました。
あみだくじで、3つのキーワードを決め。それにそって作品を書くと言うものです。参加は3月30日まで募集しております。興味をもたれました、活動報告に詳細がありますので、そちらで確認をお願いします。
そう、それはとてつもなく蒼く、無限のほど広く、果てのみえない美しい世界だった。
私を包み込むのは、しがらみのない空。
私を包み込むのは、穏やかな気高き陽射。
私を包み込むのは、すべてをうけとめる海原。
ああ、私は今、生きている。
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深い森の中で、私は一人で生きてきた。この世界の創世のころより生きていたが、仲間は一人、また一人とこの地を離れ故郷へと帰っていった。私もそうするべきだったのだろうが、なんとなくこの地に執着があり時期を逃しズルズルとここに留まっている。
そんな、もういくつの年月が経ったのか気にもならなくなったある日。城に一人の人間がやってきた。そのものは名を「フェリティーナ」と名乗り、国の命でこの城で働くためにやってきたのだという。確かに、そのような旨をしたためた書簡が送られてきたのは覚えていたが今日だったのか。と、特に気にもとめず好きに過ごすようにとだけ伝えた。
それからその人間の姿を城でよくみかけるようになった。小さな体でちょこちょこと城のあちこちを忙しなく動いて周っている。それ以外、特に何も変わったことのない、穏やかな時間が流れる。
そんなある日、私は何となくその者を呼び止め一緒に茶を飲んだ。
最初は特に何かを思ったわけでもなく、なんとなく。そう、ただなんとなく一緒に茶を飲もうと思っていただけだった。だが、彼女の身の上話となったとき。私は無意識に己のことを語っていた。これまで去っていった仲間以外には語ることのなかったことを。
私が今は伝説となっているらしい「竜」であること。ある興味がありこの地に一人残っていたこと。仲間がいる故郷への郷愁を感じるようになったこと。
そんな、聞いていても楽しくないだろう話をしていた。
だが、フェリティーナは最後まできいてくれた。そしてこういったのだ。
「ヴァスキース様。私で良ければ故郷へ向かう、最後の一押しの手助けをいたします。お一人では中々踏ん切りがつかないのであれば、私に協力させてくださいませ」
私は、もしかしたらその言葉をこの幾千の決して短くない時間の中で求めていたのかもしれない。
「そなたはそれでよいのか? また、仕事先を失くすのだぞ?」
私の至極真っ当な問いかけに、フェリティーナは最初にキョトンとその瞳を丸くさせたあとおかしそうに笑い始めた。
「人間、生きていればなんとかなるものです。それよりも私は、お仕えする方の望みをできるだけ叶えて差し上げたい。それが、私の務めであり最上の喜びです」
そう笑顔で言い切る姿に、私は自分でも口角が上がり笑んでいるのがわかった。
「ありがとう」
それから私はこれまで感じることのなかった新鮮な想いに戸惑いながらも、念願の望みが叶うと言う喜びに胸を躍らせていた。
私はやっと、己の人生を始めることができようとしているのだ。今まで始めようともしていなかった己の人生。私たちが小さく力なき存在だと思っていた、たった一人の人間の後押しにより私はやっと始まりへの足掛かりを得ることができた。
そしてその時はきた。
私は人型から本来の「竜」の姿に戻り、最後の手助けと見送りにきてくれたフェリティーナに別れを告げる。
「フェリティーナ、そなたに会えてよかった。私がこの地を去ることは、書簡にて国王たちに報せた。この城はそなたの好きにしてよい。せめてもの感謝のしるしに、この土地とこの城はそなたに譲ろう。私がいなくなったのちもこの地は護られ続ける。私とそなたの許可なきものは立ち入ることはできぬ。どうか、達者でな」
「はい。私もヴァスキース様と出逢えてよかった。遥かな旅路になると聞き及んでおります。無事に望みを達せられますことを、この地より祈っております」
この長き年月のなかで、一つまみ程の短い間ではあったが。フェリティーナと過ごした時間は、私の心に新鮮な喜びをもたらしてくれた。
「では、な」
「はい。いってらっしゃいませ」
私は赤き衣を身にまとい、幾千の願いを叶えるために旅立った。
望むのは遥かな夢でみた、故郷への帰還。
私は帰りたい。仲間たちが住む、故郷へ。
帰ろう。故郷へ。
私を待っているかはわからない。
それでも確かに帰りたいと願う、私の唯一の故郷へ。
世界に舞う、紅き命の祝福を受けながら私は帰る。
長き年を生きた、緑と白の世界に別れを告げて。