ただ、愛されたかった。母の物語
私は産まれた時から恵まれていた。
優しい母と優しい父。母は体が弱く、高齢でやっと子が望めたことから、私を愛してくれた。大きなお屋敷に沢山の使用人、何より将来を約束してくれた婚約者……
何もかも、恵まれていたのに……
「お母様……お父様……早く帰ってこないかな~」
その日は、雪がとても綺麗な日だった。父と母は留守で、他の使用人たちも休暇だった為に私は一人で留守番をしていた。
ッカタ
「……誰だろ……」
足音がしたので、私は音がしたほうへと足を運んでしまった。猫でも入ったのかと思ったが……
「……見たな……」
いたのは、大柄の男だった。手にはナイフを持ち、物凄い早さでこちらへと来て、すぐに私は押し倒された。
「よく見りゃいい女じゃねーか……」
「誰か!!誰かー!!」
大声をあげたが、家には誰もおらず、しかも田舎の方に家があるので、どこにも声が届かず……そのまま、私は汚された。
隙を見て、私は男のもっていたナイフを奪い、首に刺す。
「グァア!……っ」
短い断末魔を聞き、私は父と母がくるまで、男の血を浴びながら呆然としていた。帰って来た父母が叫んでいたのを覚えている。
その後、私は警察に連れていかれたが、状況が状況だったので正当防衛と見なされ、すぐに解放された。
「すまない……」
婚約者にも捨てられた。
これ以上ない程どん底に落ちたというのに、更に私の状況は悪化した。
「妊娠しております」
医者に……そう告げられたときは、本気で死を覚悟した。
「中絶してください!」
母はすぐにそう答えた。私も同じ意見だった。あの汚らわしい男の『子』がこの中にいるのだ、今すぐにでも引きずり出したい。けれど、医者は首をふっていう。
「娘さんの……子宮は相当弱く、子を出してしまうと母体の命も危険があります。また、仮に上手くいったとしても、もう子供は出来ないでしょう」
「そん……な……」
本格的に絶望だった。堕ろすことは出来ない。命の危険がある。死にたい。けれど、どうして私が死なねばならないのだ、私が何をしたというのだ。
「どうしてもというならば、子供を一旦産み、その後、施設に預けるのが賢明です」
医者の話を聞き、とりあえずはそうすることにしようとなった。
その日から、お腹が大きくなるにつれて、どんどん私は怖くて仕方がなかった。あの男の血が私の腹を食い破って産まれてくると、きっと出てくるのは悪魔に違いないと、私は怖くて、怖かった。
「死にたい……」
「お願い!そんなこと言わないで!」
「お前は悪くない!お前が死ぬことなんてない!」
両親は懸命に私を励ましてくれた。それが私の唯一の救いだった。
「……う……生まれる……」
産気付いたのは、夜中だった。すぐに私は病院に運ばれ、出産台に座る。お腹の痛みは一定のペースで訪れ、私は痛さでのたうち回った。
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!産みたくない!やめたい誰か助けて!嫌だ!死ね!死ね死ね死ね死ね死ね!」
「落ち着いてください!もうすぐ産まれますから!」
私は叫びまくり、暴れまわった。そして、落ち着けと医者に何度も言われ、激しい痛みと嫌悪の中、なんとか産まれた。
「オギャー!!おぎゃー!」
「産まれました!可愛い女の子ですよ!」
恐怖の産声が聞こえ、私は聞きたくなくて顔を背ける。あぁ、産まれてしまったのだ。あの憎き男の子供が……嫌だ、産みたくなかったのに……
けれど助産婦の人はそんな私の意思を汲み取らず、子を私に抱かそうとした。
「お母さんも抱っこしてあげてください!」
嫌がらせかと、出産の苛立ちとストレスから突き返そうとしたが……
「……可愛い……」
とても、可愛いかった。
眠そうな目や、とても小さい手や足がたまらなく愛らしく、思わず私は手を伸ばし、ゆっくりと助産婦から赤ん坊を譲り受ける。
赤ん坊は私の指を力強くギュウっと握り、安心したように私の胸でゆっくりと寝た。
「なんで……こんなにも、愛しいの……?」
赤ちゃんは私の言葉に答えることもなく、ただギュウっと私の指を握っていた。
「実は、その子を育てようということになったんだ」
「え?」
出産した2日後あたり、まだヘトヘトでベッドで寝ていた私に両親はそういった。二人は本当に申し訳なさそうにしながらも、私に懇願した。
「産まれて来たこの子に罪はないし、それに孤児院を沢山巡ってみたが、余りいい環境ともいえない。桔梗にはとても酷だとは思うが、育てようということになったんだ」
それを聞いた時、正直に言えば安心した。
この子を育てれるか分からないけど、可愛いこの子と離れるのも嫌だったから……
「うん、いいよ」
「本当かい!?ありがとう!」
私が了承すると、父と母は嬉しそうにそういった。
「育てれるか……分からないけど」
「その点は心配いらない。私たちと使用人だけで育てるよ」
そう笑顔で答えた父母はきっと私を考慮してのことだったと思う。配慮だったんだと思う。私も、きっと上手くいくんじゃないかと考えていた。
私は……この子の母だから。
けれど、そんなに上手くいくはずがなかった。というよりも、私はこの子の傍にいられなかった。
屋敷の離れで住み始めた我が子は、使用人と母に育てられ始め、私は近づくことも出来なかった。
「私たちでやるから」
「離れていて」
「関わらなくていいのよ」
言葉は優しかったから、私を心配してのことだと思っていた。考慮してのことだと思ってた……けれど……
「桔梗様に会わせなくてよろしいのですか?
ある日、こっそりと離れに近づいた時、聞こえた使用人の声。母は子を抱き締めながら、答えた。
「あの子は子育てなんて出来ないわ、きっと殺してしまう。だから離れさせるの、危険だから」
とてもとても冷たい声だった。突き放すような、それでいて何も信頼していない言葉だった。そして、私はようやく気づいた。
離れで育てているのは、私を考慮してるんじゃなくて、私を警戒しているんだと……
「(なんで!?私はあの子の母よ!私が産んだのよ!?どうして近づけれないの!どうして決めつけるのよ!)」
両手を顔に当て、涙を流し、私は悲しさにあふれた。悔しさや怒り、羞恥と悲しさがごっちゃ混ぜになった。
月日がたつにつれ、私は暇を見ては子の部屋に行っては母や使用人たちに遠回しに追い出された。言葉は優しいながらも、近寄らないでくれというのが伝わってくる。
母が死んでからは、立場上、私に逆らえない使用人たちは私を止めることをしなかったが、それでも不愉快な目をしていた。
「おかーさん?」
あぁ、何故この子にまでこんな顔をされなきゃならないの?
「あなたなんて、産みたくなかった」
だけど、私は産んであげたのよ?あなたのお母さんなのよ?どうしてそんな泣きそうな顔をしているの!何で私を愛してくれないの!?
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!」
死ね……死んで……詩音。
私は子を殴り、蹴り、ぶった。どうして愛してくれないのかと、どうして私に笑顔を見せてくれないのかと。
「子供に罪はない」
と言ってきた人は沢山いた。けれど、それは嘘だと思う。
強盗犯に似たその目が嫌い。私に似てないその髪が嫌い。もの凄く生理的な嫌悪感がある。でも、それは私に罪はない。私が愛せないのは仕方がない。
けど、詩音が私を愛さないのは可笑しい。
色々と改善をしてみたが、やはりダメだった。私が詩音を愛することは出来ない。無理だ。そしてなにより、詩音は私を愛してるくれていない。
限界が来た私は、赤いマフラーで詩音の首をしめていたら、使用人に取り押さえられた。
「どうして?」
と、言いたそうな詩音に私は答える。
「アナタに罪がないなんて知ってるわよ……沢山の人に言われたわ……けれど、私が悪いっていうの!?私が全部悪いの!?好きで貴女を産んだ訳じゃないのに!好きで母親になったわけじゃないのに!愛そうと頑張ったわよ!努力したわよ!けれど煩わしかった!ずっと死んで欲しいと思ってたわよ!ねぇ、私を愛してるなら死んでよ、消えてよ……お願いだから……私を幸せにしてよ、死んだら幸せなの……
アナタなんて産みたくなかった」
あぁ、本当に……貴女なんて産みたくなかったわ。やっぱり産むべきじゃなかった。でも、産んであげたのよ?ここにいてもいい許可をあげたのは私なのよ?
「……っ」
詩音が無表情で何処かへと走っていく。
「詩音……!」
あぁ、何処へいくの?なんで逃げるの?どうして貴女は愛してくれないの?
手を伸ばしてみたけれど、なにも捕らえることが出来なかった。
私はただ、愛されたかった……それだけなのに。