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ちょっとした、文化の違い  作者: くさぶえ
ドラゴンは娯楽を楽しむ
9/85

九話

 直接的な虐めよりも、無視の方が辛いという話をしていたヤツが前世でいた。


 ありゃあ、嘘だ。何せ直接的に干渉をされてしまうと、自身の時間が奪われてしまう。けれども無視なら、自由だ。


 確かに自分を空気のように扱われてしまうと、まるで自分もまた空気の一部なのではと錯覚してしまうことがある。自分の存在意義が疑わしくなってしまうのは少々辛い。けれども別に存在意義なんて無くても良いじゃないか。

 

 正直な話俺という意思は転生前のズルによってここに存在している訳で、本来は存在しないもの。存在意義なんて欠片もない。でもここにいる。だから生きる。当然の判断である。


 俺は入学から一年間色々と干渉を受けて来た。しかし最近、ネットというこの世界での初めての友人が出来た。これによって俺は学園内で空気な存在となり、縛られていた時間が解き放たれることとなる。つまりは俺に自由に動ける時間がやって来た。今まではセカセカと忙しく動いていた毎日であったが、これからは少々ゆっくりと行動出来る。


 それでもあんまり行動自体は変わらないのだけれど。休み時間には、相変わらず噴水の場所にいる。


 「……あ」

 「ん?」


 前世で知ったメジャーな筋トレ、腕立て伏せを行っていると、誰かが近づいて来る。

 足音は小さく、先程漏らした声の音程は高い。恐らく女性。取りあえず、体を起こして間合いを取っておく。視界に入る暗めの茶髪。何を隠そう俺の友人ネット君の恋人、イブ様である。


 「…………こんにちわ」

 「こ、んに、ちわ」


 嫌悪感を隠そうとせずに、嫌々と挨拶をするのがイブさん。

 その挨拶に挙動不信に声を震わせながら返事をするのが俺。


 「な、何か?」

 「喋らないで」


 ネットの話と、彼に告白をした彼女の姿が俺の中でのイブという人物の全てなのだが、その人物像は間違っていたのか。いや、彼女もまた日々成長しているということか。とにかく中々の罵倒である。言葉に力があるぜ。眼光もパネェっす。


 イブさんは忙しなく顔を動かす。どうやら俺を視界に入れるか入れないかで迷っているらしい。暫く彼女はそうしていると、決心したように俺と目を合わせた。ただしこめかみがヒクヒクと動いている。そんなに不愉快ならば別に見なくていいのに。俺だって視線を合わせたくない。


 「一応、お礼を」

 「え、何の?」

 「────────────────────────────ありがとう」


 頭を少しだけ下げると、彼女は颯爽と帰って行った。疑問には答えてくれないらしい。何なのだろうか。

 嫌だったことを終わらせた達成感からか、後ろ姿が爽やかだ。それに足が軽く、スキップ気味だ。逆に俺は訳が分からなくて頭を抱えた。











 選択授業の時間。相変わらずのフルボッコタイムである。

 凄く大変で容赦なく攻撃を加えてくれるものだから、体力がゴリゴリと削られて行く。だから訓練をより長く続けて、この時間をより有意義に使用するためにはちょっとしたコツが必要となる。恐らくミヤ先生もまたこれをやれという意味で厳しい訓練を行って下さっているのだろう。断じて日頃の鬱憤をぶつけている訳ではないはずだ。


 そのコツというやつなのだが、俺の持つ唯一の武器である『金剛』である。

 原理自体は簡単で、魔法の威力を調整して攻撃が当たる場所だけの防御力を底上げしてやる。他の部分の防御は低くなるが、その攻撃をより効率的に防ぐことが出来る。かなりの洞察力が必要だが、一年間の激しい訓練のお陰で多少は出来るようになってきた。ようは慣れである。


 「ガボッ! ブベッ! ボベラッ!」

 「キモイ! キモイ! キモイッ!」


 残念ながら俺の限界まで威力を上げた防御だって、ミヤ先生は余裕で超えて来るから困る。凄く痛い。


 ミヤ先生の教えてくれる戦闘術は剣もまた使用するのだが、訓練は基本的に体術である。剣で攻撃を通してしまえば、赤い何かが吹き出て訓練を中断せざるを得なくなるので拳である。アイアムサンドバッグ!


 金剛の訓練は沢山出来るけれど、剣術の訓練があまり出来ないのが残念。まぁ、先生の戦闘術において剣はあくまでトドメのために存在する。体術による超至近距離の連撃がキモ。他に剣を使用する場面は、相手の武器を受け流すとき。俺には金剛があるため、その場面で使用する必要は無い。


 それに雑魚の俺に一番必要なのは、とにかく生き残ること。攻撃は二の次だから、別にいいんだけれど。


 「トドメだぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああ!!」

 「ギャアアアアアアアアアアア!!」


 一瞬で三撃!? それも人体の急所を的確に!?


 顎を打ち脳を震わせ、喉を打ち、その上で鳩尾から内臓を抉るように打って肺の中の空気を全て吐き出させる。御見事。


 「おえっ、おう、おうぇぇぇぇぇええええええ」


 胃に残っていた昼食が胃から逆流してくる。空気が足りないから体が必死で吸おうとするのだが、ゲロを吐いているためにそれも叶わない。というか脳が震えて自分の体を思うように動かせない。喉の痛みも合わさって、生物として当然の機能である呼吸の仕方を忘れてしまったかのようだ。


 「ひぃ、ひぃ、こひぃぃ」


 吐くものが無くなった頃には、頭のクラクラがミヤ先生の一撃によるものか酸欠によるものなのか分からなくなってきた。何か体がビクンビクン動いている。最早自分の体が自分のものじゃないみたいだ。正常な思考もままならねぇ。もう嫌。


 「くっさ。お前ちゃんと掃除しろよ」

 「り、りょ、りょう、ひぃ! はぁ、ぁ、はぁ……。りょ、了解、です」


 ゲロの池に浸ること数十分。ようやく正常に戻ると、ミヤ先生が非常に冷めた目で俺を見ている。やったのは貴方ですが。


 取りあえず俺はゲロまみれのマントを脱ぎ、穴を掘る。道具がないために素手。残念なことに俺の金剛の力があれば、なんの苦労もなく硬い地面だって掘れてしまうのである。そして俺は掘って得た土を周りに散布されたゲロに被せて行った。体がふらつく。


 「じゃあ、これで今日の訓練は終わりな」


 作業を終えると、ミヤ先生はそう宣言する。胃液のツンとする刺激臭が周囲に残っているため、鼻を抑えながら。


 「ありがとうございました」


 取りあえず感謝。心が籠っていないのは仕方の無いことだと思う。

 ミヤ先生は話があるからと、場所を変えようとのジェスチャーを行った。確かにこんなに臭い場所で話もクソも無い。俺達は胃液の臭いがしない場所へ移動する。新鮮な空気を深呼吸で体に入れてから、ミヤ先生は話を開始した。


 「お前、ダンジョンに行ったそうだな」

 「ええ。ネット達のお陰で挑戦出来るようになりました」

 「どうだった?」

 「無様にも程が有りましたね。予想通りですけど」

 「ま、そうだろうな」


 顎に手を当てて、何かを考えるように沈黙。

 少し間が空いてからまた口を開く。


 「よし、これからダンジョンに行くぞ」

 「はい?」

 「だからダンジョンに行くんだよ。私と一緒にな」

 「えっと……、他には?」

 「いない。二人でだ」

 「それは大丈夫なのですか?」

 「忘れたのか? ダンジョンに挑む際の注意事項。入学の時に説明されただろう」


 過去の記憶を必死で掘り返すと、思い出すことが出来た。

 生徒は原則として四人でダンジョンに挑まなければならない。けれども実力を学園に認められた教員が一緒にいれば、その原則から外れて少人数、教師一人と生徒一人でも挑戦することが可能となる。俺にはまるで関係のない話だと思って、頭の片隅に放置していた。この条件が適応されることは、殆どないらしいのだ。


 「正直お前と一緒になんていたくないんだが、私の教えている戦闘術は実戦で磨かなければ意味ないからな。お前が一応生き残れることは判明した訳だし、これからは授業の時間をダンジョンに挑む時間に変えて行くぞ」

 「生き残れるって、俺が挑んだのは入り口付近なんですけど……………」

 「大丈夫だろ。お前が死んだら給料が少なくなるから、一応助けてやるよ」

 「凄い不安なんですが」

 「黙れ。いいから行くぞ」


 決定権は俺には存在しないらしい。











 ダンジョンに入った先生は、こんな雑魚を相手にしても意味ないとばかりに狼っぽい魔物を倒して、どんどん前に進んで行く。次第に俺が先日見たダンジョンの様子が変わり始めた。土壁から生える植物は当然のように見た事のないものが増えたし、魔物もまた地上では存在しないものが現れる。


 そしてこれは感覚的なものなのだが、俺の弱者としての危険察知能力がここが危険だと知らせている。なんと言うか、皮膚がピリピリした感じ。そんなもんがあるかは分からないけれど、この感覚は確かだ。


 「あの、どこまで行くんですか? 正直もう進みたくないんですけど」

 「まだまだ。お前が死にそうになるぐらいの魔物が出るまでだ」

 「ちょッ!? 勘弁して下さいよ!」

 「冗談だって。お前がギリギリで勝てそうな魔物が出るまでだ」

 「─────それも嫌なんですけど。というか、先程の魔物でギリギリだったんですけど!」

 「大丈夫だって。というか、喋んな」

 「ウゴッ!」


 腹パンは勘弁。今度は胃自体が出そう。

 本当に大丈夫なのだろうか。いや、ミヤ先生はダンジョンの熟練だそうだし、実力が高いことは十分に知っているけれど。それ以上に今の自分の弱さを知っている。不安で仕方が無い。


 「これも食えるぞ」

 「あ、はい」


 ここまで進む間、ただ先生は迫る魔物を倒すだけではなかった。

 ダンジョンで生き残るためのサバイバル術。食べられるもの、飲める水を探す方法。休息を取るのに最適な場所。また地上に持ち帰って売れば金になる物。特に足跡や糞の落ちている場所から、魔物の縄張りとその生息している場所を見つける方法は非常にためになる。地上でも応用が効くからだ。


 先生の指し示した野草を、先程汲んだ水で洗ってからそのまま口に入れる。

 苦い。けど美味い気がする。マヨネーズでも掛ければ。後は天ぷら? 塩で食べれば美味そうだ。想像してみると、凄く食べたくなって来た。涎が出る。


 この王国の食文化は俺が前世で暮らしていた日本という国のものではない。いや、あの国では様々な国の料理を食すことが出来たのだが、元から存在していた和食という食文化があり、それはこの王国にはない。四季があるという国柄の共通点はあるものの、あの国は島国であったがこの王国に海が接している場所は少ない。自然はあの国ほど豊富ではないし、陸地が続く。


 昔の日本は肉をあまり食さなかったらしいが、広い土地があるから酪農が発展しているため多く肉を食す。ダンジョンには様々な魔物がいるから、肉の種類も豊富だ。それによって食事は肉をメインにそれを引き立てるように発展したようだ。


 それ以外にも多くの違う点がある。この国に天ぷらのような食べ方がないのも無理は無い。そもそも揚げ物が存在しない。存在するのかもしれないけれど、俺は見た事がない。ダンジョンから次々と採取される新しい食材の食べ方と、既に知られている食材との組み合わせを模索するので忙しく、新しい調理法が中々生まれないのだ。


 なら俺がそれを使って大儲け。なんて考えたこともあるけれど、残念なが俺は油の作り方を知らない。天ぷらは諦めよう。


 「あとこれも食えるけど、かなり痛い」

 「痛い?」

 「凄く痛い」


 縦長の赤い実。俺の知識では唐辛子に近い。取ってみて、口にしてみる。

 先生がうわーと引いている。うん、辛い。それも唐辛子以上だ。ハバネロだって目じゃねぇ。お口の中がパニック!


 「あー、あー、あー」

 「だから言ったのによ……」


 でも美味い。なんと言うか、この鼻を突き抜ける刺激的な香り。そして口の中に残る旨味。クセになりそう。


 「もう一口」

 「うわっ、キモッ!」


 辛い。パニック。でも美味い。


 うーん、これは良いぞ。前世じゃ辛いものは苦手だったけど、やはり肉体が違うと好みも変わるらしい。痛みに対する耐性が上がっているからかもしれないが。それとも肉体が弱すぎて痛みを感じる神経が鈍いのか? そう考えると胃も弱くなってそうだから、食べるのは少量にしなければ。


 「何で美味そうに食ってるんだよ……引くわ」

 「これって一般的に食べられないんですか?」

 「食べねぇよ。こんな口の中が痛くなるような実」

 「ほら、調味料に使ったり」

 「何で痛くなるようなものを、わざわざ料理に入れるんだよ」


 確かにその通り。けれどもこの王国の食事に、香辛料は存在する。しかし刺激はピリッとする程度で、それを『辛み』と表現されるから、この王国においては辛みとはあくまで『おいしいと感じる範囲での』口に走るちょっとした刺激であり、例えば黒胡椒を食べたときに感じる辛み程度。


 この唐辛子に似た実のように、口にいれて『痛い』と感じてしまったらもはやそれは『辛み』ではないのだろう。痛いと辛いの境界線がハッキリとしていて、痛いと判断されたものは、食べれても食べないのであろう。俺と同じようにクセになる人もいるだろうけど、それは少数でその料理での使用法も普及していないのだ。


 そもそもこれを食べれると認識している人は他にいるのだろうか。

 口に入れたらその瞬間に口内はパニック状態。涎だっくだく。まず吐き出して、これは食べれないと判断するのではないか。ミヤ先生に聞いてみると、飲み込んでみて口内の痛み以外には異常なかったから、一応食べれるとのこと。何ともワイルド。尊敬するぜ。


 俺はその実を取っておくことにした。自室の日の当たる場所で乾燥させて、砕いて使用してみようと思う。

 少量ならば先生や他の人間にも食べれるようになるのではと考えたのだ。金になってほしいものである。


 「何か無駄に楽しそうだな、お前」

 「そうですか?」

 「ああ、ニヤニヤして気持ち悪い」


 言われて気付く。口角が上がっている。

 そんなに金が好きか俺よ。


 「見た事のない植物を見るのも、ダンジョンの楽しみの一つってね」

 「あ、俺ってそれで楽しくなってたんですか?」

 「そうじゃねぇの? お前のことなんて理解したくもないけどな」

 「そうなんですか───」


 よく分からない。緊張し過ぎて、感覚が麻痺してしまっている。


 「じゃあ、新しい魔物との出会いでも体験してみっか」

 「え?」

 「キシャァァァァァァァァアアアアアアアアアアアア!」


 ネズミのような魔物が変異した魔物。体が大きく、俺の頭よりも大きい。

 数が多く、数十匹でこちらに向かって来る。狼のような魔物の方が強そうだが、群れの数はこの魔物が多い。もう床にビッシリ。


 「イィィィィィヤァァァァァァアアアアアアア!」

 「はい、修行始め〜」


 無理無理無理無理無理!

 こんな出会いはいりませんって!

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