七十六話(過去)「異世界転生してチート使って無双してくるwww」
いつのまにか、彼女は俺の手を包んでいて。
俺の手は財宝を握っていて。
それは彼女の心臓を貫いていた。
分からなかった。全てが、理解できない。瞳からは涙が溢れ、彼女からは血が溢れている。俺はそれを唖然としながら見つめ、ただ彼女の名前を繰り返す。何故だ。何故だ。どうして、こうなってしまった。
頭の中で、問いかけを繰り返す。自分自身に、ハーン・ウルドに問う。何故、何故、何故。
何故彼女は、俺に財宝を握らせた?
何故彼女は、ルーナは。俺に自らの心臓を刺させた?
何故ルーナは、笑顔なんだ。
「ルーナ?」
手が凍ったようだった。暖かいはずの手が、凍ったように動かない。凍るはずがないのだ。俺の手は、暖かく、熱く、燃え上がるように赤い衣に包まれているのだから。それだけは、ありえない。
手の先から、肘にかけて。ゆっくりと、赤い何かが流れてくる。いっそこのまま、この熱によって俺の体が燃え尽きてしまえば、全てが良い方向に進んだのかもしれない。俺の腕からこぼれた赤は、地表に降り積もった雪を溶かしていき、やがて俺達の周囲を染め上げた。
「何で、何で―――どうして?」
縋るような声が出た。その時だけは、俺という存在。ハーン・ウルドは、見た目相応の立ち振る舞いをしていたことだろう。声は落ち着きを失い、母を探し求めるように高く響き、発した言語はチグハグで。知性と理性が育ちきっていなかった。
ルーナは俺の問いに答えることは無くなった。同時に、辺りに奇妙な空気が漂うのを感じた。
彼女の体から、体中から、流れる血液から。周囲に光が溢れ出す。光は雪によって乱反射され、辺りは絵の具で白く染め上げたかのように目映くなった。
「ルー、ナ……?」
そしてその光は、流れる。
そこから先。そこからの時間。そこからの、人生。
ハーン・ウルドは、この世界の住民である。その言葉が、それら全てに刻まれる。
認識の問題ではない。理解の問題ではない。ただの事実として、俺を決定付ける。
常識が、常識に。俺が、ハーン・ウルドに。
「――――――――――――――――………ッ!!!!!!!」
悲鳴が響きわたる。幼い少年の悲鳴。いや、ハーン・ウルドの、俺の悲鳴。叫ぶしかなかった。声を、聞きたかった。俺の声を。前世の、馴染みある、過去の声を。もう聞くことは叶わない、男の声を。
流れ込んできた。全てが、流れてきた。
そう、それは全てというより他はない。最初から、最後までだ。違う、今もだ。現在も、続いている。生きている。進んでいる。見ている。
彼女は、見ている。
彼女は、笑っている。
ハーン・ウルドを見ている。
俺を見て、笑っている。
俺だ。俺だ。ハーンだ。俺だ。俺だ。俺だ。ハーンだ。俺だ。ハーンだ。俺俺俺だ。俺だ俺だ俺だ。
俺だ。俺なのだ。全てが、俺だ。
彼女の全てが、俺に流れ込んでくる。それは全て、俺だった。
「うあああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
幼い声が、響く。俺の声が響く。
「やめて、やめて、やめて!!!!!」
全てを理解した。世界を理解した。人を理解した。彼女を理解した。俺を理解した。
「やめてくれ! たのむ! もう、やめてくれ!!!!!!」
それが俺の理性を崩壊させるのは、一瞬だった。
「罵ってくれ! 嫌悪してくれ! 蔑んでくれ!!!!」
俺はただ、ひたすらに請う。彼女に願う。それは神に懇願するようで、許しを欲する愚者の愚行。
「頼む、頼む、頼むから………―――――――――――ッ!」
頼むから。
「俺を、愛さないで……ッ!」




