七二話(過去)「異世界転生してチート使って無双してくるwww」
俺は彼女のために生きることにした。魅了の瞳を閉じたままで、彼女のために何かできることを探すことにした。
とはいっても、赤子であった俺にできることは一つだけだ。生きたいと思い、生きること。それだけだった。そしてそれが、現状で彼女が最も喜ぶ行いだった。
彼女はあの姿が嘘だったかのように明るく元気だった。ただそれが無理をしている姿なのは、分かり切っていた。彼女は俺の言葉で理解した。自分が泣けば俺が罪悪感にさいなまれてしまうと。だからこそ、彼女は笑顔であり続けてくれていた。
今世の俺の体は、何度も病に苦しみながらも成長していった。それは俺が生きようと努力したことで僅かながらも体が強くなっていったことも要因に上げられるが、大きなものは二つだろう。
一つは命を消費したことで、「死の原因」が減ったこと。複数の命を持つ人間が外傷によって命を落とそうとしたとき、余剰分の命はその外傷を癒すことで死を回避する。それはその人間にとっての死の根本的な原因が「外傷」だからだ。
ならば病による死の回避はどうなるのか。その根本的な原因とはなんなのか。
それは肉体の虚弱さであり、同時に病への抗体の少なさだろう。推測に過ぎないが、つまり俺は、一つの命を失った代償に病に対する耐性を得ることができたのだ。
耐性と言っても、元が低すぎたため、普通の人間の子供にも満たないほどの耐性だ。どんな死からも逃れられる万能エネルギーである命も、どうやら俺の虚弱さをカバーできなかったらしい。
瞳を再び開くなんてことは、俺の中で選択肢として存在していない。幼い俺の中で、この世界で始めて見つめた彼女の瞳は、狂愛に満ちた彼女の瞳は、自身の死に追いつくほどの最大級のトラウマだった。彼女のような存在を作り出してはいけない。それは使命感であり、俺のような屑でも分かる当然の行いであった。
それでも、俺は彼女に。ルーナに縋った。彼女がいなければ生きられない。その事実は歴として俺の前に立ちはだかっていた。
生まれた瞬間に手にした俺の命は三つ。そして病によって一つ失い、二つとなった。俺はその二つの命をこう考えていた。
一つの命は自分のために。余分なもう一つは彼女のために。
もう二度と死にたくない。その欲求と、ルーナへの罪悪感。その二つのアンバランスな感情を自身の中で両立させるために、俺はその結論へと至った。全くもって、卑怯な結論だと思う。
ルーナは俺に寄り添う。なんの見返りがないことを知りながら、俺に恐れられていることを知りながら、彼女は俺を守り続ける。醜く、愚かで、浅はかな、俺を愛し続ける。それは、俺が十の歳を迎えることになっても変わることはなかった。むしろ、成長を続ける俺のことをより深く愛していった。
家族も使用人も、誰も俺には近づかない。なんとも正常な判断だと思う。手が延び、足が延び、自身の判断で動き出した俺のことが恐ろしくないなんて。本来ならばあり得ないはずなのだ。
俺は異常だ。この世界において、明確な異物だ。
思考も言語も仕草も行動も、人間の王国であるウルタスには、存在しない。適応など、十年程度で出来るはずもない。なんでもないことを、何でもなく出来る、出来てしまう、それが常識なのだ。前世という『異世界』の常識なのだ。
「十歳の誕生日、おめでとうございますハーン様ぁ!」
ルーナはそう言うと、合わせていた両手をパッと離す。そしてそのまま、万歳をするように手を突き上げた。
すると、彼女と俺しかいない狭い部屋に暖かい光が満たされていく。
それは淡い青色をしていた。彼女の両手から溢れた、青色の暖かい光。花弁の形をした、美しい光。まるで空から剥がれ落ちてきたかのような、透き通った青。
彼女の生涯の魔法『空花』。美しいものが大好きな、可愛らしい彼女が作り出した、美麗な魔法。
「ありがとう、ルーナ」
毎年、俺が誕生日を迎えるたびに彼女はこの魔法を部屋に満たす。十回目を数える今日この日もまた、俺は素直に美しいという感想を抱いた。
物置のような、簡素で色味のない小さな部屋。彼女の魔法は、俺にとってこの世界で唯一の感動であり。誕生日という日は、彼女が見当違いの罪悪感を忘れ、心から笑顔になってくれる唯一の日だった。
始めて見たルーナは、まだどこか幼さのある女性だった。煌めく金髪と、透き通った青い瞳が美しい女性だった。
では、いま目の前にいる女性は?
――――ああ、美しいさ。俺は、心からそう思う。例え髪に白髪が混じろうとも、瞳が濁ろうとも、肌が荒れていようとも。笑顔の彼女は美しい。きっと、俺は将来、これ以上の絵画を見ることは叶わない。それほどに、芸術的に、美しい。
「ハーン様。今日から始まる一年は、きっと素晴らしいものになりますよ。ルーナには分かっていますっ!」
俺はそんな彼女の言葉に、適当に頷く。それは毎年聞かされる言葉だったし、幼い俺の日常に大した変化は起きてこなかったからだ。
「・・・なんだか、今日は騒がしいですねぇ」
しかしながら、その日。十歳の誕生日は、俺にとって特別な一日となる。
「え?」
扉越しに聞こえた、従者の声。それは、歳の離れた俺の兄が、ドラゴンの財宝を持ち帰ったという知らせだった。
………仮に、そう仮に。俺の人生を物語にするとしよう。
きっと俺の物語は、小説。娯楽小説だ。
ドラゴンは娯楽を楽しむ。
俺の物語は、ドラゴンが腹を抱えて笑う、娯楽小説なのだ。




