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ちょっとした、文化の違い  作者: くさぶえ
文化の、違い
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七一話(過去)「異世界転生してチート使って無双してくるwww」

 複数の命。それがこの世界の人間に与える影響は、死の回避以外にも存在する。


 ・・・いや、存在しなければおかしいのだ。死とは絶対的なこの世の法則。それを覆すほどの命というエネルギー。それを本来ならあり得ない、一つの肉体に納めているのだ。余波がでない方がおかしい。


 —――とは言っても、目に見えた影響ではない。成長の促進。それが複数の命が人間の子供に与える力だ。


 命は「生存」するためにその力が使用されている。仮説に過ぎないが、その力が成長という生物が生存するための、決定的な要素に作用しているのではないだろうか。事実、人間は他の知性ある生物よりも早く成長する。・・・・・・らしい。


 曖昧な表現になっているのは、過去どんな人間の中にも証明した者がいないからだ。けれども人間は、そうあるものとして理解している。だからこそ、俺の呼んだ文献にもそう記載されているし、学園の授業でもそう教えられている。


 重要なのは、この世界の人間が、そう認識しているという事実だ。命が沢山あるほど、子供は成長しやすい。そういった常識が、蔓延しているという現実だ。


 当然ながら、彼女も例外ではない。魅了の瞳によって、狂ったように俺を愛する彼女も例外ではないのだ。


 彼女は狂っているようで、正常だ。つまりは、他人との日常会話は通常通りに行えるし、思考もまた正しい順序で正確に生み出すことができる。ただただ、俺のことを狂おしいほど愛している。それだけなのだ。


 だから俺のことを彼女は愛おしいと感じ、愛らしいと思う。俺が醜いという正しい事実を認識しながら、俺を美しいと宣う。


 彼女は現実を受け入れている。受け入れながら、俺に狂っている。そんな彼女が醜い俺見たとき、どう思うか分かるだろうか。




 ——――ああ、きっとこの方は。一つでも命が欠けてしまったら、そのまま死んでしまう。




 そう、思うのだ。非常に理性的で、確かな結論であると言える。


 複数ある命は一つの死から逃れることができるが、それは一つの命に対して一つだ。ナイフで二つの命を持つ人間の心臓を刺したとして、一度目は確実に死なないが、二度目は死ぬ。それと同様に、病から逃れられるのも余剰分の命の数だけだ。


 つまりは例え複数の命を所有していたとしても、根本的な原因を排除しない限り、容易に人間は死に至る。そしてその原因を容易に排除できるからこそ、この世界で人間という生物は恐れられているのだ。


 生まれたばかりの俺は虚弱であり、その人間達の例には該当しなかった。だから俺はもっと危惧し、現状を恐れるべきだったのだ。複数ある命に縋り、生きたいと願うべきだったのだ。





 この世界では、努力するほど。生きたいと思うほど強くなれるのだから。





 複数ある内の一つだからと考える時点で、この結果は当然だった。幼い俺が、病で一つの命を失うのは当然だった。そして、彼女が泣き叫ぶのも当然だった。


 彼女は繰り返す。なんどもなんども、繰り返す。


「ごめんなさいハーン様、ごめんなさい、ごめんなさい」


 謝罪の言葉を、繰り返す。


 当時の俺には何も分からなかった。彼女が何故泣いているのか、俺には分からなかった。もしかしたら、知ろうとしなかったのかもしれない。知ってしまえば、俺は罪悪感に押しつぶされるから。俺は病を一度受け入れた。だから俺の体は病と戦うという手段を選ばなくなってしまい、一つ命を失った。それは俺の選択で、俺が自らたどり着いた結末だ。


 けれども彼女はそう思わない。俺に唯一寄り添っていた自分が悪いのだと、懺悔する。


「私が、もっと、しっかりとしていれば・・・!」


 彼女は泣きながら、謝罪をしながら、懺悔をしながら、醜い赤ん坊を抱きしめる。彼女に罪などあるはずもない。彼女のその行為は、全て的外れなものだった。繰り返される言葉は、どこに行く訳でもなく、泡のように消えていく。


 俺はそのとき、体から溢れていく命の光を、ただただ漠然と見つめていた。病によって重かった体が、嘘のように軽くなっていく。それはまるで自分が一度死んだときのようだった。近くとも遠い、暖かくも冷たい、不思議な感覚であった。


「ごめんなさい、ハーン様、ごめんなさい!」


 この世界の人間が持つ余剰分の命は、殺した人間の器に収まる。全てとは言えないが、相手の器に収まることで縁となる。ならそれ以外の死因で溢れた命はどうなるか。世界へと還るのだ。まるで、本来そうあるべきであるかのように。


 それは人間にとって、恥ずべきことだった。そして彼女にとっては恐ろしいことで、悲しいことだった。


「……ごめんな、さい」


 彼女は泣き続け、謝り続ける。それは彼女の悲鳴を聞いて、屋敷の人間が集まってきても同じことで。家族が集まっても同じだった。誰かが彼女を俺から引き離そうとしても彼女は決して離れず、俺に謝り続けた。


 ごめんなさい、ごめんなさい。


 同じ言葉が俺の脳内を犯していく。その時間は、気の遠くなるほど長い時間だった。彼女の声が掠れても止まぬことはなく。彼女の声が枯れても止まることはなかった。


 助けてほしかった。どうしてお前は俺にそんな酷いことをするのだ。そう叫びたくなった。


 その時間は俺にとって拷問だった。心を削る鞭だった。


「……—―—―ごめんなさい」


 だからだろうか。俺はようやく、自身の罪に向き合った。





「ごめんなさい、ルーナ」






 それが、俺がこの世界で始めて口にした言葉。言語を理解できぬはずの、声帯が発達しきっていない赤子が発した、始まりの言葉だった。


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