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ちょっとした、文化の違い  作者: くさぶえ
文化の、違い
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六十六話

 修学遠征のための準備を行っていくと、一週間という時間は簡単に流れようとしていた。学園への書類に、旅に必要な道具の選別。日持ちのする保存食を購入し、魔法具に保存する作業も面倒臭く、時間がかかった。


 あれからミヤは俺の前に姿を見せていない。何か準備に関してアドバイスをしてほしいと感じたが、やはり彼女は甘くない。自分で勝手にやれ、ダメだったら知らん。……多分そう言われることだろう。


 しかしながら、俺は準備に多くの苦労を感じることはなかった。何故なら旅に慣れている友人がいたからである。


 その友人こそダッグだ。俺の友人であり、ネットの友人。


 平民である彼は、幼少の頃から移住を繰り返していたらしい。魔物の存在するこの世界で移住とはリスクがありそうだが………そこはこの世界の人間なのだろう。彼曰く、なかなかに楽しい経験だったそうだ。


 そのときの記憶をダッグはあまり語りたがらなかったが、その経験によって得た知識は饒舌に語ってくれた。ときおり見せた寂しそうな表情は少し気になったが、そこは聞かないのが友情というものだろう。







 そんな準備に費やした一週間の中で、ウルタスという国はいつの間にか新年を迎えていた。


 といっても、俺の周りはそう変わらない。俺がいた前世の世界では、『あけましておめでとう』という魔法のような言葉と共に、国中の人々がお祝いムードになるという、今考えるなかなか不思議な現象が発生していた。


 しかしながらウルタスでは新年を迎えたところで何かをすることはない。おせちのような特別な料理を食すこともないし、新年の挨拶を国王が行うこともない。寧ろ逆に、元気よく騒ぐことを自粛しているような空気を感じる。


 俺は新年を迎えた日に買い物に出かけたが、いつもと変わらない街並みだった。少し違ったのは、いつもは騒がしい酒場が静かだったということだろうか。客が全くいないという訳ではなかったが、通常の客足とは言えない。


 これは俺の予想だが、冬になると劇的に寒くなるこの国のことだ。この季節は国中が雪に覆われているのが大昔からの常識なのだろう。それは多分丁度この新年を迎えるこの時期がピークだ。


 今年は例年よりも積雪が少なく、更に学園には雪を溶かすための魔法具が充実していたこともあり、普段通り出歩くことが可能だ。けれどもそうはいかない酷い年なんかは、俺の身長を超える積雪が記録されたこともあったらしい。……まぁ、それは魔法具が開発される前の結構昔の話らしいけど。


 人間は生物として最強クラスだが、無敵じゃない。だからこんな時期は、本来家の中でジッとしているのが当然だ。体の熱を奪われるほど危険なものはない。俺が保証する。


 俺のように、厚着をしながらも街を歩けている現在でもきっとその習慣―――というか歴史があるから、この世界の人間はこの時期に騒ぐことを、あまりしないのではないだろうか。


 ―――違うかもしれないけど。


「どうしても、お前は着いてこないのか?」


 俺は隣を歩くダッグに問いかける。俺は熱烈な歓迎を繰り返していた。それというのも、彼に修学遠征に付いてきてもらいたいと考えているからだ。ミヤがいるからといって、旅に慣れた仲間というのは多いに越したことはない。経験ほどに貴重なものはないからだ。


「ははは! 仕方がないさ、俺にはやることがある。残念だがな……――――――本当に、残念、だがな!!」

「耳痛ッ! 無意識に魔法を使うな! ……どんだけ、残念なんだよ!」

「当たり前だ! ミヤ先生と旅ができるかもしれなかったんだぞ!!」


 けれども彼には断られ続けている。とても悔しそうに。


 ダッグは将来ネットの家来になることを決めている。それは彼にとって、生涯を掛けて果たす使命だ。そんな彼の言う、『やらなければならないこと』とは、当然ネットの将来に必要なことだろう。


 俺は深くそれを追及はしない。興味を抱くこともないようにしている。―――勿論、それは友人だからだ。


「はぁ………。まったくミヤの何がいいんだか」


 ガサツで粗暴で仕草はオッサン。料理は煮るか焼くしか出来ない(サバイバル料理)女子力皆無な人間だぞ?


「ぐぅぅぅ……!! また気安く呼び捨てに!」

「本人から許可されてるんだからいいだろ。それに、あの人ならお前が呼び捨てにしても怒らないと思うけどな」


 もう教師じゃねぇし。とか言って。


「いや……あの人なら『急に馴れ馴れしい』と言って、ぶん殴ってくる」

「あー。確かに」


 ―――――いや、そこまで想像できる人間をお前は何故好きになった?


「それに許されるからといって、そう簡単に呼び捨てに出来ないだろうが恥ずかしい!!」

「…初心か!!」


 筋肉ムキムキ大食漢な大男だろお前は!


「し、しかたがないだろう―――――――初恋なんだ……」

「お前もう二十歳越えてんだろうが!? その歳で初恋とか、どうなってんだよお前の思春期!?」


 そして頬を赤らめるな気持ち悪い!


「ち、ちが―――――――……ああ、もういい!!! さっさと行くぞハーン!」


 そういい放ったダッグは、顔を真っ赤にして走り去った。その様子は何だか少年のようで……正直似合わなくて違和感しかない。


「……って、お前! 荷物が壊れるから走んなよ! 瓶とか入ってんだぞ!?」


 俺はそんな彼を追いかけるが……残念なことに俺が持つ荷物にも、割れ物が入っている。残念だが―――諦めよう。


「――――はぁ。これからはアイツをからかうのは止めよう」


 もう後ろ姿の見えなくなった友人を思い、俺はそう誓うのだった。

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