六十三話
ウルタス魔法学園において、教師は生徒に対してある権限を持つ。それは授業修了の決定権。つまりは教師が十分な学力もしくは能力を得たと判断した時点で、その生徒は授業を免除される。その権限は、教師らしくないミヤ先生も持っている。
ミヤ先生の授業は有志で受講するものだ。俺がミヤ先生に修了と判断されれば、それは先生からの卒業となる。先生の授業を受ける生徒は他に誰もいないから、ミヤ先生は学園の教師ではなくなるだろう。―――つまり、俺が先生に会う機会はなくなる。
「試練の影響で、満足に体が動かせない――――なんて、言い訳はしないだろうな」
「まさか。体調は万全ですよ」
正確には、万全な状態を維持されている。だが。
「お前が帰ってきてから初めて顔を見たときも思ったが、随分と涼しげな顔をしているな。―――お前には、試練なんて楽勝だったか?」
「それこそ、まさかでしょう。………心臓、持っていかれました。おかげで生き残れましたけど」
「……ッ!」
「そうか」
俺が服を捲って元々心臓のあった場所を見せると、俺達の様子を遠くで見ていたプランが息を飲んだ。そういえば、このことは誰にも話していない。……ああ、話すつもりもないんだった。不思議と、先生には伝えたくなってしまう。それはきっと、何食わぬ顔で聞いてくれるからだろう。そこには同情などなく、事実をありのままに受け入れてくれていた。
「意外と平然としているな。お前なら発狂してそうだが」
「いや、取られたときは頭おかしくなりましたよ。あのクソドラゴン、意地の悪いことに手で引き抜きやがって……知ってます? 心臓抜かれるときの音」
「しるか」
「ですよねー。まぁ、命は取られなかったんで良いですけど」
義足と同じく、ハートが俺の心臓だったときよりもこの水晶の心臓は高性能だ。体中が健康状態に保たれ、疲労を感じ難い。クリスはハートを褒美だと言っていたが、俺にはこの心臓の方が価値を感じる。
「あ、そういえば」
「なんだよ」
―――そういえば、ちゃんと言っていない。
「……不肖の弟子、ハーン。ただいま戻りました」
「…おう」
先生は、ニヤリと笑った。あいかわらず男らしい笑い方をする人である。それがとても、好ましい。
「―――さぁ、そろそろ構えろ。始めるぞ」
「はい」
お互いに、剣は抜かない。ミヤ流戦闘術において、剣を使用するときは即ち止め。試練の際は生き残るために土塊の剣を頻繁に使用したが―――これは卒業試験。俺はミヤ先生に教わったことをフルに活用するつもりだ。
正直、授業を卒業はしたくない。先生の教え方は体で覚えろという体育会系のスパルタ教育だが、生き残るという一点においてあれほど役に立つ授業は存在しないだろう。俺は、もっと先生に教わりたい。先生が持つ、技術を。
ただ、それ以上に。俺は嬉しかった。卒業試験―――それは即ち、俺が卒業に足る技術を手入れたと、認めてくれたということ。
そのことが、嬉しくて、仕方がなかった。
「名乗れ、ハーン。お前が得たもの全てを、私にぶつけてみろ」
体が重くなるような感覚を、覚えた。魂が言っている。……目の前の生物が、危険であると。逃げ出せと、許しを請えと、言っている。
ミヤという人物は、強い。平民という身分でありながら、努力を重ね、鍛錬を惜しまず魅力を高めた。そして我流で磨いた戦闘術。それは生き残るための術でありながら、同時に絶対に負けない術でもある。
先生と出会って間もない頃を、思い出す。彼女は自身の魅力に対して、邪魔だと断じた。強者である必要はないと、誰かに恐れられる必要はないと、それは生きる上で、邪魔であると。
―――だからこそ、彼女は一つの技術を持つ。恐らく、この世界で彼女だけが持つ特殊な技術。
それは、自身の魅力を封じる技術。
非常に素晴らしい技術だったが、俺には必要のない技術だったため、詳しい話は聞いたことがない。ただ、生涯の魔法を封じることで使用が可能だと聞いたことがある。
恐らく俺が魅了の瞳を封じることで、魅力が最底辺になるのと同じような原理だと思う。生涯の魔法は、その名の通り生涯を掛けて肉体に刻み込む魔法。それは血管と同じように、体にとって無くてはならない存在となるだろう。
だからこそ、それを封じる。もしくは、止める。
それにより肉体に制限を掛け、連鎖的に魅力を下げる。肉体が弱くなるのは危険だが、そもそも危険な存在に気づかれなくなることで、生存確率を向上させる。更に抑えていた魔力が一気に噴き出すだめ、一時的に生涯の魔法の威力が向上する。
――――封魔術。それが、先生だけが持つ技術だ。
「よろしく、お願いしますッ!」
口角が、上がるのを自覚する。先生の封魔術を解いた姿は、過去に一度しか見たことがない。そして先生は、自身に危険が及んだときにしか術を解かないという。
だからこそ、俺は歓喜していた。先生と全力で戦えること――――いや、戦わせてもらえること。
「来い」
体に収まりきらない魔力が体外に放出され、ミヤ先生の体が光を纏う。先生の短い赤髪が燃えるように輝いた。よく見ると髪の毛に光が多く集まっており、不思議と長髪のように見えた。長髪に見える先生はいつもの姿からは想像できないほど女性的で、どこか神聖な雰囲気を纏っている。
けれども勿論、俺は油断などしない。相手は、あのミヤ先生だ。……いろんな意味で、ドラゴンよりも危険な生物である。
「『金剛』ハーン・ウルド。――――全力で、挑ませて頂きます」
「『波伝』ミヤ。……ボロカスにしてやるよ」
拳を鳴らすのは止めて下さい。マジで怖すぎるので。
 




