六十一話
「コホン、では、話を戻そうか」
「す、すみません……」
ガラフ様がワザとらしく咳をした。気遣いが伝わってきて、正直辛い。先輩は俺とのやり取りが恥ずかしかったのか、俯いて縮こまっている。顔がかなり赤くなっていて間抜けに見えるが、断言しよう。俺はあれ以上に真っ赤だ。
「いや、構わないよ。感謝すべきは私達なのだからね。君には本当に感謝をしているのだよ」
「あ、ありがとうございます」
「なに、娘のことだけじゃない。君は、プランを良くしてくれているみたいだしね」
ガラフ様は柔和な笑みを浮かべる。笑顔が辛い。
「プラン、ですか」
「ああ。君は、プランから彼の家については聞いているかい?」
「……いえ、深いことは」
「―――――――そうか、なら私からは何も話さないことにしよう」
目を閉じ、何かを考えるかのように頷く。その姿が誰かに似ているような気がして、俺は記憶を辿った。なんてことはない。答えは近くにあった。
アネスト・グリージャー。彼の娘である先輩がプランの身を案じていた様子と、彼のその姿はとても似通っていたのだ。
「ハーン君。私はあの子のことを、息子のように思っているのだよ」
「息子、ですか」
「ああそうだ。だから私は君に感謝している。あの子の夢を、笑わないでいてくれたことを」
―――僕は、ドラゴンに勝ちたい。プランは俺に、夢を語った。叶えると誓った夢を。
「君は私の娘の命を救ってくれた。………そして何よりも、私の息子の心を救ってくれているのだよ」
「……過大評価です」
「ははは! 君は謙虚だね。けれども君にプランが救われているのは事実さ」
プランが俺に救われている? ――――寝耳に水だ。俺はあいつに、何もしていない。あいつは俺のことを師匠と呼んで慕ってくれているけれど、師匠として何かをしたことなんて一度もない。
「……救われているのは、俺の方です。先輩にも、プランにも」
「謙虚というよりも、君は自分の強さを知らないようだ……」
ガラフ様の言うことは、俺にとって理解のできないことだらけだった。
「まぁ、いいさ。君には私が感謝をしているということだけ、理解してもらえればね」
「はぁ…」
そこで、ガラフ様はよく分からない言葉を並べるのを止めた。微笑ましそうな表情で。
「さあ、ではこの国で財宝を所持するということ。その注意事項を話そうか」
ガラフ様は話を進める。ネットはそれに合わせ、何度か質問を繰り返した。しかしながら、俺は二人の会話に集中することはできなかった。
俺が強い? ―――意味が分からない。
俺ほどに、弱く、愚かで、醜く、強欲で、卑怯な人間は存在しない。ガラフ様は、いったいどんな意図でその言葉を放ったのか。
結局、俺はガラフ様の話が終わるまで上の空だった。
「さぁ、これで話は終わりだ。長々とすまなかったね」
「とんでもございません。公爵様、貴重なお時間ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます」
ネットに合わせて頭を下げた。気づけば夕日が降りており、窓から眩しい光が差し込んでいる。その光が、俺の意識を戻していった。時間にして一時間。俺は無意味な時間を過ごしてしまっていた。
「うん。二人共、これから頑張ってね」
ガラフ様はそんな俺の様子を察しているはずなのに、相変わらずの笑顔を浮かべている。それが俺には憎たらしかった。
「あの、一つよろしいですか?」
「ん? なんだいハーン君」
「俺に感謝して頂けるのはありがたいです。……でも、警戒しなくてよろしいのですか?」
そんな感情のせいなのか、俺の口が言葉を紡いでいた。正直自分でも、失礼な話だと思う。俺は、ガラフ様に偉そうに忠告をしてしまったのだ。しかしながら、湧き上がる何かが理性を押し殺してしまっていた。
ガラフ様が俺達に話したのは、結局のところ警告止まりだった。それも、俺達の身を案じた忠告。国の中枢として。国王の右手として。俺に命令をしていない。国の脅威になるような行動はするなと。
「おい、ハーン!」
「あははは。大丈夫だよ」
それでもガラフ様は優しい笑顔を絶やさない。俺のことを、微笑ましそうに眺めている。
「忠告ありがとう。――――財宝の複数所持者。確かにそれだけ聞くと危険な人物に聞こえるね。しかしどうだろう?……知られていないだけで、意外とそんな人物は沢山いるのかもしれない」
指をピンと空に向けて立てる。それはまるで、生徒に授業をする教師のような姿であった。
「王の昔話を知っているかい?」
「…勿論です」
「そうかい。本を読んでくれているみたいだね。少し恥ずかしいが、ありがとう。―――その本に書いている通り、王は財宝を複数所持している」
この学園に在学中。七つの財宝を手に入れたという逸話。それは学園の生徒にとって教科書でもあり、夢の詰まった冒険譚。
「しかしながらだね、ハーン君。そんな王に付き添う人物が、財宝の一つや二つ……所持していないとでも?」
そう言って、ガラフ様は、掛けていた、眼鏡にそっと、手を触れさせた。
「―――――ッ!?」
「つまりは、君ぐらいまでなら気にする必要もないのさ」
そして胸元から小さな美しい彫像を取り出す。
「君が虚偽を口にしていないこと。心のままに娘の命を救ってくれたこと。それは良く……とても良く伝わったことだしね」
ガラフ様は、柔和な笑みを浮かべ続けた。
――――つまり俺は、この人。いや、この国にとって未だ脅威ですらないのだろう。確かに俺は財宝を複数所持している。しかしながら、それだけなのだろう。
この世界に、人間の国は一つ。
人間の王は、一人。
ウルタスという国に、外敵は存在しない。どんな知性ある種族であれ、人間には力でおよばないからだ。――――ドラゴンという例外は存在するが、アイツらは生物としての格が違う。
そして人間は、知性ある種族達は、同族同士で殺し合わない。だから、内乱を恐れる心配はない。
つまりガラフ様が見ていたのは、そもそも脅威となるかではなく、不利益になるか否か。俺という人物の、中身を見ていたのだ。
「お父様も、人が悪い……。私のことを、信じてくれたらいいのに」
「はは。すまないね、アネスト。私にも立場というものがあるのさ」
ガラフ・グリージャー。国でもトップレベルに、魅力的な人物。
そんな人物が、眼鏡を掛けている。――――その違和感に、何故気が付かなかった………いや、気づかせてくれなかったのだろう。
目の前の人物は笑う。柔和に。無害に。どこにでもいる、平凡な市民のように。
「よく見させてもらったよ。君のことは気に入った。また会える日を、楽しみにしている」
そして、嗤った。俺の中の、何かを。
「もっと強くなりたまえ、ハーン君―――――――――――」
「――――――――――――そしたら、娘との婚約を、考えてあげなくもなかったりもするかも知れない」
「な!? お、おとうさま!?」
「いえ、それは結構です」
「即答だと!?」




