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ちょっとした、文化の違い  作者: くさぶえ
ドラゴンは娯楽を楽しむ
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六話

 時と共に季節が変わり行くように、変わらないものはなくて、変わらないと思っていた俺の日常もまた変化した。


 桜っぽい木の花が散り、淡い桃色に隠れていた鮮やかな緑が顔を出す。

 緑は日に日に強くなっていく光を一身に掻き集め、この新しい一年を乗り越えるための力に変える。そんな様子を眺めていると、アイツが俺に声を掛ける。


 「ハーン。またお前一人でいるのかよ」

 「友達がいないからな。最近出来た一人の友人も、恋人との一時を楽しむのに忙しそうだし」

 「何だよ、嫉妬してんのか? そんなに羨ましいなら、もっと努力して格好良くなれよ」

 「おぞましいことを言うな。嫉妬もしてないし、彼女なんぞ絶対に作りたくない」

 「相変わらず、悲しいヤツだね〜」


 設置されている長椅子。ネットは俺の隣に座る。


 最近彼女を作り、リア充度を高めた彼は俺の友人となった。

 何だかよく分からないが、どうやら俺は彼の中で恋のキューピット的な立ち位置であるらしい。別に俺は何もしていないし、ただ何となく話しかけて話を聞いただけなのだと思うのだが、彼としてはそうではないようだ。

 確かに俺が話しかけて、彼が心情を語ったことが切っ掛けとなったのは事実なのかもしれない。でも既に生まれていた彼から彼女への『縁』を通して、常に彼の心情は彼女に伝わっていたはずだ。つまりはただ俺はその場にいただけで、俺がいなかったとしても、アレは時間の前後はあれど必ず行われていたやり取りなのだ。それなのにキューピットとして見られるのは、何とも居心地が悪い。

 けれどもそれは心理的な問題であって、俺を取り巻く環境は、寧ろ快適なものへと変化していった。


 大きな変化として、俺に対する学友達の積極的なアプローチが無くなった。


 ネットという人物は俺達の学年にとって非常に中心的な人物であり、彼の行動は本人が想像している以上に周りに影響を及ぼす。それは周りの人間にとって、『当然』であった日常的行為を無意識に止めさせるほどである。

 彼の友人、それも親友と言っても過言ではないほどに彼が友好的に接している人物に対して、自らの黒い感情をぶつけるようなアプローチを行うということは、即ち彼との決別を意味する。社交性が絶対必須な貴族という身分である彼らは、そんなことを理解できないほど愚かではなかったのだ。

 ネットという人物は、必ず次世代の貴族社会において中心的な存在になる。それは彼を知る人物達の、共通認識であった。


 「悲しくなんかない。いいか? 俺は女よりも命を選んだ。ただ、それだけのことだ」

 「それを悲しいって言うんだよ。愛は良いぞ〜、今もイブが俺を愛してくれているって気持ちが、ビンビン伝わって来る!」


 縁を通して伝わって来る感情に悶えている彼を、利用しているようで心苦しい───うん、心苦しいが。ウザイとか思っていないが。今の俺を取り巻く環境は、非常に俺にとって理想的な環境であるため、素直に彼に感謝して受け入れることにしようと思う。


 男子生徒達は、もう俺という存在を無視することに決定したようだ。彼らにとっては面白かった遊びが出来なくなっただけ。多少は不満はあるが、別に出来ないなら出来ないでそれでいい。ネットが俺と仲良くしているのは何故か分からないが、どうせ辺境に飛ばされることが決定しているような俺だ。彼に近づいている所で、将来なんの障害にもならない。と、思っているのだろう。事実その通り。だから彼らは俺の存在を無いものとして扱うようになった。


 そして俺にとって重要な女性陣。


 嬉しいことに、彼女達の吐瀉物を見るような目線は健在である。そればかりか、お前程度の存在がネットに近づくなよと言わんばかりの非難の目も添えられた。なんと言う心地よい環境。ネットの恋人でもあるイブさんもまたその一員となっているのは気になるが、まあそれはいい。


 どうやら俺は彼女の盾となっているようなのだ。


 将来有望なネット。軽過ぎる性格から彼に本気で惚れる女性は少ないものの、存在する。そして計算高く、彼の将来性に目を付けて近づこうと思っていた女性は多かった様子。有力者の嫁になれば、当然自身も有力者になるからだ。彼女達が、横から彼をかすめ取る形になったイブさんを憎く思うのは必然かと思われた。しかし現状はそうならなかった。俺がネットの友人となったからだ。


 旦那となる人物の友人ならば、嫁となる女性がその友人を粗雑に扱うわけにもいかない。つまりイブさんは、超気持ち悪くて視界にだって入れたくないような俺という醜男との頻繁な接触を強要される。しかもネットと縁を結んでいるから、俺と間近で接触した記憶も見なければならないかもしれない。何て可哀想な娘なんだ! せっかく幸せな婚約が決まったのに、とんだ不幸がやって来てしまった! それが女性陣の、イブさんへの感情。


 一度同情を覚えて、彼女の悲しみを慰めようというムードが生まれたら、後はイブさんがそれに乗っかるだけでいい。女性陣は嫉妬心を完全に忘れて、俺という存在にその分の怒りをぶつける。けど接触なんてしたくないから、ただただ内輪で俺を罵る。内輪の中で外に出されることの無い怒りと憎しみは増幅されて、嫉妬心なんていう感情は完全に頭から離れる。


 俺は更に女性陣から嫌われ、しかも煩わしかったアプローチから逃れる。

 イブさんはネットと幸せな関係を続けて、女性陣の嫉妬心から逃れる。


 お互いに損のない、とっても素敵な関係。

 ネットと友人関係になることで生まれたその関係は、常々良好であった。



 まだ悶えているこの男。このことを想定して、俺と友人関係を築いたのかもしれない。

 勿論、俺という人物を読んだ上でのことだ。



 「なぁ、今週の休日、暇か?」

 「何だ急に」

 「ちょっと付き合ってほしい場所がある」

 「俺は休日はいつも鍛錬しかしていないから暇だが、お前はイブさんとの予定はないのか?」

 「ないな」


 さも当然であるかのようにネットは言う。よくは知らないが、この世界では婚約をして始めての休日に、デートのような行為を行うことはないらしい。

 考えてみると、誰かがキスをしたり手を繋いだりしていることを見た事がない。それは必要ではない行為だからだろう。

 キスをしたり、手を繋いだり、デートをしたりするのは、言ってみればお互いの愛の確認行為だ。

 前世も含めてろくな恋愛をしたこともない俺にはよく分からないが、そういう行為をする者達は、不安なのではないだろうか。何せ相手の心が分からない。本音では自分のことを愛していないかもしれない。だから、確認する。


 この世界では縁があるから、不安が生まれる必要がない。常に相手の自分への愛が伝わって来る。確認をする必要も無い。お互いを愛し合えば愛し合うほど、絆は強くなって行く。距離は関係ない。例え世界の裏側に相手がいても、想いは伝わる。それなのに、キスなどの文化が生まれるはずもなかった。

 前世じゃ最上の確認行為といっても過言じゃなかった性行為に関しては俺が知るはずもないが、何となく流れる空気を読み取ると、愛の確認行為でもなく快楽を求める行為でもなく、愛の結晶とも言える子供を作るための神聖な行為という感じだろうか。

 正しいかどうかは分からないが、前世と認識が違うことは間違いない。


 俺が前世と同じ認識で予想していた彼とイブさんの関係だが、イチャイチャするわけでもなく、寧ろ端から見れば凄くドライな関係であった。特に接触することもなく、彼らが会話する様子は見た事がない。別のクラスに所属しているという原因もあるだろうが、ネットは最近よく俺に話しかける。俺との会話時間が増えるということは、彼女との会話時間が減っているということだ。大丈夫なのかとネットに忠告をしてみたが、彼は何食わぬ顔。


 何でそんな事を言うのか。彼女と会話する必要なんかない。言葉で紡ぐ繋がりよりも、もっと大きなもので繋がっているのに。顔を見たくなるときもあるが、同じ組で学んでいるのだから見る機会はいつでもある。現にほら、俺が愛していると伝えれば、彼女は愛していると返してくれる。


 そんな感じのことを言って、彼は惚気るのだった。



 「それなら良いが、付き合うかは場所によるな。何処なんだ?」


 ネットはニヤリと笑う。


 「俺達学生が行く場所と言えば決まっているだろう? 当然──────────────ダンジョンさ」











 ダンジョン。


 この世界の地下に存在する、広大な迷宮。


 その発端は遥か昔に遡る。かつて魔物による被害が甚大であった時代。この世界に生きる生き物は、それを最小限に抑えるため、この世界の頂点に君臨する絶対の種。即ちドラゴンに助力を願った。


 ドラゴンには一つの考えがあった。自らの巨体を維持するために必要な、多くの食料。態々それを供給するのが面倒くさい。より効率的に、そしてより楽に食料を得られる方法はないものか。

 その悩みを解決する一つの考え。しかしそれを実行するのは、いかにドラゴンであっても困難。世界各地に生きる様々な種族の力を借りる必要があった。故にその願いは、ドラゴンにとっても好都合。他種族にとっては拍子抜けと言えるほどにあっさりとドラゴンは了承し、斯くして世界中の知性ある種族達による、ダンジョンの制作が開始された。


 始まりは人海戦術。地下に穴を掘る事から始まった。


 ドラゴンの構想を実現するためには、世界中を地下で繋げる必要があったのだ。例えドラゴンが有能であったとしても、個体数の少ないドラゴンという種ではそれを実現するためにあまりにも多くの時間が掛かる。途方も無い時間を生きるドラゴンでさえ、愕然とするような時間だ。完成までの時間を短縮するためには、多くの『手』が必要であった。


 願いを願った種族達に、ドラゴンは一時的に力を貸した。自分達と同じように、容易く地面を掘り進める力。その力を手にした種族達は自分達が想像出来なかったほどの早さで、地下に迷宮を作り上げていった。しかし最初は迷宮と言うにはあまりにもお粗末で、百年程の年月を掛けて生み出されたものは世界中を繋ぐトンネルでしかなかった。俺からすればそれでもとんでもない話だと思うのだが、自身の力不足を悔やみながらも手達は借りた力を返還し、そこで仕事が終了。


 次に、ドラゴンが動き出す。


 まずは地上の世界中に、動物、中でも知性ある種族に害を与えるような、好戦的であり魔物と分類される動物が誘い込まれ易い入り口を作り出す。それは地下に作り出したダンジョンへの一方通行であり、魔物はそこから決して出る事が出来ない。ダンジョンに存在する魔物が出られる道は、ドラゴン達が住むドラゴンキングダムへと繋がっており、その魔物達はドラゴンの食料となる。


 これによって知性ある種族達は魔物の脅威から逃れ、ドラゴンは安定した食料供給が出来るようになった。


 ただしこれで終わりではない。安定した供給を得られるようになったものの、ドラゴンにとってはまだまだ足りない量。ドラゴンの計画は完成していない。トンネルは地下の道であり、迷宮ではないのだ。


 ドラゴン達は魔法陣を刻み込み、地下を地上と同じく『生きられるように』した。


 例えば光の魔法陣。地上の光を地下へと入れる。これによって地下へとやってきた魔物達の体についていた植物の種が地下で芽吹き、より早く成長。魔物達の食料となる。

 例えば水の魔法陣。地下に流れる水脈から水を呼び込み、池を形成。魔物達の水分補給の場となる。


 生きられる場所があれば、適応するのが生物。世界中から集まった魔物達はダンジョン内で生存競争を繰り返し、独自の生態系を作り出す。また安全な場所を求め、ねぐらや縄張りを作るために、魔物達は自身でダンジョンを広げる。ダンジョンが広がればより多くの魔物が生きられる場所が出来たということで、増えた魔物は生き残るためにまたダンジョンを広げる。


 そして魔物の入り口から常に新参者がダンジョンにやってくるため、ダンジョンの浅い場所で生きる魔物に安寧はない。適応してそのことを理解した魔物は生き残るために地下深くへダンジョンを掘り進める。同じことを考えた魔物達でまた生存競争が繰り返され、より強い魔物は更に深くダンジョンを掘り進める。


 この結果。ダンジョンは広く深い、大迷宮へと変わった。


 そこに住む魔物の個体数は地上よりも圧倒的に多くなり、またその種類もまた多彩になった。ドラゴン達がその過程において更なる魔法陣を刻み込み、ダンジョン内を『生きられるように』ではなく『生き易く』したことに他ならない。個体数が多くなるということはドラゴンに供給される食料が増えたということであり、ドラゴン達は安定して多くの食料を得ることが出来るようになった。


 それは即ちドラゴン達の計画の完成を意味していた。

 トンネルでしかないダンジョンが生まれてから、更に百年ほどの時間が経った後の話である。


 百年という年月は長く感じるが、新たに地下世界が生まれるまでには短すぎる年月である。恐れるべきは、ドラゴンの力か。それともドラゴンの、『遊び心』か。


 それと言うのも、ドラゴンにとってダンジョンはただの食料庫ではないらしい。現在もたまに点検がてらにドラゴンが訪れ、新たな魔法陣を刻み込むなどの更なる改造を施しているようである。非常にその様子は楽しそうだったとか何とか。つまりはドラゴンにとってダンジョンは巨大な娯楽施設なのだろう。飼育観察的な楽しみと、ブロックを組み立てるような楽しみを覚えているのではないだろうか。


 凄い物が出来上がると、誰かに見せびらかしたくなるのは、ドラゴンも同じようで。

 寿命の短い人間はもう殆どダンジョンの存在を忘れてしまった頃、ドラゴンから招待状が届いた。ドラゴン達は各種族の生活する場所に、ダンジョンの制作に携わった種族しか通れない出入り口を作り出したのだ。


 その扉を開けた先で彼らが見たのは、自分達が作り出したものとはまるで違う地下世界。もはや地下文明のような様相であり、そこには彼らの知らない様々なものが存在した。


 見た事もない魔物。見た事もない植物。それらを利用して生み出された道具や薬は、従来の物よりも上の性能を誇り、彼らはドラゴンに深い感謝をしてダンジョンに潜ることに没頭したのだ。


 現在もまた変わらない。


 日々ダンジョンは進化を続け、ドラゴンによって改造されて新たな種類の魔物が生まれ続ける。

 そして人間達地上の知性ある種族は、種の文明発展のためにダンジョンへ潜る。


 人間という種に与えられたダンジョンの入り口は、現在ウルタス魔法学園が管理している。部外者を決して侵入させない学園であるが、ダンジョンは例外。実力を認められた物ならば、誰でも入ることが可能。基本的に何人同時でも入れるが、学園に在学する生徒はダンジョンに挑む際の適正人数と言われている、四人で挑むことを強制されている。


 つまりはボッチである俺は付き合ってくれる学友がいないので、ダンジョンに挑戦したことがなかった。実力の高い教師と共にならば一人でも挑戦が可能ではあるが、連れ添ってくれる教師がいるわけもない。だから俺は二年生より参加出来る、ダンジョンを利用して行われる学園のイベント『冒険祭』が行われるまで、その機会はないものとして諦めていた。


 しかし、それも今日までのこと。


 ネットという友人を得た俺は、彼のお陰でダンジョンに潜ることが可能となったのである。やったね。


 ダンジョンは危険であるが、初挑戦である俺がいる状態で挑戦出来る範囲は非常に浅く、注意をして深追いをしなければ十分に生還が可能。ネット達がいるから万が一にも命の心配はないと言って良い。最高の訓練とも言える実戦を経験する、良い機会である。ダンジョンの魔物は強い。その魔物との戦いで腕を磨けば、辺境に現れる魔物との戦いにて生存出来る可能性が上昇するのだ。正に良い事ずくめ。ネットにはマジで感謝だ。


 俺は部屋に眠っていた唯一の私服を取り出す。決して貴族が着るような高価な服ではなく、平民ですら普段着ない、丈夫さを求めた結果、着心地が抜群に悪くなった一品。作業服である。

 さすがに俺は生ゴミ臭い制服でダンジョンに挑むことはしない。強烈な臭いで魔物に場所を知られるからだ。臭すぎて魔物を退けることが出来るかもしれないが、残念ながら腐った食料を好む魔物もいるので却下。


 愛用の安い剣を腰に差して、準備は完了。

 防具はいらない。俺には『金剛』という魔法があるため防御は十分。防具を付けても動き難くなるだけだ。

 決して持っていないからでも、買えないからでもない。


 鏡を見る。あまりにも不格好。でも俺には丁度いい。


 俺は頬を叩いて気合いを入れると、部屋の扉を開くのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白い [気になる点] ドラゴンが出てくる [一言] 源内あおがバイセクシャルだった場合に吹雪(艦隊これくしょん)にセックスをする話が読みたいです。
2024/07/26 18:31 たかはしまさおみ
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