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ちょっとした、文化の違い  作者: くさぶえ
文化の、違い
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五十六話

「いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」


 俺は行かぬ! 決して行かぬ! 絶対にだ!


「クソッ、なんだコイツ! 無駄に力が強いぞ!」

「力が原因じゃない! 魔法だ! コイツ魔法で指を硬化して、壁に食い込ませて杭にしてやがる!」

「しかも強靭な脚力のせいで、大樹のように微動だにしてませんッ! わが師匠ながら、何という財宝の無駄遣い!」

「フハハハハハッ! 俺をなめるなよ、三人共ッ! 俺は逃げること、守ること、そして抵抗することにおいて、誰にも負ける気はしない!」


 それだけを考えて今まで生きてきましたからね!


「自慢げに話しやがって……!」


 ネット、ダッグ、そしてプランの三人は、俺の体を無理矢理にでも動かそうとしながら、憎々し気に俺を見る。しかしながら俺だって引こうとは思わない。悪いが俺だって必死なのである。


「何故抵抗するんだ、ハーン! グリージャー先輩から呼び出されただけじゃないか!」

「それが問題なんだよ、ダッグ! 人気のない場所に呼び出されるということの意味が分からないお前じゃないだろう! 俺達の中でも最年長のクセに!」


 そう、俺はグリージャー先輩から呼び出しを受けた。


 二人の出会った場所で、会いたい、と。


 それ即ち―――――――――――――――――圧倒的、絶望。


「お前もか、お前も『そろそろ相手を見つけろ』と言うのかハーン!」

「そんなことは言ってないッ! だがミヤ先生への思いはサッサと諦めろ。無駄だから!」

「ぐわぁぁぁぁ!! 絶対に連れていってやるからな!」


 後ろから俺を羽交い絞めにしているダッグの力が更に増す。コイツ、無駄に力が強い。三人の中でも一番なんじゃないのか?


「ハーン! 別にグリージャー先輩はお前に告白するために、お前を呼び出したとは限らないだろう!」


 壁に食い込ませた俺の指を、必死で剥がそうとしているネットが俺を説得に掛かる。


「確かにその通りだ、ネット……――――だがなッ! 俺は可能性がゼロでない限り、行く気はない!」

「言わないでおこうと思ったが、お前は自分の魅力と性格を考えて発言してんのか! この魅力底辺ダメ野郎!」

「ぐわぁぁぁぁ!! 否定できん! ―――しかし、断言するぞ。ネット! グリージャー先輩は……俺に、惹かれているんだよ!!」

「なんだコイツは!? 自信があるのかないのかどっちだ!?」


 ネットは困惑した表情を浮かべるが、これは結構間違いないと思う。確かに俺の魅力は底辺だ。これは曲がりようもない事実。そのうえ俺という人物は、ネットの言う通り、ダメ野郎である。


 このダメ野郎というのは、何も俺の人格だけの話ではない。俺という人物の思想は、この世界の人間にとっては異様だ。誰もが常識だと認知している部分。……いや、そもそも認知すらせずに理解している本能的な領域。その領域の中身が、まるで違うのだ。


 正直俺は、この三人が俺を友人や師匠という親しみを込めた言葉で呼ぶことに、未だに感動を覚えている。そんな異質な存在を、ダメ野郎という軽い言葉で表現できることも。


「師匠、でもアネスト様は、ただお礼を言いたいだけだと思いますよ」


 俺の足を動かそうと寝転ぶような体勢だったプランが、俺を見る。というか君は一応、騎士とはいえ貴族なんだがその体勢は大丈夫なのだろうか。そんで動かないからって悔しそうに涙目になるのは止めなさい。かわいいから。なんか変な気分になるから。


「……まぁ、多分そうだけどな」

「お、行く気になったか?」


 少し力を抜いた俺を、ネットが期待した様子で笑う。


「違うわ。あの人が感謝を伝えようとしているから、余計に行きたくないんだよ」


 とりあえず三人が暑苦しいので、隙をついて土塊の剣から触手を生み出し、三人を振り払う。触手についているヌラヌラが気持ち悪かったのか、三人から抗議の声が上げられるが……知らん。というか、最初からこうすればよかった。


 俺はソファーに腰を掛けると、重い息を吐く。


「あの人にも言ったけど、俺は感謝されるために試練を肩代わりした訳じゃない。感謝されたって困るんだよ」


それに、人というのは感謝の気持ちが好意に変わる。前世で落としたシャーペンを拾ってくれただけで女子を好きになっていた俺が言うんだ、間違いない。


勿論それだけの好意が、愛と呼ばれるほど深い感情に繋がる訳じゃないだろう。だが、きっかけにはなり得る。―――そして多分、先輩の中にはそのきっかけが出来てしまっている。


逆なのだ。俺が感謝をして、あの人に好意をもって、恩返しをしたくて試練に挑んだ。勿論俺が生き残る上で、試練に自ら挑むのが一番良い選択肢だったという理由もある。……ドラゴンは娯楽を好む。だから俺が愚かにも試練に挑むことで、『予想外の生存劇』を作れる状況を生み出したのだ。クリスなら俺で上手に遊んでくれると信じて。


 選択は、間違ってはいなかった。俺は生き残り、先輩と先生は無事に学園に帰還した。俺の場合はギリギリという言葉が付くが、それでも命が欠けることなく生き残った。


 この世界の人間にとって、それは偉業なのだろう。ドラゴン試練を乗り越えた、英雄。そう呼ばれるほどの偉業なのだろう。でもそれは俺の力じゃない。ドラゴンの作り出したフィクションなのだ。俺はただ……選んだだけ。


 ―――それなのに感謝されるなんて、嫌みにしか聞こえなくなる。それなのに、好意を得られるなんて、卑怯じゃないか。


「――――………不躾ですが、私から一言申しても構いませんでしょうか」


 バカな俺達の様子を冷めた目で眺めていたツキミヨさんが、鈴が鳴るような清らかな声を響かせる。正直彼女の存在を忘れていた俺は、少しだけ恥ずかしくなった。


「皆様は、何か勘違いをなさっているようです」

「へ?」

「お嬢様は、伝えたいことがあるからとウルド様をお呼びしている訳ではありません」

「そ、そうなんですか?」


 俺達の顔はさぞかし間抜けになっているのだろう。無表情だったツキミヨさんの顔が、笑いを堪えているのかピクピク動いている。我慢せずに嘲笑してくれればいいのに。俺限定で。


 ……でも、なら何故『二人の出会った場所』なんていう、誤解を招くような言い方をしたのだろうか。紛らわしいにも程がある。俺と先輩が会った場所は、誰も寄り付かない古い噴水のある小さな広場。そんな人気のない場所に異性を呼ぶなんて、勘違いをしてくれと言っているようなものだ。天然なのだろうか。それとも阿呆か。


「会わせたい方がいらっしゃるようです」

「会わせたい人?」




「――――あなた方のご友人であられた、テスラさんです」




 その名前を聞いた瞬間、無いはずの心臓が締め付けられたように感じた。

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