五十五話
「じぢょー!!!! 信じてまじだー!」
「わ、分かった! すまんって! 心配掛けて悪かったよ! だから引っ付くな!」
あー、いい匂いがする。そして何か柔らかいんだが。
いやいや何を考えている俺。プランは男。そこを忘れるなよ俺。でも精神的に疲れ切ってるから何故だかドキドキするようなしないような。
「プランの気持ちも汲んでやれよハーン。突然ダンジョンに行ったと思ったら、帰ってきたのはミヤ先生と傷だらけのグリージャー先輩だけ。その上、先輩の話を聞いたらお前がドラゴンの試練を引き受けたと言うじゃないか。心配しない方が無理な話だぜ? 勿論、俺達もな」
「ハッハッハ。二度目の、奇跡の生還だな」
泣きじゃくるプランを優しくどけてると、見舞いに来てくれたネットとダッグが笑いながら声を掛けてくれる。
「……悪かったよ」
三人の心配はとても理解出来た。だから素直に俺は謝罪を口にする。何せ、俺が試練を受けてから一週間以上時が流れていたのだ。心配しない訳がないし、むしろ普通なら帰ってこない覚悟を決めるだろう。三人が、「心配」だけをしていたのが不思議なぐらいだ。
現在俺は、学園の自室にて療養という形を取っている。怪我はクリスによって治されているため実際は療養ではないのだが、三人もそれを理解した上で見舞いに来てくれている。ただ会いたかったからという、とてもシンプルな理由で。
「心配掛けた。すまん」
俺は三人に頭を下げた。これは謝罪というよりも、感謝の意を込めて。俺が無事に帰ってくるか心配をしてくれた三人に対して。何よりも、俺が生きて帰ってくると信じてくれた、三人に対して。頭を、下げた。
「いいっての」
ゴツリと、頭に何かがぶつかる。頭を上げると、それがネットの拳であると気がついた。三人は笑顔で此方を見ている。釣られて俺も笑顔になっていった。
「師匠! 僕は謝罪なんていりません! それよりも、師匠のお話を聞きたいです!」
「ハッハッハ。そうだなぁ、俺も謝罪はいらないから。話を聞きたいなぁ――――できれば、そこで寝ている聖獣様について。……とかな」
プランは瞳に貯まっていた涙を拭きながら。ダッグは、若干顔がひきつった様子で指を俺の隣に指し示す。
「きゅー…………、きゅー……――――きゅ?」
白くてフワフワとして愛らしいソイツは、閉じていた目をパチリと開くと、呼んだ? と言わんばかりに鳴いた。とても眠たそうに。
「俺はハーンに、ドラゴンの試練がどんなものだったか聞きたいなぁ。ホンモノがいったい、どれだけ過酷なものだったか、な」
いやそれは辛すぎてちょっと俺のトラウマになりかけているんですが。思い出したくはないのですが。
まぁ、この腹黒い友人は分かった上で聞いているんだろうなぁ……。深くなった笑顔が妙に腹立たしい。でも俺に拒否権はあるまい。友達を心配させてしまったのは、俺なんだから。
「分かったよ……。全部話す」
俺はため息を吐いてから、ゆっくりと喋り始めた。
ミヤ先生と一緒にダンジョンに潜ったこと。授業と平行して、救助信号を送った生徒を助けようとしたこと。その生徒が、グリージャー先輩だったこと。そして、先輩がドラゴンに目を付けられてしまっていたこと。
そこまで話す中で、三人はそれぞれ違った反応を見せた。
ネットは、表情を変えず時より考えるような仕草をしながら、淡々と相槌を打った。何を考えているのかは分からない。ただこの友人は頭もキレる。何か思考を巡らせているのだろう。
プランはおおよその経緯をしっていたのか、こちらも相槌を打ってくれた。ただネットと違うのは、苦しそうな顔や、悲しそうな顔。そして何より、怒りに満ちた顔を見せたことだ。
きっと、幼なじみであるグリージャー先輩から既に何らかの話を聞いていたのだろう。俺の話から、先輩の様子を思い出していたのだと思う。思えば、俺がミヤ先生とダンジョンに入る少し前。プランは俺に、用があり少しの間会えなくなると言っていた。正直適当に聞き流して忘れてしまっていたが、きっとその間彼は先輩を助けるために奮闘していたのだろう。だからこそ、俺に会う余裕がなかったのだ。
最後に見せた怒りに満ちた表情は、ドラゴンに向けてのものだろう。彼は俺と同じように、ドラゴンに怒りを抱いている。恨みと言ってもいい。先輩に理不尽な試練を架したドラゴンに怒っているのだ。――――あるいは、もしかすると、自分自身に怒りを感じているのかもしれないが。
ダッグは………、何か羨ましそうな顔を見せていた。君は、あれだな。まだミヤ先生のことが? いや、二人でダンジョンに潜ったのはデートじゃないよ? 勘違いしないように。こちとら死にそうになってんだよこら。
「それで、お前と先生がグリージャー先輩を発見したと」
「ああ。―――俺が見たときは、憔悴しきっていたよ」
改めて考えると、先輩は本当に凄い。俺が人形のようにクリスの言いなりとなり、財宝の力を無理矢理引き出して、ようやく生き残れたドラゴンの試練。それを傷つきながらも、自分自身の力で生き抜いていたのだから。
「あー、プラン。先輩はどうしてる?」
そこで俺は、学園に帰ってから始めて先輩の様子を聞いた。というのも、あの日先輩が俺を見るなり逃げ去ってしまい、なんだか聞き辛くなってしまったのだ。怪我はまだ完治していないものの、元気になっているのは確認できていたし、一歩踏み込んだ………精神的な回復傾向に関して誰かに聞くのは、気恥ずかしかったのである。
「はい、無事に回復しています。本当に、師匠のおかげです。ありがとございます!」
プランは柔らかい笑みを浮かべると、俺に感謝を伝えた。驚いたのは、俺が安堵の息を吐いたということ。自分でも不思議なことに、俺は先輩のことを心配していたらしい。――――ちなみに、先生のことは微塵も心配していない。先輩が生きている時点で、先生は生存していると確信していた。
そしてプランから先輩の様子を聞き、寝息を立てている偽の聖獣について話そうとしたところで、扉から呼び鈴が鳴る。
「失礼します。主からの伝言を、お伝えしに参りました」
扉の先には、グリージャー先輩の従者。ツキミヨさんが立っていた。美しい黒髪を腰まで伸ばした彼女は、無表情で此方を見つめる。彼女には一度会っている。俺を見る目に嫌悪感がないことが心配になったが、俺は彼女の「何コイツ気持ち悪ッ」という顔を引き出している。安心していいだろう。
「伝言、ですか?」
「はい。主から、明朝私たちが出会った場所に来てほしい……と」
「――――――……へ?」




