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ちょっとした、文化の違い  作者: くさぶえ
文化の、違い
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五十三話

「……ッ!」


 意識が戻ったのを理解した。理解できた。思わず胸を探る。堅く、それでいて表面はツルツルとした感覚を得る。視線をそこへ移すと、クリスによって広げられた空洞は水晶のように透明な物質によって埋め尽くされていた。掌を当て続けると、本来得られないはずの鼓動を感じる。どうやら、この奥にある何かが心臓の役割を担っているらしい。


 また、随分と遊ばれたものだ。


「ガッ……!」


 胃の中からこみ上げたものを、吐き出す。といっても空っぽの胃からは胃液しか出なかったのだけれど。


 体の状態を確認する。疲労感が残るが、体のどこからも痛みを感じない。身にまとう衣服はボロボロだが、怪我などは一切残っていないようだ。抜かれた心臓を含め、体中の負傷は全て治されているらしい。


 違和感は、ある。――――いや、心臓が変わってしまっていることへの違和感はない。恐ろしいことに俺は抜かれたという記憶が無くなったら、心臓がないことに気づくことに時間が掛かるだろう。それほどに、クリスの魔法は完璧だった。


 きっとこれは、例えるならば喪失感だろう。生まれたころからソコにあったモノへの。怒りがある。奪われたことへの、強い怒りが。ただそれよりも、湧き上がる大きな感情にそれは飲み込まれていく。


「生きてる、な」


 その言葉を口にした瞬間、どうしようもないほどの安堵感を得た。そして、大きな。とても大きな幸福感を得た。体中の力が抜け、瞳からボロボロと涙が零れ始める。止める気力もない。春の陽気に微睡むように、俺はゆっくりと瞳を閉じた。


 何をする訳でもない。ただ、実感を。


「よかった……」


 生きているという実感を、噛みしめる。


 自分の中にある、とても、とても大切な、命が。一つも欠けることなく存在している。それは、それの、何という幸福なことだろう。


「ありがとう、生きているよ」


 俺はまだ。生きているよ。











 きゅー。


 俺が幸せを享受していると、何とも気の抜ける愛らしくも間抜けな鳴き声が聞こえてきた。人が感傷に浸っているというのに、一体何奴だ。


 というよりも、ここはどこだ。辺りは光の魔法陣から溢れる日差しで満たされている。日差しを求める木々が、俺の視界に飛び込んだ。どこからか流れこんだ風が葉を揺らしている。何とも穏やかな光景だ。しかしながら、強い違和感を得る。生き物の気配がない。目の前の、こいつ以外は。


「きゅー!」



 何このキャワユイ生物。



「きゅ、きゅー!」


 白色のフワフワとした体毛に覆われた、小さな何かが俺の足にすり寄ってくる。まるでそうしていることが、この世で最も幸福であると言わんばかりだ。気持ちよさそうに目を細めて、愛おしさを俺から引き出すような愛らしい声で鳴きながら。


 な、撫でたい…。撫でまくりたい。だがその姿、生物としての形が、俺の警戒心を一気に跳ね上げる。


 全体的に丸みをおび、白く柔らかい体毛、子猫のような小さな体という相違点はある。しかし、その狼のような鋭い牙。長い首。強靱でありながら鋭い顎。体を支える太い脚。蛇のように延びる尾。そして大きな羽。頭部から生えている、二本の角。


 正しく、俺の知る、ドラゴンという生物の姿であった。


「きゅ?」


 この世界で、ドラゴンの姿を正確に表現する書物は驚くほど少ない。いや、存在しないと言っていい。何故ならドラゴンは、彼らの持つ魔法によってその姿を自在に変えることが出来るからだ。


 クリスがいい例だろう。アイツは俺の前に、人間の女性という姿で現れた。アイツがその気になれば、俺と全く同じ姿で現れることも出来ただろう。勿論、犬や猫や、虫にだって変わることが出来るはずだ。ドラゴンという存在が、それを良しとするかどうかは別として。


 だから書物にはドラゴンの姿に関して、僅かな情報しか記されていない。それも過去の偉人たちが残した正確はとても言えない情報だ。


 それは、「雄大」であり、「強靱」であり、「偉大」な姿である。そんな情報。


 僅かな特徴すら乗っていない。過去の偉人達が無能であったのか、それとも乗せることができなかったのか。それは俺にはわからない。


 ただ分かるのは、この世界にいるクリスのようなドラゴンの姿は正確には分からないということ。つまり奴らは、俺が前世でマンガや映画、アニメで見た「ドラゴン」とは必ずしも一致しないということ。


 そう、一致しないのだ。だからこそ俺はコイツに警戒する。当然だろう。


 想像の中の生物が、想像通りに存在する。そんなことが、あるのか。例えここが、異世界だとしても。


「きゅー」


 小さな生き物は、警戒する俺に悲しそうな声を上げる。そして、申し訳なさそうに俺から少し離れた。


 ………罪悪感が凄い。


 俺はその感情を振り払うように、声を上げた。


「おい、クリス!」


 縁を使わなかったのは、この異常な状況にアイツが関わっているという確信があったからだ。アイツのことだ。近くにいて、俺の反応を楽しんでいるに決まっている。俺は怒鳴ることで、アイツに怒りを少しでもぶつけてやりたかった。


 しかし、反応がない。


 確信があったために、俺は首を捻る。目論見が崩れたかと思ったが、ならば縁を通してこの怒りを少しでも伝えてやると気持ちを切り替える。そして財宝の印から縁を開こうとした所で、声が聞こえた。



「やぁ、ハーン。気分はどうだい?」



 あの小さな、生き物から。

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