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ちょっとした、文化の違い  作者: くさぶえ
ドラゴンの試練
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五十一話

『飲み込め、飲み込め、飲み込めッ!』


 俺はがむしゃらに、その意志を剣に伝え続ける。必死にひたすらに同じ言葉を繰り返すザマは、まるで親に玩具を欲しい欲しいと願い続けるガキのようだ。でも止めるわけにもいかない。先生と先輩を遠ざけるには、この剣に働いてもらわなければ。


 意志を伝えるたび、剣はその周囲に存在する「土」を飲み込む。それは前世で見慣れた、掃除機に埃が吸い込まれるその姿を幻視するほど。あっさりと呆気なく、ダンジョンの土や壁は剣の中に飲み込まれて行く。俺と化け者共は、重力にその身を投げ出すしかなかった。


 ドラゴンの宝玉。ダンジョンに挑む者に与えられる、ドラゴンの財宝の中でも至高とされる財。それは道具と組み合わせることでその真価を発揮し、組み合わせたその道具を、どこまでも、どのような形にでも進化させることが出来るのだ。


 そのために使用者が行わなければならないのは、道具と素材の合成。この世界に生きる生物の肉体以外、全ての万物と道具を合成することで、その性質の優れた点を取り込むことが出来る。それにより、道具は人間が決してたどり着くことの出来ない神秘の領域に至る。俺が先生と先輩を逃がすために行ったのは、この行程の暴走とも言うべき行為。


 何でもいいから、ある物を全て飲み込め。俺はそう剣に命じた。


 剣はその命令を忠実に守り、ダンジョンを構成する物質を飲み込み始めた。飲み込む物が無くなれば更に下の物質を。そうして下へ下へと飲み込み続けることで、俺と化け物共はダンジョンの下。即ち、深層へと落ちていく。


 幾多の強靱な生物が存在する深層。寒気という形で、体がここが危険だと俺に知らせ続ける。だが、そんなことは分かっている。分かっているからここまで来た。人間が、誰もいないであろうこの場所まで。


 俺は剣への命令を中止する。すると俺を追う形で、化け物共が俺と同じ地面へと降り立った。化け者共は、呆れるほど静かにその場に佇む。先輩と出会ったあの場所からここまでは、高さで言うとかなりのもののはずだが。化け物には落下の衝撃など関係ないらしい。俺はドラゴンに着けられたこの足がなければ死んでいるだろうに、理不尽極まりない。


 剣を構え、戦闘態勢に入る。しかしながら、化け者共が動く気配はない。此方の様子を常に伺い、隙あらば飛掛かろうといった様子なのだが、足を杭で地面に縫いつけられているかのように不動だ。


「……?」


 不信に思い、尚更警戒心を強めたところで、直ぐにその原因に気づく。いや、原因が現れたと言った方が正しいか。


 強く感じる、濃厚な存在感。


圧倒されるほどに荘厳でありながら、嫌らしく、憎たらしい気配。清らかでありながら、悪質な気配。この世界に君臨する、ドラゴンの気配。


「やはり、お前は面白い」


 腹の底からこみ上げているのであろう、憎たらしい笑みを隠そうともせず、俺の義足の制作者、クリスは人間の女性の肉体を形取ってそこに現れた。


 直接コイツと会うのは久しぶりだが、再会の喜びは欠片もない。制作者と所有者の縁を通し、度々コイツが話しかけて来るのもその理由の一つだが、それ以上に出来ればもう二度と会いたくなかったという思いが、その大半を占めていた。


「お前か?」


 俺はコイツに、その一言をぶつけた。石でも投げつけるかのように。可能ならば、憎たらしいほど整ったコイツの顔が、グチャグチャに崩れてくれないかと願いを込めて。お前がこの『遊び』の主催者かと。


「違う」


 回答はシンプルだった。だからこそ、気分が悪くなる。なら何でお前がここにいる。俺の目の前にいる。失せろ。


「私なら、もう少し面白くする」


 長い髪をなびかせ、クリスは卑猥に可憐に笑う。完全無欠のドラゴン様は、俺が思っているよりも自信家で、思っているよりも狂っているらしい。まぁ、それもコイツがドラゴンであることを考えればそれも当然か。


「だから、譲って貰ったのさ」


 ひとしきり笑った後で、コイツはそう宣った。


「さぁ、遊ぼうか。観客は、待ちきれないようだぞ?」


 慈愛に満ちた表情だった。小さな子供をあやすように、クリスは睨みつける俺の頬を優しく撫でる。強ばっていた俺の顔が、強制的に解れていく。快楽を感じた。淫靡なその手が俺の頬から離れる頃、魔法が終わったかのように俺はコイツへの憎悪を思い出した。


 そして次の瞬間、その憎悪は更に燃え上がる。



 視線だった。無数の視線。それが俺を見つめていた。



 何者かは、考える必要はない。快楽主義者の完全生物。この世界に生きる頂点共。それらが俺を、俺だけを見ていた。肉体はそこになく、されど俺をジッと見つめていた。ワクワクと、子供のように、期待感を募らせて。


「お披露目って、ことかよ」

「違う、自慢だ」


 幾多の視線は全て同じ感情で俺を見つめている。コレは一体、どんな玩具なのか。好奇の視線で俺を見ている。だか、コイツは違う。どこか誇らしげに俺を見ている。・・・いや、俺という作品を見ている。


「未完成ながら、お前は何て面白い。少しだけ、自慢したくなってしまったよ」




――――――だから、遊ぼう。




「ハーン。お前を見せてやれ」



「――――――くだらない」


 本当に、傲慢で、我が儘で、気まぐれな生物。コイツ等には、この世界が巨大な玩具箱にしか見えないのだろう。憎悪するだけ無駄なこと。けれども俺はコイツを、コイツ等を憎まずにはいられない。脆弱な俺が、コイツ等に出来る唯一の反逆。後は、コイツ等の糸で踊るしかない。


 だがそれが、生きる道ならば。それしか道がないのなら。俺は、踊る。同時に恩人を助けられるなら、文句などありはしない。寧ろ、望むところ。


「見たいなら見ればいい。楽しみたいなら勝手に楽しめ。俺はただ、生きるだけだ」


 いつの間にか地面に向けて降りていた剣先を、降り注ぐ視線の中のどいつかが作ったであろう、化け物共に向ける。


 それが試練だというのなら、俺は越えるだけ。それが遊びだというのなら、俺は無様に踊るだけ。


「さぁ、遊ぼうか」


 瞳を閉じて、開く。体の奥底から、溢れる力。巻き込まれるように、俺の心もまた高揚していく。観客達の興奮を、肌で感じた。


「始めよう」











『――――――――――――――ッ!』


 耳をつんざくような奇声を背後に、俺は足を動かす。一心不乱に足を動かす。


 ダンジョンは、その姿を大きく変えていた。


 多くの凶悪な生物がひしめいていたはずの深層には、ただ化け者共の奇声と俺の足音が響くのみ。他の生物の気配はなく、あるとすればそれはドラゴンがこの遊びを視聴している気配だけ。光が少なかったはずの道には、まるで俺がハリウッドスターであるかのように地面から赤い光が溢れている。


 ルールは、簡単。


 俺が倒したら俺の勝ち。俺が死んだら俺の負け。そして、この赤い光で照らされた道の到達点。帰還魔法陣、即ちゴールまでたどり着いても俺の勝ちだ。


 勝利条件としては、俺が有利。しかしながら、観客達の間で行われているらしい『賭け』では、俺の敗北に賭けるモノが多いらしい。


 まぁ、『魅了の瞳』で魅力が馬鹿みたいに上がっているが、能力的にたいしたことがないのがドラゴンには容易に分かってしまうのだろう。それでも、俺に賭けるドラゴンがいる方ことに驚く。きっと、そいつ等は賭けの勝敗よりも賭けること事態に楽しみを感じるモノ達なのだろう。


 金銭など存在しないであろうドラゴンとの間で、一体何が『賭け』られているのか。考えるだけでも恐ろしい。今は何も考えずに、ただ生きることに集中しなければ。


 そんな隙を察したのか、化け物の内一体がその鋭い爪を掲げて飛掛かってくる。俺は瞬時に、右手に持つ歪な剣を振るう。


 すると、無数の触手が剣より飛び出した。


 ヌラヌラと粘性のある粘液にまみれた、土よって形成されている無数の触手。それら全てが、化け物を捕らえようと襲いかかる。化け物も突然の出来事に対応が追いつかなかったのか、実に呆気なくその身を触手に縛り上げられた。


 今のこの剣を表す名を付けるのなら、『土塊の剣』だろうか。


 ダンジョンを構成していた、膨大な量の土。それらを無理矢理飲み込んだことによって、この剣は魔力によって生み出された土を自在に吐き出すことが可能になった。ある程度簡単な形を与えることも出来るようで、俺は簡単な形状であり、且つ化け物の足止めに最適な形。即ちタコやイカが持つ触手のような形を与えた。


 何故その触手がヌラヌラと粘液にまみれているのかは知らない。恐らくだが、進化元が持っていた特性の良いところを引き継いだのだろう。見た目が何とも卑猥だが、粘性の高いヌラヌラを纏っているお陰でこうもあっさり化け物を捕らえられた。良い誤算ということにしておこう。


 しかし安心はしない。出来るはずもない。まだ残りの化け物は俺に向かっているし、生み出した触手は所詮土塊だ。足止めにしかならない。


 赤い道は目の前で直角に曲がり、上空に向けて真っ直ぐに延びている。当然だが、そこに大地は無い。その道は、俺にしか進めない道だった。義足に力を込め、俺は躊躇うことなくその道を進む。まるで糸で引っ張られるように。


 化け物の様子をチラリと伺う。奴らは飛ぶ機能を有していない。このままなら、追ってくることはないだろう。勿論、希望なんて抱いていない。


『―――――――――っ!』


 後方から、泣き叫ぶような奇声が発生する。同時に、肉が裂けるかのような音も。


『まぁ、この位はやってくるだろうな』


 脳内にクリスの声が響く。それを無視して化け物共に注意を払うと、奴らの背には歪な翼が生えていた。その翼は高速で動き始め、化け物共は宙に浮かぶ。どうやらドラゴンは期待を裏切らないらしい。


『さぁさぁ、逃げるぞハーン。怖い怖い、鬼に捕まらないように』


 糸が動く。


 俺の体は、まるで俺がそう命じたかのように軽快に動いた。宙を駆け、同時に触手を放ち奴らを妨害する。模範解答のように正しく理想的な動きだった。惚れ惚れするほど、完璧な動き。


だから俺は、決してそれに逆らわない。


意識を全て危機察知へと割り振り、体のコントロールの一切を、糸の主―――クリスへと託す。俺は憎たらしいアイツに、ある主の信頼を抱いていた。


 ドラゴンを理解しようとすることほど、愚かなことはない。この世界に伝わる言葉の一つだ。きっとこれは人間の国だけではなく、他の知性ある種族の中にも伝わっている言葉だろう。・・・それほどに、ドラゴンは『別格』だ。


 しかしながら、俺はドラゴンを。―――いや、クリスという存在を、多少なりとも理解しているつもりだ。少なくとも、その行動原理。そして何をしようとしているのか。


 アイツの行動原理は、楽しいことがしたいという子供のように純粋な欲求。アイツはその欲求のままに、「俺で」遊ぼうとしている。だから、アイツは俺を壊すようなまねはしない。少なくとも、アイツが考えている『企み』が実になるまでは。そしてその企みは、アイツにとってこんな所で崩れていいものではないはずだ。


 正直な話、クリスの姿を見た瞬間に抱いた感情の中に、僅かながらも確実に喜びがあったのは隠しようもない事実だ。ああ、俺は生き残れる。そう思い、俺は心の奥底で安堵した。その喜びは、残念ながら信頼というモノからしか生まれない感情だった。頬を撫でられた瞬間、俺はそれを強く自覚した。


 だから俺は、クリスの操る糸に身を任せる。きっとクリスはこの遊びに勝つ。そんな歪な信頼に、身を任せた。それが即ち、自分が人形であると認めることになろうとも。


 それが俺の生き残れる、最善の道ならば。


『ククク。ほら、見ろ、私の人形は良く動くだろう?』


 クリスの声が聞こえる。ああ、憎たらしい。震えるほど美しく、虫酸が走るほど淫猥な声。その声が頭に響くたび、俺は憎悪で狂いそうになり、そしてその声に縋り着き、安堵する。


 ・・・・・・ああ、憎たらしい。


「――――カッコつけて、結局これだ」


 自分が、憎たらしい。俺を見つめる、傲慢なドラゴン達よりも。


 俺の頭には、誰もいない。ただ俺は、生き延びることを考えている。この遊びから生き抜き、何としてでも帰ることを。


 誰も、いないのだ。

お待たせしておきながら、スッキリとした展開ではなく申し訳ないです。

色々考えたのですが、やっぱりまだまだハーン君はカッコ悪いみたいです。

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