表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ちょっとした、文化の違い  作者: くさぶえ
ドラゴンの試練
46/85

四十六話

 ふと、小学生の頃を思い出した。あれはそう、運動会の玉入れ。


「ギャァァ……」

「グギィィ……」


 皆の手で空高く舞い上がる、赤と白の小さな玉。雲一つない青い空に、それらが妙に輝いて見えたのを強く覚えている。そして聞こえてくる、大好きだった人たちの声。そこは確かに皆の幸せが集まる空間だった。


 しかし、なぜだろう。不思議な事に、あの頃の自分だけが思い出せない。あの頃の自分は、どんな自分だったのだろうか。


 そんなことを考える、今日この頃。


「オラァァァアアアアアア!!」


 ダンジョンに舞い上がる白い体毛を持つ猪っぽい魔物と、それらから噴き出る赤い血潮。天井が青い鉱石で構成されているため、空を連想させる。ここは確かに、魔物達の絶望が集まる空間である。


 そんな空間を作り出した現況であるミヤ先生は、未だかつて見たことがないほどに満面の笑みである。拳を真っ赤に染めて無双するその姿はまさしく鬼神だ。


 自然と手を合わせてしまうのは、仕方のないことだろう。命を執拗に狙ってくる魔物共に哀れみを持つことがあるとは。信じられない心情である。まぁ、どこかで先生を頼もしく思っている自分もいるのだけれど。


「どれだけ鬱憤を溜めてたんですか先生……」

「あぁ!?」

「すみません―ッ!」


 いや、別に呆れてたりしてないですって本当に!


「あのなぁ…、私は無意味に魔物を倒してるわけじゃあないぞ? そんなことする訳がないだろうが。そんなことも分からねぇのかよゴミが」


 内心で俺が言い訳の言葉を全力で探していると、先生は冷めた目で俺を見る。頬に飛び付いたのであろう赤い魔物の血液が、化粧のようで美しい。語尾に当然のようについてくる俺への罵倒から、彼女が正常であることが伺えた。


 俺は先生と目線を合わせた。そういえば、久しぶりだ……と、思う。


 なんてことはない行為だが、俺は女性とこの行為を行ったことは数えるほどしか無い。俺が全力でその行為を避けていることも原因の一つだが、相手側。つまりは女性が大きな原因で、俺を認識した女性の全てが俺という魅力が低いにも程がある存在を視界に入れたくないと本能的に感じるからだ。


 目線を合わせるというのはとても簡単だけれど、例え同性であっても意識して日常的に行うのは意外と難しかったりするのである。それも当然だろう。


 だから俺は内心で、現状に驚いているのである。自分から、目線を合わせたことに。……理由は直ぐに思いついた。信頼しているのである。


 この人は俺を愛さない。そんな奇妙な信頼だ。


「えっと、では、何故?」

「何故じゃねぇよ! 何しにココに来たと思ってんだ!」

「いやいや聞く間もなく貴女に連れてこられたんですけども!?」

「あん? そうだったか……チッ!」


 なんで俺は舌打ちをされたのだろう。いいけども。


 先生は男前に髪をガリガリと掻くと、露骨に面倒くさそうに息を吐く。何だか『何も言わなくても理解しろよクソが』とか、思っていそうである。授業だからという名目で強引に生徒をダンジョンに連れてきた人間がする思考ではない。まったくもって先生は正常のようである。


「お前、私が教師なのは知っているな?」

「まぁ、俺が生徒ですからね。たった一人の」

「黙って聞け。―――何が言いたいかというとだな、厄介なことに私は学園に所属している訳だ」


 そりゃそうだ。


「だから金を受け取る代わりに、義務ってやつが発生するんだよ。お前なんかに授業をしなきゃいけないのに加えてな」


 先生の話を聞くと、どうやら授業以外に発生する義務とは、即ち俺がダンジョンの深層から生還したときに、そこに先生がいたことに他ならない。らしい。


まぁ、つまりは、簡潔に言うと、生徒の安全の確保。という義務。


 まったくもって、先生らしくない綺麗な義務だ。それによって助けられた俺がそんなこと思うべきではないけど。


「だから私達はここにいる訳だ。理解したか?」

「先生。先生がここにいる理由は理解しましたが、俺がここにいる理由は全く持って理解できてません」

「馬鹿。それはもうお前に伝えたはずだ」


 どうしようもなく愚かな存在を憐れむような先生に、嘆くようにそう言われた俺は、心底穏やかな心をもって過去の記憶を呼び起こした。


 授業の時間だ。その一言を思いだす。つまりはこういうことらしい。……一石二鳥。先生はその言葉を体現しようとしている訳だ。


「じゃあ、行くぞ。最初の帰還地点までな」











 この世界の人間は強い。他の知性ある種族達から恐れられるほどに。だけれど、当然。石を宙に投げれば地に落ちるように。人間という生物は圧倒的に、可憐に華麗に不完全だ。俺は空を歩くことが出来るけれど、そんなことは人間を完全という言葉に当てはめる要因には出来るはずもない。完全という言葉は、あの憎たらしいドラゴンにでもくれてやれば良いのだ。


 人間はドラゴンには敵わない。それが当たり前。奴らの作り出したこのダンジョンを、『攻略』など出来るはずもない。それが常識。―――そもそも世界中に広がってるダンジョンに、ゴールなんて無いし。


 どれだけ強い人間だろうと。このダンジョンという場所では、命の危機に晒される。それが常識。他の知性ある種族達に比べれば圧倒的に少なくなってはいるだろうけれど、目の前で堂々と進むミヤ先生だって、いつ何が起こって命を失うか分からない。それが、当たり前なのだ。


 そう。たとえ、あの人だって。そうなのだ。


「ここは、ハズレか」


 ミヤ先生は手に持つ魔法具を見て、落胆の息を吐く。俺はその魔法具に関して詳しくはないが、生徒だけでダンジョンの深層に挑む際、一組に一つ。携帯を義務付けられる装備の中にある一つの魔法具。その魔法具が送信機だとすれば、きっとそれは受信機なのだろう。無論、救援信号の。


「行くぞ。次だ」


 落胆の色はどこへいったのか。先生は身を翻し、来た道を速足で歩きだす。決断力のあるその様子には一種の尊敬を感じるが、今回ばかりはあまりにも早い決断に俺は慌ててしまった。


「ちょっ、待って下さい。ここに転移してくる可能性は無いんですか?」

「無い」

「ど、どうして?」


 先生は俺の疑問に、面倒くさいという気持ちを前面に押し出して俺を睨みながらも、ただその足は一切緩めずに答えた。


「……ドラゴンの作り出す転移魔法陣だが。人を一瞬で移動させるというとんでもない現象を引き起こしているものの、その現象が起こる理由がない訳じゃない」


 理由もなく、現象は発生しない。それは、理解出来る。現に、前の世界では理解出来ない現象を、科学という分野が解き明かしているのだから。


「その理由の中の一つ。それをこの魔法具は利用している。バカ共が近くにいれば分かるのは勿論だが。転移先に私がいれば、起動前の魔法陣付近にいるバカ共の存在も分かるんだよ」


 詳しい理屈は聞くんじゃねぇぞ。そう言外に言いながら、先生は視線を前方に戻した。俺はそんな彼女に、未だに慌てながら再度疑問をぶつけた。


「じゃあ、まだそこに辿り着いていないだけだったら?」


 俺の師は、足を止めて答える。


「知るか。自分で生き抜けばいいだろう」


 ―――まぁ、義務だから。一応探すがな。


「……え」


 答えを聞いた俺は、なんとも情けない声を喉から吐き出した。単純に、俺は驚いたのだ。この世界の人間も、そんな考えをするのだと。助けられる命ならば助ける。皆が皆、その思想を持っているのだと思っていた。


 何故ならこの世界の人間にとって、命とは愛を紡ぐために失われるものだから。


 事故や、他殺や、魔物なんかに奪われて良いものではない。例えそれが赤の他人の命だとしても、複数ある命の中の一つだとしても。簡単に失われて良いものではない。だから、助けられる命は助けなくてはならない。それが当然として生きているのだと。俺がダンジョンで遭難したときとは訳が違う。俺達が救助をしようとしている生徒は、上級生。その上位に位置する強者。未だ生存している可能性は、遥かに高い。十二分に、助けられる命だ。


 でも、ミヤという人物は違った。その助けられる命を、助けようとしていない。教師になった義務として、一応救助をしようとしている。その程度だった。


 以前からの会話で、その片鱗は見えていた。ただ俺は、本音を隠す嘘だと思っていたのだ。ある種の、照れ隠しのように。……改めて考えると、ありえないけれど。―――先生が照れ隠し? なんの冗談だ。


「ここも、違うっと……。まったく、生きてるなら早く見つかれっての! 死んでるならその証拠を早く出せよクソッ!」


 死んでるのに証拠を出せとは此れ如何に。でも口にはしない。殴られそうだし。


「行くぞ。次だ」


 先生はダンジョンを進み。俺はそれに続く。魔物や強力な魔虫がいれば、基本的にミヤ先生が倒し、たまに思い出したかのように俺に倒させる。そんな先生による奇妙な授業は、ダンジョンが暗くなり始めても尚、その目標を見つけることはなかった。


「あああぁぁぁ……酒が、飲みたい。次の地点で最後にするぞ。そんで、今日も付き合えや。いいな?」


 とても女性とは思えない低い声を放ち、気だるげに歩く彼女の頭にはもう酒とツマミのことしか無いようだった。もう、ダンジョンから脱出できていないあの人のことなど、頭にないのだろう。そもそも、遭難したのが誰かですら、先生は忘れていそうだ。


「……いいんですか。そんなんで」

「ああ?」

「仮にも、公爵家の令嬢ですよ?」

「大丈夫だよ。私以外にも救助に出た教師もいる。多分、助かるんじゃねか? 一、二個なくなるかも知れないがな」


 何が、とは聞かなくても分かる。


「……どうした? いつもより更に気持ち悪くなってるぞ」


 突如足を止め、黙り込んだ俺に先生が声を掛けた。気を使っているように聞こえるが、純粋に疑問を感じただけなのだろう。


「先生は、その、なんというか……」

「なんだよ口ごもりやがって。鬱陶しいからハッキリしろ!」

「―――命に関して、考えが違うな、と」


 先生は、俺の言葉を聞いてキョトンとした顔をした。


「お前がそれを言うのかよ」

「俺は、特例と言いますか……」

「なんだそりゃ!」


 次に先生は笑顔になった。なんだか分からないが、俺の返事は彼女を笑わせるに足りる答えだったらしい。少し経って、我慢できなくなったのか先生は声を出して笑い、落ち着いた頃にまた口を開く。


「別に、違わないと思うがね。ただ、私の性格が悪いだけだよ」


 命を粗末にしたいんじゃない。目の前で死にそうな人間がいたら、助ける。死なれたら気分が悪いから。でも他に助けられる人間がそばにいるなら、助けない。なぜなら別に私がやる必要がないから。


 そう彼女は俺に話した。なんとも、『人間』らしい。そう俺は思った。俺のよく知る、『人間らしさ』が彼女にはある。そう思った。


 なんとも、懐かしいような。それでいて新鮮な。奇妙な気分に浸る。


「―――助けられる人間が、私以外にいなかったら? そのときは、楽に助けられそうだったら助けるさ。……私は、生き残るのは得意でも。守るのは苦手なんだよ」


 先生は苦笑して、俺はその表情に何故か見惚れた。


 何を見てやがる。そんな俺に向かってそう言い放った先生は、俺の頭に一発拳をぶつけると、そのまま下がった俺の頭を、万力みたいな力で掴みながら話しを続ける。俺の悲鳴なんて完全に無視をして。


「いいか。一度しか言わないからよく聞けよ? ―――お前はとんでもなく気持ち悪いし、才能もないし、厭味ったらしい最悪な弟子だが。……正直こうやって話すのも怖気が走るが。気持ち悪いが。―――私の弟子だ。初めての弟子だ。だから、とても嫌だが私は決めた」


 ―――お前に、生き残る術を全て教える。


「授業料は、ドラゴンの財宝一つでどうだ?」

「……前払いは、無理ですよ」


 絶対に最後の一言が目的だろう。そう呆れながらも、俺は自分でも呆れることに無意識に、肯定の意味の返事を返していた。


「あはははッ! ………じゃあ、改めて、授業を始めようか」

「ぎょわぁぁぁぁ!? イテェェッ―――え?」


 ひとしきり笑いながら、先生は俺を片手でぶんなげる。ダンジョンの壁に激しくぶつかった俺は、更に大きな悲鳴をあげながらも、耳に入った先生の言葉と周囲の違和感に疑問の声を出した。


「アタリ、だな。早く酒を飲みたいが、仕方がねぇ……」


 淡い魔力の光が、とある壁の一点から溢れ出る。体中の痛みを耐えながらその一点を見つめていた俺は、いつの間にかその眩しさに瞼を閉じていた。



「――――――き、君は。ハーン、か?」



 光が収まったその瞬間。聞こえた声は、探していたその人であった。


 全身を覆っていたはずの鎧は砕け、傷だらけの肌を露出し、くすんだ金髪を汗で顔に張り付かせた、彼女。燃えるように赤く、美しかった瞳を疲労で濁らせて、アネスト・グリージャーはそこに存在していた。


「ど、どうも?」


 よくもまぁ、こんな情けない返事に、安堵の息を吐けるものである。



 ……使命感が、生まれるじゃないか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 公爵令嬢がいつの間にか行方不明になってる説明がないので、ストーリーが意味不明になってます
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ