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ちょっとした、文化の違い  作者: くさぶえ
ドラゴンの試練
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四十二話

 前世でもインドア派というか、引き蘢り派だった俺にとって、目指せ甲子園とか目指せ全国とかそういった熱い学生のノリは結構苦手だったりする。

 別に大勢で何かの目標に向かって進むのは悪いとは思わないし、嫌いでもないのだけれど。スポーツは健康に良い程度で行うのが丁度良いと思うのである。怪我をしてまで試合に勝とうなんて、よく分からない考えなのである。ましてや、こんな炎天下の中で必死になって体を動かすなんて、意味が分からない。


 つまりは、超ダルい。


『ハーン・ウルド、失格』


 早く水分を取ろう。熱中症とか、今だと洒落にならないから。











 熱気が凄い。熱い太陽に照らされたこの会場が、生徒達の熱い歓声によって更に熱く熱く煮えたぎっている。最近剣から生まれるヌラヌラがヒンヤリして気持ち良いことに気付いた俺は、全身にそれを塗りたくることによって何とか熱さを凌いでいるものの、手に持った水筒に入った水がなければ倒れていることは間違いがない。


 ゴキ的な虫由来のヌラヌラだということは、この際忘れるが吉である。ほら、財宝でワンクッション置いているし、きっと浄化されているさ。たぶん。


 後で水浴びをしよう。


『続いて、前半、男子生徒の部。第二試合ッ!』


 銅鑼が鳴る。五月蝿いけれど、腹に響くような重低音は気持ちが高ぶる。


 音の後、五名の男が試合会場へと現れた。その中には、ネットの姿も存在する。実力の高いネットだが、他の四名の内、三名の学年は彼よりも上。きっと彼にとって苦しい戦いになることだろう。


『試合、開始ッ!』


 再び、銅鑼。歓声。


 武闘会。このウルタス魔法学園で何日にも渡って行われる、冒険祭以上に盛大な行事。全校生徒が男子生徒の部と、女子生徒の部に別れて、それぞれで優勝者。つまりは最強を決めようという大会である。


 優勝者には多大な栄誉と、結構嬉しい額の賞金。そして華やかな賞品が出る―――の、だか。それを求めて大会に挑む生徒は少ない。


 優勝者に得られる権利。『何の邪魔もなく、生徒の誰かに告白をして良い権利』を求める生徒が、殆どなのである。


「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 きっと勇ましい雄叫びを上げて、ネットに切りかかっている男もまた、誰かに告白をしたくてこの大会に挑んでいるのだろう。まぁ残念ながら、ネットにカウンターを決められてあっさりと倒れたようだが。


 勿論ネットが使用した武器は刃の無い試合用のものであり、男も気絶しただけ。会場には審判以外にも、大勢の監視役が試合を見ており、万が一の事態が起きる前に止めに入れるようになっている。つまりは生徒が全力で試合を楽しめ、本気で勝利を追い求められるようにサポートされているわけだ。


 だからといって、俺が本気で試合に挑むかどうかは別問題。脆弱な俺では万が一が本当に起こってしまうかもしれないし、賞金も賞品も名誉も権利もマジでいらない。いや、お金は欲しいけれどリスクが大き過ぎる。俺では、間違いなく優勝は出来ないだろうし。


「おお、あの二年なかなかやるな」


 試合会場では、ネットが上級生を相手に奮闘している。ネットは苦しそうに顔が歪んでいるが、相手の表情は余裕の様子。さすがは年長者と言うべきか。


 ネットがこの大会で奮闘している理由は、誰か告白したい人物がいる訳ではない。単なる、腕試し。所有する魔法具、またはドラゴンの財宝を使用することは禁止されていないが.....ネットの財宝は同性の人間相手に使用するには危険過ぎるため、この大会で彼は自分の技術と肉体で上級生に挑むしかない。


 希少性の高い財宝を所有し、それを大会で使用する生徒は皆無と言って良いし、自分の力のみで勝ち上がりたいと思う生徒が殆どのため魔法具を使用する生徒も少ない。―――いや、というよりも。道具よりも肉体の性能が良い方々が多いため、使用する人間が少ないと言った方が正しいか。


 まぁ、ともかく装備の面でのハンデはないだろうが、肉体的、技術的なハンデは、生きた年数という壁によって大いに存在する。だが、それこそが彼の目的。


 自分が上級生にどこまで通用するか。それを試すために、剣を振っているのだ。まったくもって、その心意気には頭が下がる。誰だよ怖いからわざと失格したヤツは。駄目なヤツだな本当に。


 歓声。完全に見逃したが、ネットが上級生の一人から奇跡の大勝利を奪い取ったらしい。観衆の沸き具合から判断するに、それはそれは凄い逆転劇だったのだろう。ちょっと内容が気になるが、残念ながら同じようなネットの逆転劇を見ることは叶わないようである。


「うらぁぁぁぁァァァァアアアアアア!!」


 怒声。いや、それと疑うほどの激しい咆哮。


 勝利の余韻に浸る暇もなく、上級生の棍による強烈な一撃がネットに叩き込まれる。声を上げる暇もなく、ネットの体は宙を舞って、地に落ちる。この瞬間、試合会場に立つ者は棍を持つ上級生一人。勝者は決まった。


 卑怯ではない。油断をしたネットが悪いのだ。勝者の上級生が戦っていた相手は間違いなくネットよりも強く、その戦いが終ったのは、ネットの勝利が決まった後。勝利の後に切り返し、そして奇襲が成功していれば、こんなに簡単に負けることはなかっただろう。勝てるかどうかは別として。


 因みに俺だったら、当然勝てません。


 銅鑼。前半、男子生徒の部。第二試合終了。次は男子生徒の部、第三試合だ。それが終わったら女子生徒の部の第一試合から第三試合までが行われ、その次は男子生徒の部の第四試合戦から第六試合と、三試合毎に男子と女子が入れ替わる。全校生徒が全員参加する義務があるため、生徒五名が戦う前半全ての試合が終わるまで三日以上掛かることもある。そしてそれが終わったら、勝ち残った一名達による後半、一対一でのトーナメント戦が開始だ。


 つまりはまだこの戦いは、本選前の予選みたいなもの。実力を試すと意気込んだネット君は、予選敗退の結果となったわけである。後でからかってやろう。―――自分のことは置いておいて。


『続いて、前半、男子生徒の部。第三試合ッ!』


 銅鑼。気付けば会場にて倒れていた、ネットを含む生徒達は教員によって運ばれ、次の五名が試合会場へ出場しようとしていた。太陽を見ると、さほどその位置は変わっていない。去年の記憶と比べると、今年は進行が早いかもしれない。


 さてこれからどうしよう。ダッグとイブさんの試合はかなり後のようであるし、一旦自室に戻って水浴びをするのも悪くない。俺よりも遥かに実力の高い生徒達の戦いを見るのは、間違いなく俺のためになる。だが、しかし。とにかく今はヌラヌラを取りたい。気にし過ぎているせいか、それとも別の要因か、何か凄い痒いのだ。


 なんだか本当にヤバいことをしている気分になった俺は、直ぐに立ち上がろうと足に力を入れる。そうして行動を実行する直前で、周囲がざわめいた。


 ドラゴン、財宝、そして誘惑。そんな単語が勝手に耳に入って来る。第一試合で俺が試合会場に出たときも、同じ言葉が耳に飛び込んで来た。


 違う点は、その言葉に内包された感情。俺へ向けられた言葉には嫌悪感が込められていたが、彼に向けられた感情は好感。



 テスラ。この学園で、小さな英雄になった男。俺の元、友人。



 青白く温かみを感じない肌は病的で、温かみのあった赤い髪はボロボロ。頬は痩せこけていて、服の下に隠された肉体もまた、肉が少なくなっていることが予想出来る。そして、いつも浮かべていた柔和な笑みは存在せず、苦しそうに歪んだ表情が顔に張り付いていた。


 周りの視線が、僅かながら俺にも向けられる。


 彼がああなった理由に、俺が関わっていることは周知の事実。その詳細な内容までは別にして、彼の左手の薬指に嵌っている緑色の指輪を見たら、俺を思い浮かべるのは当然だろう。


 実際問題。彼がその指輪を求めるのを止めることが出来たのは、あの時あの瞬間、俺だけ。それをしなかったのは、自分の安全を優先したからで、つまりは俺の責任であることは間違いがないのだから。



 何が、友人だ。



『試合、開始ッ!』


 銅鑼。歓声。会場にいる五人が、一斉に動き出す。そこには勿論、テスラもいる。肉体が弱くなっているのか、俺が前見た頃と違ってその動きは鈍くなっていた。だがそれは彼が地に伏せる理由にはならないらしい。安堵の息を吐いたのは、一体誰なのか。


「はぁぁぁぁあああああああああああ!!」


 弱々しく、病的で。俺の視界に映り込む誰よりも頼りない、元友人。観客席まで轟くその声は、その見た目とは裏腹に、とても力強かった。


 彼の戦闘スタイルは、王国流剣術。剣と盾を持ち戦う、攻防一体の武術。決して派手で見栄えの良い剣術ではない。ただ長い歴史に裏打ちされたその技術は極めれば、只一つの傷を負うこともなく、どんな相手にも勝利出来るとか出来ないとか。確かなのは、その剣術を極めたとされるこのウルタスの王は、ドラゴンを除く生物の中で最強かもしれない―――との噂があること。


 当然テスラがその域にいる訳じゃない。けれどもその技術を手に入れて、それを高めた彼は虚弱になった肉体を持ちながらも、ネットと同じ。いや、それ以上に巧みに、上級生との戦いを繰り広げていた。


 運が良いのか、五名の中で下級生の数は二。現在その全てが会場に倒れており、残る三名による三つ巴の様相を見せている。実力的には最も弱いのは間違いなくテスラ。しかし彼は、上級生二人の前に振り払う障害物としてではなく、確かな敵として存在している。


 その理由は三つだろうか。


 一つは彼が第一に防御を考えて戦闘を行っているということ。正確にはそう行動せざるを得ないというのが正しいかもしれないが、それは彼が地にしっかりと立っていることには関係ない。王国流剣術は、その殆どの型というものが相手の攻撃を盾で受ける所から攻勢に繋がるようである。つまりは防御が巧みな武術。それだけを考えれば、実力が上の相手との戦いを続けれるのだろう。


 もう一つが、彼の生涯の魔法。『心眼』―――眼球に頼らずに、魔力によって情報を手に入れる魔法。行動というものを実行する上で、絶対に生まれる死角。右を見れば左は見れず、前を見れば後ろを見れない。ただそれだけの、当たり前の事実を打ち消す魔法。生き残るためには実に有能な魔法。俺も欲しい、是非欲しい。


 そして最後に、あのクソみたいな指輪。


 どんな力があるのか、俺には分からない。知っているであろう、クリスに聞く気にもならない。俺に分かるのは、あの指輪が大きな副作用をリスクに、所有者に小さな力を与える代物なんだということ。それも含めて、誘惑なんだということ。


「うわぁぁぁぁぁぁあああああああ!!」


 力の籠った気迫が、苦痛に歪んだ気迫に変わる。無駄に美しい緑の輝きが、テスラの周りを駆け巡る。その眩さに瞳を細めた一瞬の内に、テスラの様子が一変。ボロボロだった筈の赤髪は燃え上がるように艶やかさを取り戻し、肉体もそれに比例するように活力を得る。恐らく、魅力も。


「……ッ!」


 一人の上級生の驚愕の声が聞こえる。


 一転、攻勢。テスラの盾は打撃を生み出し敵を払い、テスラの剣は斬撃を生み出し敵を裂く。会場に流れた赤。刃の無い剣で、それは生まれた。


 命を奪う行為が、好意となるこの世界のこの王国で、かなり危ういその行動。勝ちたいというその一心で、テスラという男は動いた。審判の焦ったような様子が、ここからでも伺える。しかしその焦りは杞憂だろう。アイツがそんなヘマをするとは思えない。


 倒れた上級生にとって、テスラはさぞ邪魔な存在だったに違いない。だから早く倒してしまいたいという心が生まれて、油断になった。


 結局、その上級生こそ邪魔な存在だったのだ。



 テスラにとって、最上級生。その中でも最強の呼び声高い人物の一人と、戦う舞台に。



「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおッ!!」


 苦痛の声は消えた。彼の中で、その領域はもう既に過去のものになっているのだろう。只管に、ただ只管に目の前の存在に勝利したい。その一心。邪魔者は排除した。後は、お前を倒すだけ。


「……」


 最上級生の、口が動く。ここからでは何を話しているかまでは分からない。読唇が出来れば変わって来るのかもしれないが、この距離でそれを出来るものはいる筈も無い。


「スゲェッ! あの人相手に、テスラって奴戦えてるぞッ! あれが財宝の力か!?」

「いや、寧ろドラゴンの財宝持ってる奴に戦えてるカールさんがスゲェよ! さすがは俺達平民希望の星ッ!」

「……でも、何かカールさん『そんなつまらない物』とか何とか言ってるみたいだけど、なんのことだ?」

「さぁ? あ、もしかしたら、財宝なんか俺の前では無意味ッ! とかいう意味じゃないか!?」

「おお、さすがカールさん!」


 ―――訂正。普通にいました。


 完全に忘れていた。この世界の人間が、異世界の人間だということ。


「はぁッ!」


 頭を抱えそうになったとき、試合は動く。また、大切な場面を見逃す所だった。


 俺の耳に届いたのは、一拍の声。短いけれど、観客全てがその声を耳にしたことだろう。そして、女性はその声に感じた筈だ。


 どうしようもないほどの、魅力というものを。


 彼は平民。つまり始まりは弱く。されど、努力によってのし上がった男。大きな魅力を、大きな力を手に入れた男。学園最強という頂の、その近くまで。己の努力のみで這い上がって来た男。


 その手に握った一本の長剣から繰り出される一撃は、テスラの盾を容易に切り裂く。


「ッ!?」


 テスラの驚いた表情が窺える。無理もない。繰り出した怒涛の連撃、その全てを避けられ、あまつさえ反撃によって王国流剣術の肝とでも言うべき盾を奪われたのだから。


「――、――――ぁぁぁぁあああああッ!」


 だからといって、テスラもそこで諦めるほどの男ではない。直に思考を切り替えると、剣を両手で握りカール先輩へ切りかかる。何事か口にした様子だが、勿論俺には聞えない。けれど、その言葉は分かる。


 負けてたまるか、だ。


「あああああああああああああああッ!!」


 上に行きたい。もっと上に。それが彼の目標。


 だから倒したい。上の者を。そうすれば、上に行ける。テスラのそんな考えが、何故か俺には痛いほど分かった。


 冷静じゃない。彼はまったくもって、冷静じゃない。でもなんだが、やっぱり、尊敬してしまう。


 馬鹿だと思う。愚かだと思う。そんな指輪に惑わされて、錯乱して、友人を危険な場所で迷子にさせて。副作用なんか気にしないで、痛みを耐えて、そんでそれを忘れてしまうほどに苦しんで、力を手に入れて。


 分かっているはずだろ。理解しているはずだろう。そんなことすれば、命が削れるってことぐらい。


 命を何だと思っているんだ。確かにお前には複数の命があるのかもしれない。けれどもそれだって有限だ。二個あったとしたら、二回死んだら、終わるんだ。終わってしまうんだぞ。



 なのに、どうしてそんなに楽しそうなんだ? 嬉しそう、なんだ?



 不気味なほど美しい緑の光を携えて、テスラはカール先輩に挑む。財宝の強い力に、彼の体は限界なのか、次第に彼の体は元の病的な姿へと戻りつつあった。


 早く倒してやってくれ。そんな偽善めいたことを思う自分がいる。けれども同時に、目の前の壁に挑むテスラを、止めないでやってくれとも思う自分がいる。どれだけ俺は、自己中心的なんだろう。


 ああ、鈍る。決意が鈍る。そんなことを、考えるな。


 考えてはいけない。思ってはいけない。


 ……なのに、どうしようもなく。彼の姿を見ると。



 ―――『ああ、生きているんだな』って、思ってしまう。



 銅鑼。試合終了。


 当然勝者は、学園最強候補の、優勝候補。


 ずるを使っても、勝てないものは、勝てない。



 歓声。強者の手腕に、それに立ち向かった、挑戦者に。


 誰もあの指輪を使用したことを、卑怯だとは思っていない。使用していながら、勝てなかったことを侮辱することもない。何故なら彼は、小さな英雄。ボロボロになりながらも、足を決して止めない。


 もっと上に。もっともっと上に。


 更なる力を、強大な権力を。


 そんな清清しいまでの、欲望。目標という野望。彼は、それを求める。


 本当に、バカみたいで、勇ましい。だから、彼は小さな英雄になった。



 俺は彼のようにはなれないだろう。例えなれたとしても、ならないだろう。俺にだって、上るべき階段はなくとも、進める道がある。ただ愚直に、『生きる』という道が。


 鈍った決意は、過去を思い出すことで叩き直す。俺の今世は揺るがない。


 けれども、もう。心にある、尊敬と、羨望の想いもまた、揺らぐことはないのだろう。

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