三十八話
「喰らえッ! 秘技、ヌラヌラッ!」
「ギャーッ! ヌラヌラするッ、全身がヌラヌラするぅー!」
「何時まで遊んでるんだよお前らはッ!」
天下の大秘宝であるドラゴンの宝玉。それによって生まれた俺のヌラヌラの剣。この何とも言えない残念感が友人二人にウケたのか、二人は仮にも成人をしている身でありながら元気に盛大に遊んでいた。
「だってよ、ヌラヌラって。ヌラヌラって......ッ!」
「うるさい。俺だって愕然としているんだよ」
見た目的にはあまり変わりはない。刃の色が黒っぽく、所々に緑っぽい色が混じっており、あのゴキヌラと同じように見ていると気分が悪くなる。見た目の変化はそれだけ。ただ道具としての機能は大きく変化していて、外敵を切り裂く剣としての機能だけではなく。粘性のある謎の液体、ヌラヌラを出す事が可能になった。
「で、でも、一応役には立ちますよ......?」
「気遣いは無用だ」
これでもドラゴンの財宝によって生み出されたこの剣。そしてその機能。プランの言うように、役に立つ。
潤滑の剣とクリスはこの剣を称したが、このヌラヌラは剣の保護液としての効果があるようだ。そもそもあのゴキヌラが纏っていたヌラヌラは脆弱な体を守るためのものであったようで、ヌラヌラによってあの生物は硬い鉱物と鉱物の隙間でさえ、体を傷付けずに移動することができたみたいである。
だからそのヌラヌラを何倍にも高めた、言うなればスーパーヌラヌラを纏うことの出来る俺の剣は、相当硬い物にぶつけない限り刃こぼれをしなくなった模様。
しかしながらドラゴンの保護が施されている俺の剣は、壊れることも刃こぼれをすることも有り得ないのだが───それは、忘れるとしよう。
「ほら、目潰しとかにも使えますし」
「確かにそれは凶悪そうだけれど、思い付くのはそれだけか?」
粘性があり水にまったく溶けない液体が目に入ったら、それはそれは大変なことになりそうだが。他に考えられる用途があるだろうに。例えば、ヌラヌラを飛ばすヌラヌラショットなんてどうだろう。ほら、よくある飛ぶ斬撃的な感じで。───いや、それが一体なんの役に立つのかという話なのだが。
「はっはっは! だけど実際、機能としては凄いと思うぞ?」
「......それはバカにしているのか?」
「いやいや真面目な話だよ。そのヌラヌラ、粘度も操れるんだろ?」
ダッグの言うように、このヌラヌラの粘度を俺は操ることが可能だ。クリス曰く、サラサラという言葉に近くすることも可能であるらしいし、接着剤のようにすることも可能のようだ。
「だから?」
「ほら、粘度を上げれば拘束具の代わりになるんじゃないか。少なくとも、足止めにはなる」
お前は天才か!?
「俺は、ヌラヌラのスペシャリストになるぜッ!」
「その調子ですッ、師匠ッ!」
「――――簡単だな、お前」
クックック......ッ! 良いじゃないかヌラヌラ。最高だぜヌラヌラ。俺の必殺技は、今日からヌラヌラショットである。
「早速試し撃ちだッ! 食らえ、ヌラヌラッ!」
「ギャー! ヌラヌラするーッ! 全身がヌラヌラするーッ!」
俺を怒らせたら、ヌラヌラするぜ......?
太陽が落ち始める時刻。俺達はダンジョンから帰ると、早々に解散をしてそれぞれが思い思いの時間を過ごすこととなった。ネットはイブの元へ。ダッグは飲み屋で酒を煽りに。俺はもう少しだけ訓練をしようと人気の無い場所へと移動を開始して、プランは何が楽しいのかそんな俺に付いて来る。
「今日の俺はバカだったな。危険なダンジョンで、何を遊んでいるんだか……」
「でも、楽しそうでしたよ、師匠」
「いやいや楽しむのは不味いだろうに」
取りあえずは、今日の反省会をスタート。
うん。幾らなんでも、ふざけ過ぎた。
特にネットをヌラヌラにしたのはアホ過ぎる。言葉にすると何てことは無さそうだけれど、それによってネットが一時的に行動が不可能になった。それは、ダンジョンという危険な場所においてかなり致命的だ。まぁ、進化した俺の剣は排出したヌラヌラを再び吸収することも可能であったから問題はなかったのだけれど。―――それでも、万全を維持するためには間違った行為であったと言えるだろう。
「怒らせてしまうかもしれませんが、言ってもいいですか?」
「何を?」
「師匠は、気を張り詰め過ぎていると思うのです」
「……張り詰めてないと、不安なんだよ」
「なら、何で今日は楽しめたんですか?」
「――――そうだな。何で、だろうな……」
言われてみると、自分で自分が分からなくなって来る。俺は命を失いたくないし、死ぬのが怖い。だからダンジョンにいるのが不安で仕方が無かったし、それは深部のサバイバルを経験した今でも変わっていないはずだ。
なのに俺は、楽しんでいた。心の底から。友達との時間を。
「ああ、そうか」
「どうしました?」
同時に、安心していたのだ。信頼していたのだ。友人と、師匠と呼んでくれる後輩と、悔しいことにドラゴンの財宝を。コイツらと一緒ならば俺は生き残れる。この力があれば、俺は生き残れると。
「怠慢だな。改善、しないと」
「それは怠慢ではなく、成長じゃないのですか? とある御方の言葉を借りるのなら、誰かを頼るのは、誰かを信頼するのは間違いじゃないはずですよ」
とある御方。その言葉を聞いて、それが誰か察することは非常に容易だった。炎ように、真っ赤な瞳の綺麗な人。
「すみません。弟子である身でありながら、出過ぎた発言でした......でも、尊敬している人に信頼されるのは、頼られるのは嬉しいものです。師匠、師匠のことを知って間もない僕ですが、心の底から師匠を信頼しています。きっと、ネット先輩やダッグ先輩も同じ気持ちだと思います。だから、師匠を信頼する、僕達のことを信頼してくれませんか?」
「尊敬することと、信頼することは別だろう。お前は、なんで俺を信頼している?」
「実際に見てみて会って、話してみた感覚の話ではあります。でも、失礼ながら、それだけじゃないのが実状です」
少しだけ言い辛そうに、プランは俺の質問に答える。
「それだけじゃない?」
「最も信頼している人が、師匠を信頼に足る人物であると断言した。それが一番大きな理由なのです。あの方は―――アネスト様は、師匠がテスラ先輩を襲うことはないのではと、予見していました。それでもそれが有り得ないと判断した僕は、半場無理矢理提案を通して頂いたのです……結局、テスラ先輩も応じず、師匠はアネスト様の言うように、襲う様子を見せなかった」
また、新しい事実だ。あの人は、俺を信用していた?
「僕はアネスト様に問いました。何故、分かったのかと。けれども口にしてみてバカな質問をしたと察しました。あの方は、そういう御方だというのに……。アネスト様は、口を開いて、一言。話してみれば分かる。―――それだけです」
そう話すプランの横顔は、どこか誇らしげであった。その顔が、尊敬する人の凄さを誇っている顔ではなく。自慢の姉を誇っているように見えたのは、気のせいだろうか。
「話してみれば分かるねぇ……。別に俺は、そんな人物じゃないと思うんだけど」
「そんなことはありませんよッ!」
「そうか? 俺は、死にたくないから、危なくなったらお前を盾にするぞ?」
かなり、最低な事を口にしていると思う。でもこれは俺の本心であるし、きっと俺はそうする。ダッグも、生涯の友と言ってくれたネットも同じように。背後から断末魔が聞えたとしても、背中を向けたまま、一心不乱に逃走を行う。それが、俺だ。
「……? それは、当然ではないですか?」
そんな自分を自覚をした発言だったから、帰ってきた言葉にマヌケな顔を晒してしまった。プランはそんな俺がおかしかったのか、クスリと妖艶という言葉が似合いそうな笑いを一つ披露してから、再び言葉を口にする。
「だって僕よりも、師匠は弱いじゃないですか。だったら危険な状況に陥ったとき、僕を盾にするのは当然ですよ。安心して下さい。そうなった時は、必ず助けてみせますから」
―――そうだった。この世界の人間は、俺と根本的な考え方が違う。
命は失ってはいけない。何故ならそれは、大切な誰かと縁を結ぶためのモノだから。……大切なモノだから、例えそれが他人のモノであっても、守らなければならないのだ。
強い者は、弱い者を守る。そんな簡単な、群れのルール。彼らはただ、それを純粋に守っているだけなのだ。
助けられる命は助ける。そんな簡単なことも、また同じ。
「……そうかよ」
自然と、口角が上がった。何で、そんな男を師匠と呼んでいるのやら。それが可笑しくて仕方がなかった。
どうやら、この世界は俺にとって、優しくて厳しいようである。……それは、前世の世界も同じことか。
「なら、安心だ」
「はい。安心です」
「うむ。安心だな」
ん?
「ん、うぁ!?」
きっと俺は、先程よりもマヌケな顔を見せたと思う。
「久しぶりだな。悪いが、君の願いは守れなかったよ。こうして君に会う必要があった」
噂をすれば、何とやら。
炎のような真っ赤な瞳の、二度と会いたくなかった、綺麗な彼女。
「うわぁぁぁぁぁぁぁああああああああああッ!」
アネスト・グリージャーが、そこにいた。




