三十七話
結局俺は、プランの師匠としての生活を送ることとなった。
回避出来るか出来ないかで言えば間違いなく回避できた結果だが、不思議と、彼の師匠としての生活を送ることに不満はない。男なのに非常に女らしい彼といると自然と周囲の視線を集めたが、これまた不思議と不満が湧いてこないのである。これは俺がそんなことを気にしなくなったからか、それとも彼といる時間が思っている以上に幸せで、そんなことは眼中になくなったからか。
多分、両方とも違う。
俺は現に視線を感じているわけで、それは気にしているから察知出来るのだろう。そして後者は、俺は前から幸せだったからこれは当てはまらない。幸せだからという理由が当てはまるのなら、以前から視線なんて気にしていないはずなのだから。
きっと、これは安心しているからだと思うのだ。
プランの生涯の魔法は、害を与えようとする魔法を打ち消すと共に、その香りを嗅いだ者の精神を和らげる効果があるらしい。生涯の魔法を鍛えるために彼は常に微弱な香りを周囲に漂わせているようであり、それを彼の近くにいた俺は常に嗅いでいて、その影響をしっかりと受けていたのだろう。
ただそれだけではなく、彼の明るい性格の影響を受けたのも大きな要因の一つだと思う。
ポジティブというか何と言うか。
ドラゴンに勝ちたい。ドラゴンの呪いを打ち破りたい。そんな夢物語にも書かれていないような目標を堂々と掲げられる、言うなればバカとも言えてしまう彼の前向きな精神は、近くにいた俺を無理矢理前へ向かせた。
例え脳内に何度も彼の愚かさを軽快に嘲笑う声が響こうとも、俺には何の影響も与えられない。
「さぁ、師匠ッ! ダンジョンに挑戦ですよ!」
「分かった分かった......」
彼に手を引かれるように、ダンジョンの入り口へと向かう。ミヤ先生との修行が終わり、時間が出来ると直ぐにダンジョンだ。別に俺は構わないが、人数合わせで付き合わされるネットやダッグの身にもなってみろ。二人とも顔に一切不満を浮かべないし、寧ろ日を追う毎に楽しくなっているみたいだけれど。
「ハーン! 次はこれを吸収してみようぜ!」
キラキラとカブトムシでも見つけた都会の小学生並みに瞳を輝かせながら、ネットはそんな提案を俺に寄越して来る。ダンジョンの入り口から数分後の出来事だ。因みにその手にはゴキブリを何かヌラヌラとさせたような、不気味な生物の死骸が一つ。
生きている生物は宝玉に吸収出来なくても、その死骸ならば可能であるということは、最近知ったことの一つである。クリスいわく、自分で気付く方がおもしろいだろ? ───とのこと。......クソが。
「絶対に嫌だ」
「なんでだよ!?」
気持ち悪いから。と、言っても彼には説明にならないから、取り敢えず強くならなさそうと言っておく。そう言うと一応決定権は俺にあるから、ネットは渋々と引き下がる。
「凄い進化になりそうなのになぁ......」
彼の言葉は無視だ。確かに凄くは成るだろうよ、いろんな意味で。
───あ、でも気持ち悪い俺にはピッタリかもしれない。
そんな事を思ってしまった俺は、いろんな意味で駄目なのだろうか?
「じゃあ、これはどうだ?」
半分笑いながら、次に提案をしてきたのはダッグ。その手には、ネットが手にしていたのと色違いなゴキブリっぽいヌラヌラ。略してゴキヌラだ。なんでそんなにそんに生理的な悪寒を誘う色をしているのか。
「あ、その雌の腹に卵があったら取っておいて下さい。薬になるので」
どうやらプラン曰く、それも小さな子供が掛かりやすい病気の薬になるのだとか。昔からよく使用されている薬らしく、つまりは幼少期虚弱であった俺は確実にこのゴキヌラの卵を口にしている訳だ。──────うん、知りたくなかったそんな事実。
因みにコレは人間に害を欠片も与えないらしく、魔虫とも魔物とも言わないらしい。寧ろ、聖虫や聖獣に分類してはどうかという議論も存在するのだとか。今の所、薬として利用するために殺さなければならないので、そう分類されることはなさそう。とのことだが、絶対に止めてくれ。
「あれ? どうしました師匠?」
「何でもないし……全然なんでもないし───」
ああ、吐きそう。取りあえず、そのゴキヌラをどうにか───あ、丁度いい所に掃除機が。
「吸収ッ!!」
「おお!? どうしたその心変わり!?」
……ふぅ、これで心の乱れは収まった。
「なんだよ、結局吸収してくれたのか。友達思いな奴だなお前は」
「別に、そんなんじゃない。ただお前と同じように、強くなりそうだと思っただけだよ」
「はっはっは。ありがとうな、ハーン」
しかしながら、乱れは収まっても痛みが発生。なんか、辛い。
「あ、師匠ッ! 群れを発見ですッ!」
そう言ったプランの指の先は、ゴキヌラの群れ。
「うわぁぁぁぁぁああああああああい!?」
何だか引き下がる訳にもいかなくなった俺は、その罪悪感を起爆剤にゴキヌラを剣で切り裂いて行く。そして倒した瞬間から、速攻で吸収。吸収。また吸収。
「喜んでるなぁ」
「嬉しそうだなぁ」
───ああ、コイツら完全に俺で遊んでるな。そう気付いたのは、クリスの声が脳に響いた後であった。
『うむ。これだけその素材があれば、進化は可能だな』
辺りにゴキヌラがいなくなった所で、俺の剣が強烈な光を放つ。
光が収まった所で見た俺の剣は──────何か、ヌラヌラしていた。
『うーむ。名前を付けるなら……、潤滑の剣?』
いいよ。ヌラヌラの剣で。




