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ちょっとした、文化の違い  作者: くさぶえ
変化する幸福
36/85

三十六話

 明るい。まだこの位の時間なら暗いはずなのに、明るい。


 別に季節が変わって日が上る時間が早くなったとかそういう訳ではなく、何だか目の前の人間が光源になっているかのようで、凄く周りが明るくなったかのように感じる。


「おはようございますッ、師匠ッ!」

「あ、本当に来たんだ……」

「はいッ! 弟子ですから」


 無駄に愛らしい笑顔をコチラに向ける、プラン。彼はどうやら、俺の弟子らしい。


 この世界において始めての友人との喧嘩は、イブさんによる後方支援が行われそうになった所で終了。最後にネットが俺が朝早くに起きて鍛錬をしているという話を漏らしたことによって、現在の状況は形成されている。弟子だから、師匠の鍛錬には付き合うというのが彼の言い分。別に来るなと断れば良い話なのだが……何となく、断れない。


 目の前の彼は、眩し過ぎるし純粋過ぎるし、何よりも俺に対する悪意がなさ過ぎる。しかも、彼が俺にぶつけてくる感情は尊敬で、考えて見れば俺はそういった感情を他人に向けられたことがないのだと知る。前と後。その両方だ。只の学生であった過去の俺に尊敬を向ける人間なんている訳もないし、クソ気持ち悪い現在の俺に尊敬を向ける人間が現れることはなかったはず。


 対処の仕方が分からないのだ。尊敬を向けて来る相手への対処法と、このむず痒い感情の対処法が分からない。


「師匠。まずは何をしますか?」

「……取りあえず、走る」

「分かりましたッ!」


 目を合わせてしっかりと会話をする気分にはなれなくて、俺は準備運動も漫ろに足を動かす。そんな俺の様子をプランはまるで気にせず、俺の三歩ほど後ろに付いて来る。そのまま無言で長時間走っていると、俺の息が切れ始める。しかし、彼の呼吸は乱れた様子がない。


「はぁ、はぁ、はぁ」

「お疲れさまです、師匠ッ!」


 汗を流して息を整える。これでも体力は上がっているはずだが、やはりプランの方が上。それは彼も分かっているはずなのだが、何でその目に籠っている尊敬は薄れない?


 その後も筋トレをしたり、剣を振ったりと体を動かすが、プランの能力は高い。試しに剣を交わしてみると、金剛の力で怪我はなかったものの、攻撃を受けたのは俺だけだ。彼の剣術は王国流細剣術。突きを主体とした、高速の連撃。なんとか見ることは出来ても、如何せん肉体の能力が低い俺はそれらを避けることはまるで出来ない。


 分からないのは、それでも彼の瞳は変わらないままで、明るく元気に爽やかに笑っていることだ。


「何でだ?」

「はい?」


 素直に、俺は内に湧いた疑問をぶつける。


 何でお前は、まだ俺を尊敬しているのか。コイツはこれで分かったはずだ。俺が自分よりも、遥かに弱い存在であることが。


「分かりませんか?」


 運動によって汗を掻いたはずなのに、何故かプランからは汗臭さがない。また顔には疲労もなく、息が乱れている様子もない。


「分からない」

「なら、言いません」


 ただ気持ちは高揚しているのか、訓練前まであった遠慮が僅かに解れているのは確かだ。プランは俺をからかうように、小悪魔という言葉が似合いそうな表情を見せた。そんな顔は愛らしいが、流れる汗を拭うその姿は豪快だ。そんな小さな一つ一つの動作がやはり男らしく、またそれらによって俺は彼が男であることを再認識する。───まぁ、男らしい女と見ればそう見れなくもないのだけれど。


「お前は、俺の騎士になる気もあるのか?」


 ほんの少しムカついたものの、何だかどうでも良くなってしまった俺は昨日聞けなかった質問を彼にぶつける。コンマ数秒で、返事は返って来た。


「はいッ! 勿論」


 うん、爽やか。でもそこが分からない。


「昨日聞いた話から判断すると、お前はグリージャー先輩と知り合いなんじゃないのか?」

「……? そうですが」


 何を聞いているのか分からないという顔を、プランは見せる。


「なら普通、あの人の騎士になりたいと思うんじゃないか?」


 俺はあの人と、これから関わり合いになりたくない。怖いから。


 けれども俺はあの人に惹かれている。それはプランが俺に向けているような感情だ。たった一度会話を交わしただけだったが、あの人の良さは十分に分かった。あの人は上に立つ人間だ。プランもまた、それが分かったはずなのに。


「そうですね……そうも、考えたことはあります」


 プランは自分のことを語る。


「僕の父は、アネスト様のお父様に仕えていた騎士なんです」

「そうなのか」

「ええ。だから僕も自然と、アネスト様に仕えるものだと考えていました」


 プランのような騎士の家に生まれた子は、親が仕えていた貴族の子に仕えることが多い。勿論子に選択肢は与えられているのだが、生まれてからこの学園に通うまで成長する過程で受ける教育よる、リードは大きい。───と、思う。さすがにそこまで細かいことは知らないが、あの人と一緒にいたなら今も尚その考えは揺るがないものなんじゃないのか。


「でもあの方は、僕に言って下さったのです。時間はあるのだから、もっと周りを見ろと」


 そのアドバイスは、何だかあの人が俺に与えてくれたものに似ている。一人でいることに慣れ過ぎていた俺に、誰かに頼れというアドバイス。自らの人生の道が一つしか見えていなかったプランに、周りを見ろというアドバイス。俺達の中で凝り固まった何かを、あの人は解してくれたのだ。それは以外と、簡単に出来ることではない。


「それでも僕は、あの方に仕えたいという気持ちは持っていました。……ただ、それ以上に。僕は貴方に仕えたい」


 口にした所でプランはハッとしたように体を振るわせ、慌てた様子で言葉を繋ぐ。


「あ、いや、その。でも今は、弟子にさせて下さって、大変満足しています。今はそれでいいのです。僕はまだ、貴方に相応しくないから……」

「どうしてそんな考えになるんだよ」


 何だかその様子に癒されて、俺は少しだけ口角を上げる。


「だって僕はまだ、強くないから」

「俺よりも強いじゃないか」

「確かに戦う力は僕の方が上です」


 ハッキリ言っちゃうんだ。別に真実だから良いけど。好感度アップである。


「でも心は強くないのです。辛いのも、悲しいのも、苦しいのも耐えられない。きっと僕は、純粋にドラゴンの誘惑に立ち向かえば、敗れるのでしょう」

「それで?」

「駄目なのです。それでは。僕はドラゴンに勝ちたい。だから、強くならなければ。強い騎士に、ならなければ」


 このとき俺は、間抜けな顔をしていたと自覚する。けど、それも仕方の無いことだと思う。きっとこの世界の人間ならば、それはきっと当然。例え俺に前世の記憶があったとしても、十六年もこの世界にいればそれが当てはまる。


 ドラゴンに勝ちたい。


 その言葉を、口に出来る人間がいたとは。それも目の前に。


「本気か?」

「本気です」


 絶対。完全。


 そんな言葉が当て嵌められることの多い、ドラゴン。それに勝ちたいとは即ち、絶対を超えるということ。

 つまりは不可能。人には翼は生えていない。そんな当たり前で、当然な常識。それを可能にしようという、愚かとしか言いようのない決意。


「叶えたい、夢か?」

「はい」


 昨日言っていたこと。俺といれば叶えられるという夢。


 甘い香りがする。プランから僅かに発せられていた、心を和らげる、心地よい香り。それがより濃厚になり、白く現実的な形となって辺りを漂う。そこまでの現象が起きてようやく気付く、コレが、彼の生涯の魔法。生涯を掛けて磨き上げようとしている、彼の夢。


「『浄香』です。他者に害を与えようとする魔法を感知して、それを浄化する魔法。遥かに高次なドラゴンの魔法ですが、魔法という根底は変わりません。だからこそ、僕はテスラ先輩に掛かった誘惑を払うことが出来ました。理論上では、遥か高みに上り詰める事が出来ればきっと───」


 プランは自分の華奢で綺麗な両手を見つめる。そこに愛らしさはなく、静かな炎を燃やす、男の顔がそこにあった。


「呪いを、解ける?」


 言葉は返ってこない。ただ彼は、静かに頷いた。


「僕のコレは、変わる事はないでしょう。生まれた瞬間から、コレですから」


 苦笑い。『コレ』が何を指しているかは、彼の姿形を見れば分かる。


「でも。他の、呪いなら……」


 生まれた瞬間から。


 その言葉の意味は、俺には分からない。ただ彼の決意が本物であることは、理解した。



『私も、期待しているよ。ククク』



 そしてその決意を嘲笑うような、脳内に届く声が一つ。

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