三十三話
『本当に誰も近くにいないんだろうな?』
声を発することはなく、どこにいるか分からないクリスに言葉を伝える。込める感情は疑心。ドラゴンという生物の力は信用して余りあるが、その内面に触れればそんなことはあってないようなものだと考えることになるのは仕方の無いことだと思う。
『ああ、信用すると良い』
出来るか。
『今はまだ、準備の段階だ。正直困るのだよ。お前の才能が低過ぎてその足を使いこなせていないばかりに、制作者である私の能力を疑われるようなことになってしまったらな』
クリスはそう言うが、本心からそう言っているとは到底思えない。俺がアイツを嫌いだということを除いてもだ。誰だって、半笑いでそう言われたらこのように考えるだろう。
ただ、準備の段階だということは本心だと思う。クリスは俺で遊ぼうとしている。それも計画的で、盛大な遊びだ。別に確固たる証拠がある訳ではないけれど、俺をあえて人形としていなかったことを考慮すると、自らの享楽のために何かを考えているのは間違いがない。
「この辺でいいんじゃないのか? 正直もう待ちくたびれたぞ。俺は早くその足と、宝玉の力を見たい」
ネットから催促の声が掛けられる。輝く瞳が少年のよう。縁が繋がっている影響からか、イブさんも嫌悪感を俺にぶつけながらも若干ワクワクしている様子。ダッグは笑っているが、いつもと変わらず周囲への警戒を怠っていない。彼のそういう所は、結構尊敬している。
「悪かったよ。今見せる。……別に、大して凄い物でもないけどな」
『ほう。それは聞き捨てならないなぁ』
取りあえず、クリスのことは無視をする。頭の中にこの義足と宝玉がどれだけ凄いのかという説明がガンガンに伝わって来るが、それも無視だ。BGMだと思えばなんと言うことはない。それにしては、存在感が強過ぎるけれど。
実際。ネットの持っている財宝と比べて、俺の財宝には派手さがない。その能力に関して簡単に口で説明し終わっている今。こうやって披露しても、別段盛り上がるものではないのである。義足に関しては開放型の財宝でもあるため、言うなれば必殺技的なものが使用出来る訳だが、それは非常に疲れるし多くのマナを消費するためダンジョンという安全性が信用出来ない場所で安易に使用するつもりはない。
そして宝玉に関しては、今はまだその本質を発揮出来ていない状態だ。そもそも、披露する段階ではない。
「じゃあ、まぁ、まずは歩いてみるよ」
特に意識をする必要もなく、壁を地面に歩行を開始する。一歩二歩と足を動かすたびに、ネットの決して大きくはない歓声が耳に入って来る。そこから足を宙に移動させて壁と地面に垂直な円を描くように歩き、ネット達の立つ場所に戻る。自分で言うのも何だが、非常に緩やかで滑らかな動き。凄く地味だが、訓練の成果が全てそこに詰まっている。
「地味ね」
「否定はしません」
素直なのは良い事だと思う。
「───でも、凄く有能だ。俺のコレみたいに、使い所を選ばない」
「それも、否定しない」
ネットは俺がプレゼントした財宝を手に持つ。憎きモールワイバーンの炎のように、使用者の生涯の魔法と汲み合わさり強力で凶悪な一撃を放つその財宝は、自らよりも遥かに強い生物を倒すことが可能だろう。ただし、連発は出来ない。そして一度使用すれば、溜めが必要となるためまるで役に立たなくなる。正しく、使い所を選ぶ財宝と言えるだろう。
その点俺の義足は、殆どの状況において使用出来る、言いたくないが有能な財宝だ。
「よし。次は宝玉の力を見せてくれよッ!」
十回ほど義足の歩く力をネットに見せると、満足したのか続いての催促を行ってくる。その間ネットの瞳は更に輝きを増していったが、同時に鋭さも増していた。恐らく俺とこの義足の出来ることと出来ないことを判断し、共にダンジョンに挑む際の戦術を頭の中で練っていたのだろう。そういう所は、コイツは抜かりが無い。
そんな親友の腹黒さに苦笑いをしながら、俺はクリスの印が刻まれた剣を抜き、地面に刺す。
ドラゴンの宝玉。
財宝の中でも最上と言われるそれは、進化する秘宝。
その使用方法は、まず何かの道具と融合させること。そこから、その道具の進化は始まる。
生きている生物以外の全ての物質。それら全ての性質を取り込むことが可能になるのだ。
例えば俺のこの剣。始まりは、印が刻まれただけのボロボロの剣であった。そこへモールワイバーンを切り裂いたであろう、クリスの持っていた大剣を取り込んだことによって、名剣としての性質を持った。元々が元々であったため大した進化にはならなかったものの、それでも串代わりにしかならなかった姿を思い出すと劇的な変化である。
勿論それで終わりではない。進化の可能性は、無限と言ってよく、また取り込んだ性質の組み合わせによって思いも寄らない特殊な能力が付与されることもあるようだ。そして、その進化の限界を見る事の出来た人間は、少ない。それほどの進化がこの剣には待っている。
制作者であるドラゴンの力を超える物は、生まれることは無いだろう。けれども近づくことが可能になるのがこの財宝の力であり、融合する道具と取り込む物質を自分で決めることによって、自分の望む財宝を作り出せるのがこの財宝の優れた点。
例えば様々な鉱物をこの剣に取り込めば、その全ての鉱物の良い性質を取り込んだ強靭な剣へと進化することだろう。大量の水を取り込めば水刃を放つ剣へと進化するかもしれないし、あの安眠エリアにあった花を摘み取って取り込めば、切った生物を一瞬で眠らせる剣へと進化するかもしれない。
こんなことが出来る道具が欲しい。そんな願望や想像や妄想を、現実のものに出来てしまえそうなのが宝玉なのである。
だからこそ宝玉は財宝の中でも最上と言われ、その価値は留まることを知らない。ミヤ先生は土下座する勢いでこの財宝の所有権を譲ってくれるように大嫌いなはずの俺に懇願したが、土下座の一つや二つで譲ってもらえるなら、俺のような例外を除いてどんな人間でも何度でも頭を地面に擦り付けることだろう。
書物に残っている過去の例を上げるならば、身に付けた者を守り、例え火の海の中だろうが生き残ることが可能になるマントが存在したらしい。凄く欲しいし、それを再現してみたいが、剣に取り込めとの制作者の命令だ。仕方あるまい。
「早速これを取り込んでみてくれ。高かったから少ししかないけれど、貴重な鉱物だぜ?」
ちょっとだけ頭の中に生まれた欲を頭を振って振り払うと、俺はネットの手に置かれた物体を受けとる。
それは、とある場所でしか取れないとされる本当に貴重な鉱物だった。図鑑でしか見た事がない、乳白色の鉱物。
「はっはっは。本当に高かったなッ!」
「ああ、御蔭で金欠だ」
ダッグとネットは笑っているが、笑えないほどの値段なのを俺は知っている。
「い、いいのかよ……?」
「お? あの時と立場が逆転したな。安心しろ。コレに比べたら、遥かに安価な代物だからよ」
引き攣った笑顔をネットに向けると、彼はこの鉱物よりも遥かに高価な財宝を、親指で宙に弾いては落ちて来たのを手で掴むという動作を繰り返している。
「この位、贈らせてくれよ。お前がダンジョンで頑張っている時に、何も出来なかった俺を許すと思ってさ」
でも、俺は知っている。そこにいるお前の友人から、俺は聞いたんだぜ?
俺が生きている可能性を見いだせず、無駄だと理性が理解をして、諦め、捜索を実行しようとも考えなかったのに。それでも、お前はミヤ先生と賭けをしたことを。そしてその事に、自分でも驚いていたことを。
俺は知っている。涙を流してくれたお前の姿を。
「───ありがとう」
だから俺は、同じ言葉を返した。それだけで、伝わると信じて。
『クリス』
始動語を唱え、鉱物を取り込む。
剣が、光を放つ。
そして────────。
『これだけじゃ進化は無理だな。無駄だ無駄』
そんな声が、頭に響いた。
………空気を読め。




