二十五話
見えなくても、そこにあると分かるものってな〜んだ。
答えは命。
人間に与えられた祝福。複数の命もまた同じ。
自分の中に確かにあることを、感じることが出来る。それは感覚的な話だが、見えなくても目があることを理解出来るのと同じで、俺の中には間違いなく命が存在する。その察する力は恐らく、この世界における人間の固有能力。固有能力と言うと中二病的感性から非常に凄いものに聞こえて来るが、そんなことはない。生物としては当然の事。自分を知らなければ生きることは出来ない。自分に出来ること、出来ないことを把握しなければ生きられない。反射的な本能。
目覚めた瞬間。俺はその再確認を行った。
なんてことはない作業。手を動かしたり、口を開いたりするのと同じほどに簡単。
ただ通常の人間と比べるとその作業にやや手こずるのは、俺が前世の感覚を引き摺っているからか。それとも。
「ある、か」
ものの数秒にもならないほどの確認作業で、俺の中に宿る大切な大切な命が何一つとして傷ついていないことを知った俺は、ホッと息を吐く。
「おはよう。目覚めの気分はどうだ?」
「─────安心はした」
気分は良くはない。
「ふむ。こういう時は、まずは自己紹介か?」
「……どうせ、俺のことは知っているんだろう」
「勿論。見ていたからな。しかし、礼儀というものがあるではないか」
「ドラゴンに礼儀? おかしなことを言うな」
「ふはははッ! 違いないッ!」
透き通る声をダンジョンに響かせ、軽快に笑う見た目は人間の女性と変わらない存在。
彼女は当然人間ではない。人間が笑い声だけで豪快に燃える炎を消せるものか。いや、ダッグなら出来るかもしれないけれど。それも生涯の魔法があったらの話。ナチュラルに笑ってその衝撃がゾウよりもでかいモールワイバーン二体を丸焼きにしていた巨大な炎を吹き飛ばすなんて有り得ない。
その正体は、世界の頂点に立つ種。ドラゴン。
ドラゴンのもつ魔法によって人間に近い形状に姿を変えており、ドラゴンとしての名残は首筋にある鱗のみ。それも水晶のような髪に隠れて見えることはない。人間の女性の姿にしては身長がとても高いが、それでも個性で済ませられる。ただしこの笑い声然り、ちょっとした動作で見え隠れする膨大な力の片鱗と、常に放っている荘厳且つ不愉快な圧倒的存在感は別だ。
そんなドラゴンであるが、種の特徴は完璧。
いや、完璧というものがこの世界に存在するかは甚だ疑問なのだがそれは置いておいて。
ドラゴンという種は完璧という言葉を使用してもあまり違和感を抱かないほどに遥か高みに存在する生物だ。魔法陣を刻むことで発動する魔法や、財宝の力を見るだけでもそれを理解出来る。また単なる肉体面での性能でも人間と比較すら出来ないほどで、他種族に恐れられる人間の全人口がドラゴンに戦いを挑んだとしても、一体のドラゴンを倒せるかどうか。勿論、ドラゴンの魔法を使用しなかった状態での話。
彼らは常に退屈している。基本的に、何でも出来るから。
だからおもしろいことを求めている。他のドラゴンよりも優れた道具を作って自慢したり、世界の地下にダンジョンを作り出して挑戦者を呼び寄せたり。結果として人間やその他の知性ある種族達に有益な結果をもたらしているから、凄く立派な存在であると認識されることが多いものの、当然俺はそうは思わない。そして、ドラゴン達自身もまた。
何よりも、敬語や礼儀。自然界においてなんの意味もないそれらをドラゴンはあまり重要視しない。当然個体毎に違いはあるだろうが、あくまでムカつくことをしなければ別に良い。というのが、ドラゴン達のスタンスだ。
「おっと火が消えてしまったか。─────まぁ、良い。本当ならば生の方が美味い」
モールワイバーンの丸焼き。焼き加減はレアなそれを掴み取って、彼女は豪快にかぶり付く。一応その顔は整っていると言えるものだったのだが、口が裂けて非常に硬い鱗のような羽毛ごとバリバリと肉を咀嚼する。血抜きを行っていなかったのか、口周りは赤一色。微妙に口紅のようで色気が増したのが信じられない。
「お前も食え。そのために焼いたのだからな」
嫌だ。……とは、言えない。
何せ久しぶりの貴重なタンパク質。小さなトカゲのような生き物もダンジョンには存在したのだが、妙に毒々しい色をしていたものだから、毒を警戒した俺は触れることも出来なかったのだ。結果的に別の毒を摂取することになるのだけれど。
俺は彼女の手を付けていないモールワイバーンの丸焼きに近づく。もはや、それが俺を追いかけて来た個体なのか。それとも待ち伏せをしていた個体なのかは分からない。敗者は栄養になるのみ。自然の摂理というヤツだ。だから生き残った俺はそれに感謝をして、ありがたくその身を喰らわせてもらうとしよう。
取りあえず、羽毛を剥がさなければ。それからしっかりと血を抜いて、もう少し焼くとしよう。
「ああ、そういえば人間は肉のみを喰らうのだったな」
作業に入ろうとした俺を見た彼女は、血の付いた右手をコチラに向ける。
風。
全身で感じるその風は、そよ風と呼ぶに相応しい感覚を俺に与える。事実俺にとってそれは、そよ風で相違ない。
ただし焼けたモールワイバーンの死体からの観点では、それは風で作られた刃の檻。
硬かった筈の鱗のような羽毛は、風によって紙のように裂けて行き、またそれらの隙間より入り込んだ風は皮膚を剥いで肉を露出させる。そこから吹き出た血液は風に乗って宙を舞い、ダンジョンの土壁の中に染み込んで姿を消した。続いて風の刃は肉を刻み、俺の頭ほどの大きさ毎に分けられる。これによって先程まで俺の命を脅かしていた強敵は、ただの肉片へとその姿を変えた。
「───もう少し、焼きたい。火をくれ」
体の芯から沸き起こる倦怠感を隠さずに、俺は彼女へ火を要求。
ニヤニヤと嫌らしく笑いながら、彼女は無言で俺の近くに焚き火ほどの火を灯した。俺はこのサバイバル生活と先程の逃走劇で乱暴に扱い過ぎたお陰で、鈍らとなった剣に無理矢理肉を刺して串代わりにすると、未だにバリバリと豪快な音を鳴らしながら食事を続ける彼女に声を掛けた。
「一応、感謝をしておく」
「ほう。それは何に対しての感謝だ?」
「傷を治してくれたこと」
「おや。コイツらから助けてやったことと、その素敵な足を付けてやったことへの感謝はどうした?」
彼女は炎によって骨格のみしか形を止めていない、モールワイバーンの頭部を持ち上げながら俺に疑問を投げかける。
「足を付けてやったことへの感謝? 俺は左足も焼き砕かれた記憶はないんだがな」
「ふははッ! 片方だけでは見栄えが悪いのでなぁッ! ……取っておいたのだよ。先程よりも魅力的な足だぞ?」
俺は現在。至極健康体だ。
逃走劇の終盤。彼女によって助けられる前。俺は体中に傷を負い、また魔法が混ざった炎によって右足を焼き砕かれていた。
いた。─────あくまで、過去形である。
剣に映る俺の姿。纏っている服はボロボロで、毒によって出来た湿疹の黒い跡が残っているものの、傷一つないその姿。無駄に医療技術の高い、人間の王国であるウルタスだが、あの状態からここまで完璧な治療が果たして出来るのだろうか。彼女によって焼かれていたモールワイバーンの様子から見て、あれからそれほどの時間は経っていない。例え治療を出来たとしても、こうやって元気に自分の姿を見れることはなかったはずだ。
そして、俺の両足。
これに関しては、過去形でもいいかもしれない。
視界に映る俺の足。形容するなら、彼女の髪のように───水晶。
血肉で出来た慣れ親しんだ足ではない。ただ感覚はそれと同じ。
違う点は、自らの肌で触れた感触。そして、やけに、軽い。
だから過去形でも良いのだ。何故ならこれは俺の足ではなく、俺の本当の右足は魔法混じりの炎に焼き砕かれて、灰になったままなのだから。
そして、こんなことを出来る存在は彼女しかいない。同時に、多少焦げていたもののそのままであった筈の左足を、右足と同じく水晶のような義足に変えたのも彼女しか有り得ない。
「それで、怒るのか?」
「通常通りに歩けるのなら、走れるのなら問題ない」
「なら安心するがいい。それは私の特別性。性能には自信があるぞ?」
ふはは。とまったく安心の出来ない笑みを見せるドラゴン。
「跡は治せなかったのかよ」
「治す必要があるのか?」
ふと感じた疑問をちょっと皮肉を込めてぶつけてみると、本当に分からないと言った様子で首を傾げる。
なるほど。確かにこの世界において、別に容姿など気にするものではない。
「そんなことよりも、だ。さっさとコイツらから助けてやったのに、感謝を言わない理由を言うが良い」
何が楽しいのか、少々弾んだ口調になっているドラゴン。
「交換条件を飲んだだろうが。なら感謝を言う必要はない。何より感謝を言いたくない。─────さっそく、『遊ばれた』みたいだしな」
両足に触れながら、『瞳』に力を込めてドラゴンを睨みつける。
怒りは湧かない。何故ならドラゴンとは、そういう存在だから。
そうやって、もう飲み込んでしまった。だから怒りは湧かない。
ただ俺は、ドラゴンという存在に激しい嫌悪感を抱いていた。
「そう睨むな。ソレでドラゴンを睨むのは逆効果だぞ? ─────何せ、私達は同列の存在を求めているからなぁ……ッ!」
『絶対に恐怖』する瞳によって、目の前のドラゴンは歓喜する。
それは先程までの楽しそうな様子とは、比較にならないほどの感情。
「クリスだ。私の名だ。覚えておけよ、ハーン」
その名を聞いた瞬間。
両足に刻まれた、彼女の『印』が熱く輝いた。




