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二十四話

 この世界は、俺が前世において生活をしていた場所とは常識が異なる場所。正しく、異世界と呼べる場所。


 しかしながら、世界という点において。その根本は、あまり変わりがないのではないだろうか。


 俺は生活をする上で、息を吸っては吐く。飯を食って、寝る。

 暗ければ火を灯すし、眩しければ目を細める。歩きたければ足に力を込めて、走りたければもっと沢山の力を込める。そんな当たり前な前世において当たり前だったことが、この世界においても当たり前に成立するのである。もっとも吸って体に吸収しているものが酸素であるということなどの保証はどこにもない。


 けれども———やろうと思うことと、やれたことが同じ。


 これは、結構凄いことではないだろうか。


 勿論この世界と前世の世界はまるで違うものだ。

 魔法なんて存在しないし、今俺を追っている化け物なんか……存在して、たまるか。


 「ギャァァァァァ!」

 「うっ、る、せぇッ!」


 体の中にある力。飯を食って睡眠を取ることで生まれるそれらを、俺の体は筋肉を動かして運動エネルギーへと変換をすることで、現在の逃走劇を生み出している。


 俺はこういう時のために残しておいた体力を惜しげもなく消費。

 決して誇れるほどの肉体を所有していない俺は、始めから全力で体を動かさないと簡単に狩られてしまう。俺を追いかけるモールワイバーンが、俺から溢れる魅力を警戒して行動を僅かに躊躇ってくれているのが幸いだ。


 「───くそッ……」


 体中が痛い。それが理由で、本来想定していた以上の体力を消耗している。これは、不味いかもしれない。


 この世界と前世の世界は、あまり根本が変わりない。


 つまりは、何かをするには代償が必要だ。

 生きるためには飯を食って寝なければならない。こうやって体を動かすには、体力が残っていなければならない。


 この、『魅力の瞳』も同じ事。


 電化製品を動かすのに電気が必要なように、道具のような性質をもつこの瞳にも『絶対に惚れさせる』もしくは『絶対に恐怖を与える』ためには、車に対するガソリンのような何かが必要。このサバイバル生活を行って一週間と二日。この瞳を威嚇のために頻繁に使用した結果。俺はそれを理解した。



 その何かは、体力と、魔力。



 ─────この二つ。そう、二つだ。



 体力は言うまでもないが、魔力の無駄な消費もまた危険。


 今でこそ少ない魔力で大きな効果が発揮出来るようになってきた俺の生涯の魔法である『金剛』だが、勿論それを発動するには、体が空気中のマナを体内で変換して生まれるという魔力が必須。


 見ただけで強制的に力が発動するこの瞳の力は、強力なだけに非常に消費が激しい。そして、魔力の回復は時間が掛かる。残念ながらこの魔物に対してあまり大きな効果はないだろうが、使用出来るのと出来ないのでは生存確率が激しく異なるため、余分な体力も魔力も簡単に消費は出来ない。


 何せ、この魔物。頭が良い。


 既に俺が、毒により弱っていることを分かり始めている。

 その証拠に、先程まであった躊躇いが無くなりつつあるのだ。


 体が感じる恐怖よりも、現実の情報から行動を判断する。これが簡単に出来ることではない。しかし、この魔物は長い生存競争によりそれを行えるようになったのだろう。感心はするが、今は苛立ちしか起きない。


 恐らくコイツは瞳を合わせた所で、確実な恐怖を覚えたとしても、狩りを中止しようとは思わないだろう。


 絶対に安全だと分かっていても、超高い場所に建設された、下が強制的に見える橋を渡るのは難しい。高所恐怖症ならば尚の事。

 けれどもそこに、丈夫な命綱を加えたらどうだろう。

 何だか行けそうな気がして来る。手で掴める、安全の実感。それがあれば、恐怖は無くならなくとも、足を動かせるようになるのではないだろうか。


 モールワイバーンにとって、俺の体に残る毒は大きな後押しになっているはずだ。


 このダンジョンにおいて絶対はない。安全だと思っていた寝床で体を休めていると、信じられないほどの凶悪な魔物が襲いかかって来ることもある。しかしながら、全てを疑ってまったく行動しない訳にはいかない。だから確率の高いものは、躊躇わずに掴むのが上手い生き方。この魔物にとって今の俺は、良い獲物だ。


 「ギャァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 「───ッ!?」


 恐怖を振り払うための咆哮。視界に映り込む影。


 迫る鋭い爪。地を転がりながら、回避。服が裂けるものの、肉体に影響はない。


 「ギャギ!?」


 ダンジョンの土を舌で感じながらも、必死にモールワイバーンを見る。

 視界が合わさり、体力と魔力を消耗。魔物は恐怖により体を硬直。その瞬間に立ち上がり、少しでも距離を離すために足を動かす。皮膚の表面に存在していた黒い湿疹がより濃くなり、体中の痛みが三割増。だが気にしている場合ではない。まずは、生き残らなければ。


 「なぁ!?」


 左後方から左前方へ突き抜ける炎。


 「ぃ、でぇッ……!」


 瞬時に左半身で感じる熱と、上空を戦闘機が通ったかのような空気の振動。恐怖に煽られてがむしゃらに放たれた一撃だったのか直撃はしなかったが、その余波を受けた左半身に焼けるような痛みとつんざくような痛みが同時にやってくる。


 『金剛』は、体の柔軟性を残したままに体を硬化させる。


 俺はこれを基本的に防御力が上がると認識しているが、その実態はまるで違う。

 あくまで、硬くなっただけ。物理的な攻撃には強くなれるものの、今のような熱はまるで防げない。


 後方から俺に火を吐いたモールワイバーン。もしくはワイバーンが吐くその炎のが恐ろしいのは、ソレに魔法が混ざっているから。


 生涯の魔法と混ざったことにより、特殊な性質を持つ炎。この紫紺の炎が持つ性質は、粉砕。触れたものを砕き、砕いたものを高熱によって焼き尽くす。


 危険なのが、その性質が熱を触媒に周囲に伝わるということ。炎と言うと松明などに灯っている具体的な形をイメージすることが可能であるが、つまりは魔法の性質が混ざっているのはその形の中だけではなく、炎がその周囲に常に発している高熱にも魔法の性質は混ざっているのだ。


 そして、熱を俺は防ぐことが出来ない。


 ダイレクトに、粉砕という性質の影響を受ける。


 「ギャ! ギャ!」


 金剛により軽減は出来ているようで、流れる血の量は痛みに反比例して少ない。まだ、動く。


 問題は、それによって恐怖が役に立たなくなったこと。怖いけれど、敵ではない。俺は魔物の中で、そんな存在に成り下がった。



 ただ。光明はある。



 炎によって崩れたダンジョンの土壁。


 その先に映る──────────転移魔法陣。



 「うぉぉぉぉぉぉおおおおおおお!」


 残りの体力は考えない。そして、あの魔法陣が何処に繋がっているかも考えないし、あまりにも運が良過ぎることも気にしない。


 アレを起動できれば、この死からは逃れられる。それだけを、考えて。



 「ギャァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 心なしか声量が上がっている、悲鳴のような怒号。



 「失せろぉぉぉぉおおおおッ!!」



 瞳を、再度合わせる。


 抗えないのがこの瞳。魔物は、確実に体を硬直。


 「ギャァァ! ギャァ! ギャァァァ!」


 だが、先程よりも怯まない。猶予は、僅かだ。



 「死んで、たまるかぁ……ッ!」



 足を、動かす。


 頭でイメージするほど、体が動かない。しかし、魔法陣までの距離は、確かに縮まる。



 「ギャギャギャギャァァァァアアアアアアギャアアアアアアアァアアアアァアア!」



 迫る巨体。口から泡を吹き、真っ赤に充血した瞳は瞳孔が開いている。



 抗ったのだ。恐怖に。すげぇな、クソッ!。



 これで、俺の切り札は使えなくなった。



 使える最後のカードは─────硬くなること。



 「───ゲ、ガぉ、ぁ……ッ!」



 肺から吐き出される空気。全身で感じる痛み。内臓が傷つく感覚。


 全身に鱗のような羽毛が突き刺さり、体中から血が吹き出る。


 空中に投げ出される体。地に落ち、痛みの追撃。


 視界は薄れ、感覚は鈍い。



 「ぁ、ぉ」


 けれども体は動く。なら、動かせ。


 そのために、体はあるのだから。



 「ギャギャァァアアアアアアアアァァアア!」



 鰐のような口で、燃える紫紺の炎。

 やけに明るいその光は、疎らに映る視界にも強制的に侵入して来る。


 光に照らされてより明るくなったダンジョンの床。転移魔法陣までの距離、数歩。


 一歩。


 二歩。


 「ぁ」


 足の力が抜ける。でも体は僅かに動く。


 蛇のように、地を這う事は出来る。だから、進む。



 「と、ど、ぉ、けよぉッ……!」


 「グギャアアアアアアアァァァァァアアアアアアアアアアアア!」



 更に明るくなる視界。放たれた紫紺の炎が、俺に迫っている。



 俺は、魔法陣に触れた。




 「ワぁー、プ」




 唱えた始動語。


 ゲームの中で散々見ていたその単語は、あまりにも間抜けに、ダンジョンに響く。



 「は、はぁ、あははッ! あははははは!」



 さすがはドラゴン。尊敬する。



 「さい、こうぅだ」




 俺の下には、ただの床。魔法陣なんて、描かれていない。


 消えたのだ。始動語を、唱えた瞬間に。




 つまりは、偽物。





 今頃笑っているのだろう。


 滑稽だよな? 必死に生きようとする様は。藁を掴もうとする生き物の姿は。




 ─────でも、笑わせてやらない。



 白けるほどに、生きてやる。




 「あああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!」



 全身に残る僅かな力を消費して、無理矢理迫る炎を回避する。


 死力なんて尽くさない。少しばかりも使わない。命を惜しむ。死にたくない。だから、死力なんて使ってたまるか。


 これは、生きるための活力だ。生きるための一歩だ。


 限界だって超えてやる。それで寿命が縮んでも構わない。

 だけど決して、ここでは死なない。目の前の死を、退けてみせる。


 一分でも多く、一秒でも多く。遠く遠く、出来る限り遠い場所へ。


 遠くの死をたぐり寄せよう。それで明日を生きれるのなら。



 だってそれが、生きてるって、ことだろう? 生きるって、ことだろう?



 「─────ッ!」


 声にならないほどの、激痛。右足が、消えた。ボロボロになっていた剣を支えに、ようやく立っていられる。


 満身創痍。これほどにピッタリな状況はあるまい。


 なぁ、俺よ。───でも、生きてるよなぁ?



 「ギャァァァァアアアアアアアアアア!」


 「うひゃひゃ」



 そんな中で。目の前に現れる、もう一体のモールワイバーン。


 彼らは賢い。ドラゴンの作った、挑戦者ホイホイを利用して、獲物を捕まえるほどに。


 こういう状況を、絶望とでも呼ぶのだろうか。



 「うひひ」



 体が熱い。


 命が燃えているようだ。俺の背を、押しているようだ。



 「うひひひひッ!」



 きっとそれは勘違い。けど、もっともっと生きたくなってきた。



 この命と共に、生きるんだ。



 もっと、遠くへ。もっと、遠い場所まで。



 「進んでやる」



 生きているから。




 「ギャギャァァァアアアアアアアギャァアアアアアア!」

 「ギャァァァアアアアアアアァァァ!」


 前も、後ろも、あるのは死。


 血が流れ過ぎたのか、薄れつつあるのは俺の意識。


 聞こえて来るのは悲鳴のような、鳴き声。



 それと、不快な言葉。 



 『無様だなぁ、お前』



 目の前に現れた、女性。

 水晶のように光る髪をなびかせ、巨大な剣を軽々と担ぐその姿は荘厳。


 「だが。おもしろい」


 髪の隙間から覗く首筋には、煌めく鱗が存在した。



 「生かしてやる。だから私のモノになれ」



 俺は迷わず、承諾した。

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[気になる点] 主人公の発言が本当に気持ち悪い。なんだこれ、重度のマゾヒスト設定あったか。
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