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二十三話

 ドラゴンの足跡は簡単に見つかる。


 そもそも、俺の飛ばされた場所がドラゴンの作り出した空間だ。ダンジョンに足跡自体は大量に存在する。その大量にある足跡の中から、帰還用の転移魔法陣がある場所へ辿り着く道を探すのが難しい。


 だから俺の望む足跡は未だに見つからず、当然のように難航している。


 生きるためには、やらなければいけないことが多過ぎるのだ。


 飲める水の確保。毒のない食料の入手。魔物や魔虫などへの警戒。そして安全な寝床の確保。


 それらを移動と同時並行で行わなければならない。飲める水のある場所はその大半が魔物の水飲み場になっているし、植物も大概が食べれるか分からないような、見慣れないものばかり。


 魔物や魔虫は活発的に活動しているし、一度離れた寝床は直ぐに魔物に利用されてしまう。移動を行う理由は、当然足跡を探すためでもあるが、その付近を縄張りとする生物に俺を慣れさせないため。


 ひょっとしたら大丈夫なのかも。と、思わせてはならない。そのためには、頻繁に移動を行うことによって新鮮な恐怖を感じさせなければいけない。


 結果的に、俺が転移魔法陣を探すために割り当てることの出来る時間は限りなく少なかった。


 精神的にも肉体的にも酷く疲れるダンジョンでの生活。栄養もまともに取れていないから、体力が全快しない。もしものために使用出来る体力は常に取っておかなければならないので、更に行動が制限されて行く。


 勿論時間が経過する毎に、上手に土を掘るコツなんかも分かるようになったし、シントォのように食べられることが断定出来る食料を簡単に見つけられるようにもなっている。


 しかし、今の所は足し引きゼロ。いや俺の軟弱な精神はガリガリと削れているから、マイナスの方が大きいか。


 「───おっ」


 そんな生活を送ること、一週間。


 初日に泥で一気に汚くなった服は更にみすぼらしくなり、最近また白髪が増えて来た髪は今まで以上にボロボロ。目の下の隈はメイクでもしたのかと疑いたくなるほどで、瞳だけがやたらと綺麗なままなのが気持ち悪い。


 俺ならこんな人間を見たら確実に関わりたくなくなるが、この世界においては人間の女性に限り、現在の俺をみたらカッコいいという感想を抱くのだろう。瞳を合わせようものなら─────もはや、考えたくもない。


 「昼食、発見」


 見つけたのは一輪の花。


 バーブの香りを濃縮したような強過ぎる香りを放っているものの、それを我慢すればその全てを食す事が可能である、とってもありがたい花。中でも花の蜜は絶品で、その優しい甘さは心を癒してくれる。しかも体に良いのか、これを食べた日は快便だ。


 これが結構重要で、老廃物を出している時間を短くすることが出来る。それはつまり安全に行動出来る時間が増えるという意味で、命を失いたくない俺としては非常に助かる植物なのである。


 モリモリと花を食べならが、頭の中の地図を呼び起こす。


 最初に飛ばされた場所。俺が適当に付けた名前で呼ぶと、湿地エリアを中心として俺は探索を始めた。


 湿地エリアの出口は二つ。片方はドラゴンによって整備された出口であり、もう片方は巨大な何かが抉じ開けた出口。


 初日に見つけることが出来たのは後者で、その先で初めての夜を迎えた。また一日を使用してそちら側を探索したのだが、恐らく比較的最近に出来た道だったのだろう。足跡と呼べるものはこれといって見つからなかった。


 この結果によりもう一つの出口が存在する可能性を確信した俺は、一度エリアに戻ってその出口を発見したのである。


 しかしそれで喜んだのも束の間。そこから先は、分かれ道の嵐。


 そしてグネグネグネグネと蛇のように曲がる道程が続き、一歩進む毎に、方向感覚が失われてゆく。一応剣で壁に印を付けてみたものの、大して役には立たないほどの分かれ道の量。更に多少の傷ならば自動的に修復が行われているのか、その印も一夜が明けるよりも前に消えてしまっていた。


 「…ん?」


 視界の端にある、小さな白。


 フワフワとしている体毛はとても柔らかそうで、眠気と必死に戦っているのか、まぶたを何度も動かしているその姿は愛くるしい。


 そんな、オコジョのような魔物。

 撫でたくなるが、決して近づいてはならない生き物。


 「ぐぎゃ!?」


 俺に気が付いたのか、非常に驚いた様子で全身の毛を鋭利に逆立てながら素早い足で逃げ去る魔物。他の魔物がやられているのを見たが、あの状態の体毛はかなり細い針のようになっていて、刺さるとその場所から強力な麻痺毒が注射される。動けなくなれば、他の魔物に食料にされるのはこのダンジョンにおいて当然だ。


 少しだけ俺の脳内に沸き起こった欲望がある。


 この瞳を利用して、何とか弱い魔物でも食べられないものかと。

 今考えると、空腹感で思考が鈍っていたのだろう。今はもう慣れた。そして冷静な思考で、再確認。深部の魔物には、近づくな。危険じゃない生き物なんて、この深部には存在しない。


 そう、ベジタリアンこそ正義なんだ。野菜って最高。


 皆、野菜を食べようぜ!











 一週間と二日目。


 毒を口にした。


 野菜怖い。─────────というか、深部の植物が怖い。


 見た目は殆ど同じだった。味も大して変わりない。


 違う点は、葉脈の模様と僅かな酸味。


 模様の方は違うものだと知ってから見ないと分からないような僅かな違いであり、味の方も通常ならば勘違い程度でスルーしてしまうような違いだった。


 自分の臆病な精神に感謝する日が来ようとは。人生は本当にどうなるか分からない。

 その微妙な違和感が気になって直ぐにそれを吐き出したお陰で、被害は最小限に抑えることが出来たのである。


 熱と倦怠感。全身筋肉痛のような痛み。そして身体中に点々と出来た、花びらと同じ大きさの黒い湿疹。それだけ。


 どれも苦しさはあるものの、死に繋がるようなものではない。


 ただ、何も気付かずにそのままだったらと考えると………恐ろしい。そして解放状態ではなかったら、きっと直ぐに毒に負けてしまったことだろう。


 同時に、今までの努力を行っていなかったら。もしかしたら、同じく負けてしまったかもしれない。


 そういった意味では、努力が報われた瞬間と言える、の、だろうか? ─────いや。努力をしたお陰で、明日があるんだ。こんなに嬉しいことはあるまい。報われ過ぎて胸焼けがする。これからも努力は忘れないと、堅く誓った。


 「─────はぁ、はぁ、はぁ」


 昨夜に掘った寝床の中で、ゆっくりと体を休める。

 入り口付近に剣を刺し、光の反射で外の様子が覗けるようにしているので、近くに来た敵に対して素早く睨みつけることが可能だ。


 「はぁぁぁ」


 にしても、熱を出すなんて何年ぶりだろう。


 風邪による熱と、毒による熱という違いはあるが、頭がボーッとなる感覚は同じだ。これは俺が幼少期の頃、頻繁に感じていた感覚である。つまり俺は、今世において病弱な子供であった。


 当然の話だ。何故なら、それを受け入れて生まれたのだから。


 本来ならば体の成長に使用されるためのエネルギー。それらの大半を、俺はこの『魅了の瞳』を作成するために使用してしまった。使ったら、無くなるのは当然の摂理。体の成長が不十分であれば、その体が病弱になるのは同じく当然である。


 そして、生まれたばかりの子供にとってそれがどれほどの、枷になることか。


 ああ、懐かしい。


 世話係だった彼女には、本当に世話になったものだ。─────本当に。



 「あぁ、懐かしい」



 本当に、懐かしい。











 ───音。


 瞬時に意識が覚醒する。


 入り口に刺してあった剣を抜き、瞬時に寝座から飛び出す。

 体に走った激痛も、いつの間にか頬に伝っていた涙も無視だ。痛みに苦しむ暇も、余分な水分を流す暇もない。


 「ギャギャギャギャッ!」



 振動。ダンジョンが震えた。



 俺は剣を床に刺し、必死に体勢を維持する。まともに立っていられない。

 振動に必死に抵抗すると、面白い位に体の痛みが増加。僅かな睡眠時間のお陰で、花弁大の湿疹は灰色と呼べるほどに薄くなっていはいる。一応、良くなっているらしい。同時に、痛みも引いてほしいものだ。


 先程までいた、寝座の場所を凝視する。


 不意に気付いた。俺以外の生物の気配が、存在しない。

 そう、そこから現れる魔物から、逃げるために。



 映る、炎。


 アイツの体内の器官で作られた、紅蓮の炎。生涯の魔法と混ぜられることで進化したソレは紫紺に煌めき、ダンジョンの土壁を強力な振動で砕き、焼き尽くす。



 そしてそんな炎の中から現れた、アイツの姿。


 巨大な感応器である、飛べない翼。地に食い込む、巨大なかぎ爪。鱗のように堅く鋭い、羽毛。

 悲鳴のような鳴き声をあげる口には嘴がなく、鰐のような鋭い口を持つ魔物。



 「ギャァァァァァアアアアアアアア!」




 モールワイバーン。


 地を這う大鳥の、狩りが始まった。

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