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二十二話

 救助隊なんか来るはずがない。


 もしかしたらネットならば助けに行こうとするかもしれないけれど、それは俺以外の人間に止められるだろう。彼と俺を知っている人物ならば誰だって理解している。その二人は比較すら出来ないと。


 ダッグは間違いなく来ない。行動を起こそうとも思わないはずだ。


 彼は頭が良い。というよりも、要領が良い。出来ないことは出来ないからやらない。そんな彼が、ダンジョンで失踪した人間の救助の無意味さを理解していないはずがない。


 俺が転移魔法陣によって転移されたことが知らされたかどうかは俺には分からないが、俺が一人でダンジョンを生き残れるような実力を持っていないことは知っている。そして勿論、瞳のことは知る由もない。


 作った墓でさえ、探しても見つからないのがダンジョン。死肉だって貴重な栄養。死体探しがどれだけ無謀なことか。だから、彼は来ない。



 ミヤ先生は─────まぁ、無い。



 そもそも、俺はもう死んだとされているかも知れないのだ。


 死人に口無し。一応俺は生きているが、テスラだって俺の瞳を知らないからもう死んだものと判断しているだろう。勿論ランダムに転移した先が出口付近の可能性もあるが、そうだったら今この瞬間に俺は暖かいベットから目覚めて朝練を始めている。


 例えテスラが学園に俺が転移魔法陣によって姿を消したと言っていたとしても、一夜が経過した今。俺は死人の扱いをされていることだろう。


 つまりは、俺は独力でこのダンジョンから脱出しなければならない。


 そこで取る手段。これが、単純に坂道を見つけて上に進めばいい訳ではない。

 ドラゴンによる整備がされていることが多いので勘違いをしてしまいそうになるが、ダンジョンの通路は基本的に魔物が掘り進めたもの。だから決してその全てが俺達人間が進める道になってはいないのだ。


 その整備があまり行き届いていない深部に来てみると、それがよく分かる。これらはただ魔物が進むために生まれたその痕跡であり、それを多くの魔物が自分が深くへと進むために利用した結果。踏み均され、ドラゴンや高度な技術によって作られた道とは比較にもならない獣道へと変わったものに過ぎないのだ。


 だからその先がより深くへと進む効率的な道である可能性は高く、またその先が行き止まりな可能性もある。なら他の道を探せばいいという話ではない。ダンジョンは広大。世界中の地下がダンジョンで繋がっているのだ。調べる必要のある道が多過ぎる。


 それに、ここは深部だ。地上まで辿り着ける道を一から探すのに、どれだけの時間が掛かるのか。探している最中に、また新たな道。そして無くなる道が生まれるのは間違いない。


 その間に、全ての魔物から逃げなければならないのだ。

 瞳の力があれば大概の魔物を退けることが可能になるが、中には恐怖を乗り越える魔物だっているかもしれない。いや、いるだろう。勝たなければ生き延びられない。そう思わせてしまったら、俺の死は決定する。


 例えば行き止まりに付いてしまった時に、そこが魔物の寝床であったら。相手に恐怖を与えたら、相手は逃げる場所がないのだから間違いなくコチラに向かって来るだろう。

 硬い深部の壁を掘り進めてまで魔物は逃げる。と、考えるのは、あまりにも楽観的過ぎる。


 それならどうするか。


 ああ、愛しのミヤ先生。俺は貴女に感謝します。


 彼女は俺に教えてくれた。

 もしもダンジョンで迷子になったら、そして諦めたくなかったら。



 『ドラゴンの足跡を探せ』



 その教えが、現在の俺の心を支えている。


 何も本当の足跡を地面を必死になって探せという訳じゃない。そもそもドラゴンはその巨体のままでダンジョンを改造する作業を行わないようで。ドラゴンの魔法によりその姿を変えるそうだから、足跡なんてある筈がない。


 これは、ドラゴンがダンジョンを弄った痕跡を探せ。という意味だ。


 俺がこの深部から地上まで歩いて生還するなんて、絶対に無理。不可能。


 だから近道をする。───忌々しくも便利である、転移魔法陣を使って。











 「─────ぃッ! ……てぇ」


 口が。


 まさかシントォまでもが進化しているとは。恐るべし、深部。


 しかしその辛みというか最早痛みを我慢して食べ続けると、夜の冷気によって冷やされた体が一気に熱くなってくる。少々胃が心配だが、この位の量ならば例え辛みが進化しているとしても問題はないはず。


 毒は入っていないと信じよう。見た目は変わっていなかったし、そもそも外敵を遠ざけるための武器が毒。この激しい辛味がこの実の武器であり、十分にそれが機能しているからこそ、この深部にもこの植物は生えているのだろう。


 そういえば。

 今俺は瞳を解放して、通常よりも肉体の性能が良い状態。

 

 もしかしたらこのシントォは、別に進化などしていないのかもしれない。舌の感覚が敏感になっているから、痛みという感覚さえも敏感に感知してミヤ先生やその他の人間と同じ程度の辛味を感じたのだろうか。確かにこれほどまでに舌が痛くなれば、これは生で食べられないと判断されることだろう。その奥にある旨味なんて分かるはずもない。


 あるいはその両方だろうか。辛味も進化していて、俺の味覚も敏感になっているから。


 そう考えるとこれは非常に有能な植物だ。

 勿論この広いダンジョンにおいて、味覚がなかったり直接飲み込んだりして辛味が通用しない魔物がいる可能性は否定出来ないが、大抵は痛みを舌で認知することが可能だろう。実の水分が肌に付着すれば痛いと感じるし、その水分が鼻に入ればこれまた痛い。


 そして俺に起こった現象と当て嵌めて考えると、大抵の魔物が俺と同じく肉体を強くする際にその感覚も強化される。つまりは痛みすら敏感に感じることになるということで。勿論、それによって役に立つ場面の方が増えるのだろうが、この実を食す生き物の数は激減することだろう。


 深部に行けば行くほど、そして更にそこに住む生物が強くなればなるほど、この植物が生き残る可能性は高まる。この世界の法則を良く利用した、優れた植物という訳だ。


 もしかしたら、スカンクっぽい動物が深部の覇権を握っているのかもしれない。

 敏感に強化された鼻に、強烈な屁をぶちかまされたら…………考えるのも恐ろしい。


 その鼻が無かったら何の意味もないけれど。


 「よし、行こう」


 体を温める用に何個か採取を行って、前を見つめる。


 ドラゴンの整備が行き届いている通路と、魔物が作った獣道は目で見てみると一瞬でその違いが分かる。まずは何処にドラゴンの整備した通路があるのかを把握して、ドラゴンの傾向を探るのだ。出来れば挑戦者がやって来た痕跡を発見出来ると尚良い。挑戦者の作った墓が見つかることはまず無いだろうが、ダンジョンに挑戦する際に持ち込んだ道具類を発見する可能性はある。


 勿論それは敗者達の痕跡なのかもしれないが、深部であるソコにいたということは近くに転移魔法陣が存在すると言っても良い。始まりの入り口から深部まで歩いてやって来る挑戦者は、変人という類い以外はもう存在しない。


 俺と同じランダムに飛ばされてしまった場合。もしくは一方通行の魔法陣によって来た場合もある。前者は素直に諦めて他の道を探すしかないが、後者の場合は安全に帰還するための転移魔法陣が、いつでも逃げられるようその付近に存在することが多い。……はず。もしくは、帰還用魔法陣までの極力安全なルートが存在する、はずだ。


 深部に来る機会なんてこれから一生無いと思っていたものだから、頭に存在する知識は非常に曖昧で不安が残る。しかしそもそも挑戦者の痕跡を見つけられない可能性もあるのだ。あくまであったら嬉しい程度に止めておくとしよう。そんな曖昧なものに縋るよりも、俺はもっと確実性のある方に目を向けるべきだ。


 ドラゴンの足跡は、絶対に存在する。


 何故なら、ドラゴンだから。ドラゴンは、ダンジョンを弄くり回すのが大好きなのである。


 そしてもっと挑戦者が現れてほしいと考えている。

 自分でもちょっと不快な考えだが、その挑戦者が来る割合を集客率という言葉で表そう。集客率を上げるためには、厳しく、困難でありながらも、確実に帰還出来なければならない。特に深部に挑戦出来る者は貴重だ。強くなれるこの世界で、魔物も常に強くなっている。それに打ち勝てる者の数は、この世界において強い種族とされる人間であっても少ない。ただでさえ少ない深部の挑戦者が死んでしまうのは、ドラゴンにとっては勿体ないはずだ。だから極力生き残れるように、帰還用の魔法陣は各所に点在している─────と、嬉しいなぁ……。


 いや、あるはず。


 俺がダンジョンに始めて挑んだ日。

 あの日、グリージャー先輩を含める四人によって、モールワイバーンがまるごと持ち帰られた。


 いくら肉体が強化されるといっても、あの巨体だ。長い距離を運ぶことは出来ない。筋力やスタミナ的には大丈夫かもしれないけれど、それを狙う他の魔物共から逃れるのが不可能。あの日みた巨体の状態は、非常に綺麗だった。俺の記憶の中にあるモールワイバーンの死体は、他の魔物に邪魔された様子が見当たらない。


 つまりは討伐後に、直ぐさま転移魔法陣を利用して帰還したということ。


 勿論四人の戦闘の際に巧みに行われたであろう位置取りが絶対条件であることは確実だが、同時にダンジョンに帰還用魔法陣が点在していることもまた条件だと思う。いくら何でもあれほどに恐れられる凶悪で強力な魔物を相手に、長い距離を誘導し続けるのは難しいはずだ。綿密な計画を立てて、相応の準備を行った上でそれすらも乗り越えた可能性も否めないが、まぁそれ以上を考えたら切りがない。


 とにかく、可能性はある。例え点在していなくとも、必ず存在するのだ。生きていれば、帰ることは可能。


 焦りは禁物。まずは生きること、それから帰ること。

 正直こんな精神的に厳しい状況に一瞬でもいたくないのだが、そこは我慢だド畜生。


 頑張れ、俺。


 ─────ああ、胃が痛い。これはシントォに含まれる成分によるものなのか、それとも精神的なものなのか。


 今は胃も強化されているはずだから、きっと後者なんだろう。どうせなら精神も強化されれば良いのに。でもそうすると、自分が自分じゃなくなりそうで怖いのだけれど。俺は間違いなく成長する必要があるけれど、自分で選んで前世の記憶を引き摺っているのだから、自分であり続ける義務がある。いや、義務というか覚悟? ……そんな高尚なものじゃないか。


 何にせよ、取りあえず。


 プルプルと震えてまともに動かないこの足を、どうにかせねばなるまい。


 「くっ! 鎮まれ俺の両足ッ!」


 中二ごっこをしても、マジで中二病だったから全然心が落ち着かない。


 黒歴史が蘇るのなんのって。


 ────────ぁぁぁぁぁぁあああああああああ! 胃が痛いッ!

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