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十七話

 俺の友人は、猛者の一人であったらしい。


 確かに彼の魅力は高い。けれども一見すると爽やか系の容姿である彼が、雨を気にせずに特訓を決行するとは思えないじゃないか。水も滴る良い男と言うが、別にお前は水が滴らなくても良い男なんだからこんな天気の日に外に出るんじゃないよ。俺の肉体が弱い事は知っているだろう?


 「何を言っているんだ。お前がその魅力にそぐわないほど強い肉体を持っていることは、俺達の間では周知の事実じゃないか。それでも弱いのは知っているけれど、多少濡れた位で問題はないだろう」


 他人とまともなコミュニュケーションを取れるようになってから、知る事が出来たことがある。

 この世界の人間は、基本的に体育会系っぽい。


 愛という知性ある種族にとって最大の加速装置を、命という最も大事なものに接続した結果。


 他種族に恐れられるほど、無駄に肉体が強くなっている人間という生物は。

 この世界のどこかには、悪い事をすると人間に食べられちゃうぞと、子供に教える種族があると噂される、人間という生物は。



 ─────細かい事は、気にしないッ!



 同時に知能も高いのだがそれは置いておいて。


 雨に打たれようがなんだろうが、肉体が強いから風邪なんて引かない。

 俺は雨の日に外で訓練を行っている人間は、よほど肉体が強いから風邪を引かないのだろうと考えていたのだが、そもそも人間は風邪をまるで引かないようである。引く時もあるのだが、かなり稀。


 ダンジョンから上質の薬草が取れるから、回復力も高い人間は大体直ぐに治るし、好きな人に殺される以外で命を失うのはとんでもなく大きな恥だと言われるこの王国の医療技術は無駄に高い。国費の内かなりの割合をその研究費につぎ込んでいる。だから手洗いうがいが大切なことも、周知の事実だったりする。しかしそれをまともに実行する人間は、綺麗好きと、貴族と、親にやらされる小さい子供を除いて、けっこう少ない。


 だってしなくても、マジで大丈夫だからッ!


 ……一応簡単には洗う人は増えているようなのだが、国の措置のお陰で非常に安価で手に入れられる、手洗い用の石鹸という素晴らしい商品を使用する人間は殆どいない。うがいを行う人間は皆無に近く、つまりはその程度の普及率。特にやる意味がないのだから、実行する人間が少ないのは仕方のないことだとは思うのだが、国はそれでもまだ頑張っているようである。


 「いや、問題はあると思う」


 風邪を引かないからといって、わざわざ雨の日に外に出て鍛錬をする人間をどう思う?


 そんな質問を投げかけられたら、俺は変わったヤツだと答えるだろう。


 そう、俺の見た雨の日に外で訓練を行っている強者は、ただの訓練バカだったのだ! ……うん。そりゃあ、他の人間よりも強いはずだ。勘違いしても仕方の無いことだと思う。


 「大丈夫だって」


 空から降り注ぐ雨を全身で受け止めながら、ネットは笑顔を絶やさない。


 ふと思った。そういえば、店で雨具を見た事がない。


 需要が無いのだ。勿論置いてある所には置いてあるものの、普段の生活において使用する機会がない。貴族は雨に濡れずに移動したければ馬車とか移動用の魔法具を使用すればいいし、平民はそもそも雨に濡れたくないとあまり思わない。


 一応荷物を雨から防ぐ魔法具は売れているようだが、そういうのは大体商いを行うために使用されるので、普通の人間がお目にかかることは少ないのである。服を乾かしたければ少し高価だが、平民でも一家に一個は買えるそれ用の魔法具を使用すればいい。


 でも濡れる必要もないのに、わざわざ外に出ようとも思わない。

 けど必要なら、外に出ることはいとわない。


 そんな思考回路。


 「もし問題があっても、これから大丈夫にすればいいんだよ」


 体育会系っぽくもあり、合理的でもあるこの発言。


 風邪を引きそうなら、風邪を引かないくらい強くなればいいじゃない。


 うーん。意味は分かるのだが、受け入れられないのは何故だろう。


 「よし、始めるか」


 雲によって太陽は遮られているけれど、不気味に光るネットの剣。晴天のように澄み渡る青い瞳が俺を射抜く。怖い。


 「─────分かったよ。でも、風邪引いたら治療費は払ってくれ。俺は金がない」

 「あはは。了解、了解」


 ぬかるんだ地面。こんな動き難い状況で訓練するのは、考えてみれば始めてだ。

 いずれ、このような状況に陥ることがないと断定出来ないのだから、これは良い機会なのかもしれない。いつまでもビビっていては仕方がないだろう。風邪で死にそうになっても、ネットの財力に頼り切って治して頂こう。親友だもんね? 親友って言ったもんね? 財宝に誓ったんだから、破らないよな? 大丈夫だよな? ───頼むぜ、マジで。


 「────────ハッ!」


 あからさまに手加減された一撃。雨粒を切り、首を切ろうとする一撃を、硬化した左腕で受ける。

 踏み込み。右の突き。回避され、失敗。


 次の動作へ移行。想像以上に動き辛い。


 「ガッ!」


 もたついている内に、剣先で喉を突かれる。痛く、苦しい、辛い。

 いつも通り、魔法がなかったら死んでいた。皮膚一枚ほどの傷で済んだけれど、もうすんごいトラウマが刺激される。本当に、過去の自分を褒めたい。良くこの魔法を選択したッ!


 「ゴホッ! ゴホッ! よ、容赦、ねぇ……な」

 「いるのか?」

 「───いや、もっと激しくしてくれ」


 勿論、死なない程度で。











 ─────キッ!


 そんな効果音が付きそうなほど、鋭い視線で睨みつけられた。


 イブと合流するため別行動のネットを除き、最近では普段から共に行動しているメンバーで向かっている場所は食堂。

 この時間は昼食を食べるために殆どの生徒がそこに移動中であり、当然他の生徒ともすれ違う。現在は、そのすれ違った女子生徒に睨まれた所である。因に先程からずっとこんな調子。


 「……なぁ、ハーン。お前は何をしたんだ?」


 いつも軽快なダッグも今日ばかりは俺の近くに居辛そうである。俺は慣れたものだが、普段から女性を含める皆から好感を持たれているダッグには慣れない状況だろう。

 逆に意外にもテスラは普段通りで、俺を睨みつけていた女子生徒と会話を始めているほど。彼は将来出世しそうだ。


 「多分、グリージャー先輩関係だと思う」

 「今聞いてみましたけれど、君が先輩に無礼な事をしたって噂になっているらしいですね」

 「え!? 噂になってんの!?」

 「先輩が君の名前を呟きながら、一心不乱に訓練場の標的を攻撃していたようで」

 「─────もう一度聞くけれど、お前は何をしたんだ?」


 子供か! と、思ったけれど。これは良いニュースだ。

 グリージャー先輩には是非とも、俺への怒りをもっと増やして、それを憎しみに変えてほしいものである。


 「ちょっと、もう見たくもないし会いたくもないって言っただけだよ」

 「バカなのか!?」

 「不敬罪で捕まりますよ?」


 そうだよね。完全にあれは阿呆な発言だった。

 

 あー、いまさら体が震えて来た。


 「せ、先輩の、こ、心の広さを、し、信じてたからな!」

 「空元気も甚だしいなぁ」


 二人の呆れ顔が見ていて辛い。知ってるから、俺が駄目なのは知っているから。


 「まぁ、しかしこれで疑問が無くなりましたよ」


 先輩は、異性は勿論のこと同性からも高い人気を誇る。

 当然その感情は愛ではなく憧れであるが、先輩ほどに同性から人気な生徒は稀だ。ファンクラブが存在する訳ではないが、一つの対象に同じ感情を抱くということは繋がりを築き易く、その生徒達の間で、一種の連絡網のようなものが形成されているらしい。


 女子の噂拡散能力は、恐ろしいものがある。そして大概が誇張されて、その噂に抱いた感情と共に拡散されていく。内輪で更にその感情は高まり、俺を憎たらしく思う生徒はどんどん増える。


 なんだ。やっぱり幸運なニュースじゃないか。


 一度チャラにすると言ったからには、不敬罪にもされないだろうし。


 「嬉しそうな顔をするな」

 「無理」


 さぁ、もっとだ。


 もっと俺を睨め。蔑め。そして何なら罵るがいい!


 「本当に君は気持ちが悪いですね」

 「え」


 テスラ君。今は君に罵られると、ただただ落ち込むんだけど。


 「お。いたいた」


 言葉の真意を確かめようとした所で、背後から聞き慣れた声が聞こえる。

 振り向くと、一人の女性。いつもと違って、教師らしく皺のないスーツのような正装をしている。正直似合わない。


 「返事はどうしたッ!?」


 そんなことを思った瞬間。腹部に衝撃。


 「ハグッ!? ─────────────は、はい……」


 無意識に魔法を発動していて、痛みは少ない。


 生涯の魔法を練度を判断するには、その魔法の威力は当然として、他の判断基準として発動速度と威力調整がある。つまりはこの瞬間に、俺は脊髄反射レベルで魔法を発動することが可能であり、同時に『金剛』の練度がかなり高いことが証明されたのだ。威力調整もスムーズに行えるようになっているし、一番重要な威力の向上はまだまだではあるが、生涯の魔法に関して俺は他の生徒に引けを取ってはいないみたいだ。


 けれども、こんなことで成長を実感したくない。


 「な、なんでしょう先生」


 というか返事の隙がなかったじゃないですか先生。理不尽過ぎますよ先生。でもその悪意が心地良いッス先生。


 「お前冒険祭の参加忘れてるぞ。さっさとこれに名前書け」

 「いや、出たくないから提出しなかったんですけど……」

 「出ろ」

 「───はい」


 何てこった。脊髄反射レベルで反応してしまった。どうするよこの負け犬根性。


 「お前は自分を嫌う人間との協力方法を覚えろ。いつまでもビビってんじゃねぇ」


 背中に一撃。パチーンと良い音が鳴った。痛い。


 「安心しろ。お前はいつでも、殴りたいほど気持ち悪いから、よっ!」

 「ングッ!?」


 だからって、もう一発殴ることないじゃないか! しかも防御を超えて痛くなるギリギリの威力で!

 

 ……いつか絶対にやり返してやる。


 あ。でも恋仲になってもいい男性の条件に、自分よりも強いヤツとか言ってたなぁ─────やっぱり止めた。


 「じゃあ、また選択授業の時間にな」

 「お、お疲れさまです」


 何か最近殴られる頻度が増加している気がする。今日の訓練もキツそうだ。


 お辞儀をして顔を上げると、去って行く先生の後ろ姿。よく見ると、案外正装も似合っているかもしれない。


 俺達三人はその姿を見て、小声で話し合う。


 「相変わらず、ミヤ先生は男前ですね」

 「男前って言うか、男勝りだなぁ」

 「男勝りって言うか、先生はおっさんだよ」


 おい、何故俺の時だけ一瞬振り返るんだ。心臓止まるかと思ったじゃないか。

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