十四話
この世界のドラゴン様は、娯楽を楽しむ。
その遊びの一つがダンジョン。
世界中の地下を繋ぐダンジョンは、当然一つ。つまりは種族全体で遊ぶ娯楽。想像だけれど、きっとドラゴンキングダムではドラゴン全員が会議を行って、どう発展させていくのか考えるのだろう。大きな砂の城を、クラスの友達で集まって造るようなもの。皆で一つのことに没頭する娯楽を享受しているのだ。
なら俺達が本を読んだりするように、どのような一人遊びをドラゴン達はするのか。
大概が、道具の製作。
より優れた物を、もしくはよりおもしろい物を作るのである。そして上手く出来た物を、同族に自慢する。自慢された同族は、ちょっと嫉妬してそれよりも更に良い物を作り出す。別に本気の競争という訳ではないようだが、彼らはダンジョンと同じ熱意で道具の製作に没頭しているようだ。
そんな彼らによって沢山作られる彼らの道具なのだが、勿論失敗作や、古い作品はいらなくなる。けれどもせっかく造ったものでもあるし、壊すのも勿体ない。なら誰かにくれてやろう。
ドラゴン達の中にそういう意見が出始めたとき、丁度ダンジョンに関するとある意見が出た。
やって来る者達に、特典のようなものを与えよう。
二つの意見が重なった。どうせいらない物であるし、誰にだってくれてやればいい。ドラゴンはダンジョンの中に、その道具達を放棄することにした。ドラゴンにとってはいらないものではあったが、彼らよりも全てにおいて遥かに劣っている、人間などの種族にとっては非常に高性能。正しく、オーパーツとでも言えるほどの代物。ダンジョンに挑む者は、こぞってそれを求めるようになった。
ドラゴンの廃棄物とでも言える道具達であったが、人間達にとっては財宝。
勿論個別に差はあるが、どれも必ず、人間がソレを模倣して作り出した『魔法具』を遥かに凌ぐ。
例え一つでも所有しているだけで社会的地位は上の物となり、中でも良い物を手に入れれば、平民がそれだけで貴族へと昇進することもある。そしてそれを市場で販売すれば、一生遊んで暮らしても余りある富を得る。それほどの物なのだ。『ドラゴンの財宝』とは。
それが目の前に存在する。
一見するとただのコインのような。しかし、見れば確かに美しい。
そして製作者を照明する、刻まれているドラゴンの印が財宝である証拠。
有り得ない。何でそんな物が、こんなに浅い場所に存在するんだ。
いや、別にドラゴンのやったことだと考えればおかしくはないのだけれど。それでも何故このタイミングで、それが目の前に現れるのだろうか。そんな都合の良い展開が訪れるはずがない。
「すげぇなハーン! やったぞお前!」
「──────────おめでとう」
「あっはっはっはっはっはっはっは! これでお前も長者だなぁ! 一緒に挑戦した俺達にも箔が付くぞぉ!」
ドラゴンの財宝を始めて見つけた物がそれを手に入れる権利があるらしいから、他の三人は既に俺をお祝いするムードだ。
俺を毛嫌いして下さっている、イブさんも驚きの表情でそれに参加している始末。嫌悪感を忘れるほどに、凄い発見であるということが良く分かる。
でも素直に喜べねぇ。ただただ怖い。凄く怖い。
「─────うーん」
「どうしたよ?」
俺の何とも言えない顔を察したのか、ネットが困惑の表情を浮かべて声を掛ける。縁を通してイブに伝わり、彼女もまた表情を変えて、そして最後に二人の表情を見たダッグが表情が変わった。
「よし、ネット。お前にやるよ」
「───────────────はぁ?」
そんな彼らを見て、自然と出てきた提案。
口にしてから考えると、意外と良い提案であると思えてくる。捨てたりしたら、ドラゴンに呪いでも掛けられそうだし。
「いやいやいやいやいやいや! 何言ってんだよお前!?」
信じられない物を見たと言う顔で、ネットは俺に詰め寄る。近い近い。縁を通してその情報が入る、イブさんの身にもなってやれ。身体震えてるじゃねぇか。
「だからあげる。────ああ、そうそう。婚約祝いとか? そんな感じで」
そう言えば利害関係が一致したことにより発生した関係であったが、一応始めて出来た友人だ。そんな友人のめでたい出来事に、お祝いの一つでも寄越さないのは失礼というか、何と言うか。
財力も何もない俺だったから仕方ないと諦めていたけれど、丁度渡せる物も手に入ったことであるし。これを渡せばいい。
「アホか!? 婚約祝いにドラゴンの財宝を渡すなんて、王族の婚約意外有り得ないぞ!?」
「そうなのか? でも別に良いじゃねぇか。───いらないのか?」
だとすると、非常に困る。
「嬉しいけど、おかしいぞお前。どうしてそんな物を簡単に他人に渡せるんだ」
「ほしいなら素直に受け取ってくれ。一応打算もあるんだよ」
「打算?」
「関係の強化。将来のために俺よりも地位の高い貴族と、もっと親しくしようと思ってな」
「────だからってなぁ……」
俺の伸ばした腕。開いた手。その上に乗っている、ドラゴンの財宝。
正直な話、触っているのも躊躇われる。硬貨のような財宝と接触してる皮膚の面積は、当然のように小さい。しかしまるで、身体全体を覆うような感触が俺を包み込んでいる。
誰かに抱擁されたときの、温もりではない。業火の炎に焼かれているときの、熱い衣。そんな衣を、無理やり着させられている感覚。痛みはないが、それでも気分は良くない。
錯覚だろう。それは分かっている。
秘すれば花。
ドラゴンにそんな思想があるのかどうかは分からないが、手の平に乗っている財宝からは、まるで強大な力を感じない。
美しさは分かる。しかし一見すると、それがドラゴンの作り出したものであるかは判断できない。製作者が刻んだドラゴンの印がなければ、財宝であるということを理解出来ただろうか。
その美しさが財宝であるという証明であるような気もするが、俺にはそれだけで判断出来るような目を持ち合わせていない。
だからこそ恐ろしい。少なくとも、俺は。
そんな物を友人に渡すなよ。という話にもなりそうだが、これは俺の感覚であってこの王国に生きる人間の感覚とは違うと思われる。
「本当に良いのか?」
「ああ。受け取ってくれ」
ネットは少し手を震わして、親指と人差し指で財宝を取る。
両手の中にそれを収めたり、また指で存在を感じ、そして光の魔法陣から降り注ぐ光に当ててその形状を確かめたりした。
「財宝───これが、俺の物……」
イブが自身の短剣をネットにソッと差し出す。ネットはその刃に親指で触れる。
肌色の皮膚が、赤く濡れる。
「ハーン。俺がこの指をこの印に触れれば、『礼』は終わり俺がこの財宝の所有者になる。───もう一度聞く、本当にいいんだな?」
「───貴方が考えてる以上に、財宝の価値は重いの。もしも貴方が考えを変えてこの財宝を自身の物にすれば、きっと貴方を取り巻く環境は、更に良いものに変わるでしょう」
「先程俺は、お前に箔が付くと言った。けれども、お前の場合は別だ。ネットが手に入れたとしても、お前への周囲の目は変わらないぞ?」
三人が、最終確認を俺に言い渡す。
「ダッグ、ありがとう。お前のお陰で、残っていた小さな未練もなくなったよ」
そうだ。財宝を手にすれば、俺の生活の中に最も入らない感情を向けられる可能性があったのだ。
それを回避する上でもまた、財宝をネットに渡すことに文句はない。
「あっはっは! 本当に、変な奴だなぁ!」
一瞬キョトンとした顔を見せたダッグだったが、一泊置いて、いつものように笑い出す。
けれども、別に俺は自分が変だとは思わない。俺の過去を見れば、この俺に辿り着くのは必然だ。
「分かった。お前が良いなら、俺はもう何も言わない。ただ────ハーン・ウルド。お前を生涯の友とすることを、この財宝に誓う。製作者たるドラゴンは、この誓いを忘れないだろう。誓いが破られるときは、即ち俺にドラゴンの呪いが降り注がれるとき。『縁』を結びし愛する人。イブのためにも、この誓いは決して破らない」
重いっての。
「ネット、イブ。お二人のご婚約を、心よりお祝い申し上げます」
俺は対抗するように、無駄にキザッたらしく一礼を披露してやった。仮にも貴族である俺は、こういう場合に行う一礼の方法を学んでいる。しかし恐ろしく似合わないから、二人は苦笑いを浮かべるのだった。計算通りである。
「製作者たるドラゴンよ。この誓いの見届け人となり、また私がこの財宝の所有者になることを受け入れたまえ」
ネットは苦笑いを引き締めると、血の付いた親指で財宝に刻まれる印に触れた。
血は印に付着するものの、血拭いの魔法具のように、印はその血を吸い込んでいく。
けがて付着していた血がなくなると、印は青く発光する。
それは即ちこの財宝の製作者であるドラゴンが、ネットの立てた誓いの見届け人となり、またネットをこの財宝の新たな所有者とすることを、認めた証であった。
「─────無事、終わったな」
因みにこの作業を行わないと使用することも出来ない。
そして逆に制作者に所有者であることを認められると、所有者以外は決して使用出来なくなる。
いや。正確には使用自体は出来るのだが、決して使おうと考えてはならない。それは制作者であるドラゴンに対しての無礼。無礼を働いた者に、ドラゴンは容赦がない。
呪いが掛けられる。
俺は『死』は決して安楽ではないと考える。しかし通常の人間の中にはそうと考えない者もいる。だからこそ、『死よりも苦しい』という言葉が生まれる。言葉を変えるなら、『生き地獄』だろうか。その地獄は呪いを生み出すドラゴン、また無礼を犯した人間によって変わるが、間違いなくその言葉は相応しい。
王国に残る過去の記録は、目を反らしてしまうほど無惨な記録。
少しでも理性が残っている人間ならば、無礼を働こうとは思わない。
即ちもうこの財宝は、俺の物になる可能性はないのだ。
けれども当然、悔いはない。
「もう一度、感謝を言わせてくれ」
──────────ありがとう。
前世から分かっていることがある。
感謝っていうのは、嬉しいものだ。