十三話
林、湖。
先日、先生と共にやってきた場所に到着である。
「意外と深くまで潜ったんだな~。大丈夫だったのかよ?」
「ギリギリだったよ。さすがは先生というか、本当にギリギリの魔物を選ぶんだ。例えば、アレとか」
木の上から、木の葉に身を隠して此方を見つめる魔物。上手に隠れているつもりなのだろうが、どうやって見つけ出すかミヤ先生にご教授して頂いた俺には簡単に見つけられる。
形状は猿。どうやらこの場所で生活することを決めた種のようで、穴を掘るなど通常のダンジョンでの進化ならば得るであろう能力を所有していない。ただ限られた場所で食料を得るためには、それなりの知能が必要のようで。まだまだ浅い上層の魔物の中では、かなり頭がいい。当然知性なんてものは持ち合わせていないものの、地に転がっている石を使って硬い木の実を割って、その中身を食べることも可能である。また筋力も高く、投石による攻撃は中々危険だ。
そして何より。奴らのように同じ場所に生息して動かない種の中には、世界の祝福を受けて強化された個体がいる場合があるために細心の注意が必要だ。
肉体の強化、性機能の強化、魅力の強化。努力によって得られる世界からの祝福は、何も人間だけのものではない。この世界に生きる、全ての生物に適応される。そのことを魔物達は理解していないが、熾烈な生存競争によって生きる努力を日々行っている。理解していないから余分な努力を行っていないので成長が遅いものの、肉体は強化され続けているのだ。
このダンジョンに生きる魔物は、長い生存競争の中で遺伝子に深部に行くことを刻まれている。
上層は個体数が多いため、安寧がないのだ。戦闘数が多すぎる。傷を負ってしまえば、休憩も出来ないままにやってくる次の戦いで簡単にやられてしまうのだ。例え自分よりも格下の相手であっても。
そのためダンジョンに住む魔物は常に深部へと移動している。地上からやってくる新参者と、あの猿のように同じ場所に定住することを決めた魔物を除いて。だからその中で生き残った強い魔物は深部にのみ存在することになるのだが、例外であるあの猿達は定住しているために稀にこんな浅い場所にはそぐわないほどの、強い魔物が存在してしまうのだ。
殆どないけれど。何故なら、定住をして生き残っているということは安定した生活を送れているということだから。
まずはあの高い木。ダンジョンに生きる生物は、ダンジョンを掘り進めるための進化を行っている。つまりは地上特化。モールワイバーンという例をあげてもそれは分かる。空を飛ぶ機能なんて必要ないのだ。コウモリなどの小さな飛行種を除いて、ダンジョンの中を軽快に動けなくなってしまうし、何より下に行きたいのに上に行く能力なんていらない。人間に翼が生えていないのと同じだ。だからあの高い木の上に上ってしまえば、危険がほぼない。戦いを行う機会が少ないのだ。
勿論魔物とはまた違う魔虫などの危険もあるし、ここならば新参者のやってくることがあるだろう。先生の言っていた、湖に住む狩人だっていることだ。絶対の安全ではない。しかし通常の魔物と比べれば、生活の中での戦闘数が圧倒的に少ない。そのお陰で生存率が高くなっているので俺はあの猿たちの方が好感が持てるのだが、それは置いておいて。
戦闘が少ないということは生存のための努力が少なくて済むということ。
それはつまり、強くなり難いということだ。だからあの猿達は安定した強さであるし、あの高めの知能を利用した攻撃を除けば、肉体の強さはさほどではない。寧ろ、弱い部類に入る。それよりも弱い俺は苦戦したのだけれど、それも置いておいて。
ならば何故強い魔物が存在するのか。と言う話になるのだが、それは先程の話に戻ることになる。
生存率が高い。それが理由。
塵も積もれば山になるのだ。仲間同士のちょっとした喧嘩や、雌を奪い合う雄同士の争いも、戦いの努力と言えば努力。
この世界において、長く生きるとは即ち強さの証明に近い。その分努力の蓄積される時間が延びる。生きることは、本当に凄いことなのである。当然個体による差はあるものの、稀に現れる長く生きることが出来て、努力が蓄積された魔物。そういう魔物は強い。それに、あの猿のような魔物は頭がいい。長く生き延びるということは、その脳に経験を積んだということでもある。当然そこには人間との戦闘も入っていることだろう。
「アイツか~、アイツは面倒くさいよな~」
何せ安全な距離から、石をぶん投げて来るのである。それも腹の立つことに、石同士をぶつけて鋭くしたものをだ。
俺の金剛は硬い。そして猿のような魔物の筋力は他の魔物に比べると低い。けれどもその条件だど、簡単に防御を抜かれてしまう。
まずは重力。横に投げるより、高い場所から下に叩きつけた方が威力が高いのは同然。それもあの大樹は本当に高く、マンションの四階位の高さはある。その補正は大きい。
更に、尖った石という点。中学でも学ぶ物理学だ。
圧力は、面積が小さいほど大きく掛かる。男性に靴で踏まれてもあんまり痛くないけれど、女性にヒールで踏まれると絶叫するほどに痛い。針は小さな力で刺さる。槍の先は尖っている。そういうこと。
そんでもって、俺からは攻撃が困難なのだ。先生は此方からも石をぶん投げて落としてやれ。と、言っていたけれど。残念ながら俺の現在の筋力では運良く届いたとしても、大した威力にはならない。そして何より、コントロールが笑えるほどだ。
「ま、今日はイブがいるから問題ないけどな」
「ええ」
イブさんの構える獲物は弓。流派は王国流弓術。
その技を得ようとする人間は少ない。遠距離攻撃で告白すると縁を作れないため、使用できない。だからミヤ先生の授業ほどではないが、選択授業の生徒数は少なかったはずだ。
彼女の話をネットから聞くと、平民である彼女は住んでいた所で狩りをしていたことがあるらしく、弓は自分に合っているらしい。当然弓であっても筋力が必要で彼女に筋肉はあまり付いていないように見えるのだが、この世界の人間を見た目で予想するのは間違っていることを思い出した。先程のネットとのやり取りを思い出しても、凄い威力だったし。怖かったし。
腰に刺しているのは短剣。ナイフのような小さな剣だ。ネットを刺した物とは別の物。
あれは綺麗という印象だったが、この短剣は無骨。近距離戦闘と、告白のための武術として短剣術もまた学んでいるらしい。弓術などの遠距離攻撃の武術を選択した生徒への学園による、特別措置のようだ。
矢が放たれた。風を切る音がしない。視界に捕らえることすら出来ない。
魔物もまた同じであったようで、困惑した表情を見せる。それが、魔物の死顔となった。
血が噴き出る。その場所には先程放たれた、矢が存在していた。
「恐ろしい─────」
そんな声を漏らしてしまったのは仕方のないことだろう。
彼女の生涯の魔法は『潜伏』と言う。ネットが刺されたときに彼女は突如何もない空間から現れたが、それはつまりこの魔法の能力である。今回はそれを武器に応用したに他ならない。
『自分』が隠れるイメージを最初にしてしまうと自分しか隠すことが出来なくなるし、『矢』が隠れるイメージをしてしまうと矢しか隠せないのだが、彼女は最初のイメージを何かを『包み込んで隠す』とした。つまりはイメージの基点を『隠す対象』ではなく、対象を包み込む『魔法自身』にしたのだ。そのイメージ通りに、この魔法は指定した物を覆う形で発動する。生涯の魔法で唯一自由度のある、『威力の調整』によって、隠す物の大きさを変更出来るのだ。つまりは『何でも』隠すことが可能。見えない攻撃を作り出すことが可能なのだ。
恐ろしいったらありゃしない。
威力の調整があくまで隠す物の大きさの変更であるため、それによって隠蔽能力をこれ以上上げることが出来ないという弱点はある。俺の『金剛』は俺の肉体をイメージの基点としており、その防御力の調整を行える。しかし、その代わりに剣などの他の物質に魔法を掛けられないという弱点があるのだが、イブさんの場合はつまりはその逆。
俺の金剛をイブさんの魔法に置き換えて考えると、発動した際の防御力は一定。その代わりにどんなものの防御力も挙げられるようになる。という感じだろうか。
学園の教師や他の生徒にはあまり賞賛されていない魔法のようだが、十分恐ろしい魔法である。
確かに隠れている際に、最も避けなければならないのはその隠蔽が暴かれてしまうことだ。しかしこの魔法は暴かれることを前提としても、優れた点が余りある。
例えそこに有ることを暴かれたとしても、それを見ることは出来ないのだ。それが何であるかなんて分からないだろうし、身体とその武器を完全に隠した状態で攻撃をすれば、何処からどのタイミングで攻撃がやって来るかも分からない。戦闘中に常に神経を張るのは、非常に困難だ。そもそも相手がどんな獲物を持っているかも分からない。俺のような軟弱な神経の持ち主ならば、心が先にやられてしまうだろう。
勿論隠蔽を看破し、その全てを見ることの出来る生涯の魔法を持つ者は除かなければならない。けれどもそんな魔法を習得している者はとても少ない。いるとしても、王族や有力の貴族の護衛役ぐらいだろう。ダンジョンにも魔法を扱う魔物が存在するが、その大概が獲物や敵を攻撃するための魔法だ。そういう魔法を持つ魔物と出合ったとしても、そういう魔物は敵と会わないようにしなければ生き延びることの出来ない弱い魔物が殆どらしい。大した障害にはならないはずだ。
「キャ! キャキャキャッ!」
魔物達は我先にと逃げ出す。仲間が何をされたか分からず、とんでもなく恐ろしいものだと感じたのだろう。
正解。お前達は正しいよ。
もしもこの魔法が成長したら。もっと巨大なものを隠すことも可能になる。
例えばお前らの上っているその木。それが隠されたらどう思う? お前らは急に何もない空間に立っているような錯覚に陥るわけだ。そんでもって少しでも足を踏み外せば、地面に落下するわけだ。一巻の終わりなわけだ。怖くね?
「んじゃあ、先に行くとするか!」
落ちた一匹の魔物を埋めてからネットが号令を発動。
「え、まだ先に行くの?」
怖いからこれ以上先に進みたくないであります隊長。
「黙って付いて来て」
「─────はい」
理不尽。
「大丈夫だって! お前この辺の魔物でも倒せたんだろ? ならもっと強くても、俺達が協力すれば楽勝じゃねぇか!」
笑いながら話してくれるダッグさん。貴方のポジティブな性格が羨ましい。
俺はビビリだから、心配で心配で仕方が無い。
「というわけで、出発!」
三人は元気に歩き出す。
「────────フブッ!」
俺は溜め息を吐きながらも付いて行こうとした所で、盛大に転んだ。
猿のような魔物がこれさいわいとばかりに俺に石を投げて来る。痛い。そして情けない。
「なっさけない……」
イブさん。それは分かっているから、あの鬱陶しい魔物をどうにかして頂けないでしょうか?
「何やってんだよハーン。ほら立て」
「─────ありがとう」
伸ばされた手。優しい次期伯爵様だこと。
婚約者様も嫌々ながら魔物を追い払ってくれているから、本質は優しい。本当に、お似合いのカップルだ。
「───はぁ」
俺の前世から続いている、クズ人間根性が表に出始めた。
─────なんか一瞬で楽して強くなる方法はねぇかなこん畜生!
「ん?」
そんな俺の視界に、バカみたいに良いタイミングで一枚のコインが目に入る。
手に取って見る。複雑な、よく分からない紋章が刻まれていた。
「あああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁああああああ!」
「な、なんだよ!?」
そんな大声を出さないで!?
怖いじゃないの!?
「そ、そそ、そ、そそ、そ、そそそそそ、それ!」
「これ?」
「財宝だよ! ドラゴンの財宝だ!」
──────────────────よし、捨てよう。