十一話
「かぁぁぁぁぁぁぁああああああああ! うめぇぇぇぇええええええええ!」
「────────酒臭ぇ……」
まるでオヤジのように、とんでもなく強い酒を飲み干す先生。俺は隣に座っているのだが、臭いだけでクラクラする。ここが酒場だということを考慮しても先生の周りから漂う臭いは強い。その臭いを嗅いで倒れていないのを考えると、俺は以前よりも成長しているらしい。こんなことで成長を実感したくなかった。
酒場にはまだ日が沈んでいないのに、多くの客が詰め寄っている。ここの酒場は、外部の者がダンジョンに挑戦するために設けられた通路の途中に設置されている。だから日が沈みきるまでに地上に戻った者達が、お互いの一日の働きを労うために多くやってくるのである。隣にもそのまた隣にも別の酒場はあるのだが、同じように盛況。同じように酒臭く、俺にとっては非常に居辛い。酒が飲めないから、俺だけ茶だ。
コップに注がれている茶。色は茶色で、味はウーロン茶に近い。
紅茶ならば未だしも、まさかこの世界でウーロン茶のようなものを飲めるとは思わなかったな。勿論前世と同じではなく、味も香りも微妙に違うのだけれど、少し懐かしく感じる。
「お客さん、気持ち悪いね。ドラゴンにでも呪いを掛けられたかい?」
見事な挨拶だな店員さん。好感が持てる。
「自前だよ。気にしないでくれ」
「一応この店は酒場でね。それは酒を割るためのもんなんだが?」
「あっひゃっひゃ! 見れば分かんだろう! コイツは体が弱すぎて飲めねぇんだよ、なっさけねぇの!」
背中が痛い。そして咽せる。もう完全に癖になっているな。止めてほしい。
痛いのは嫌なので、魔法を全力展開でガード。酒が入って力が抜けているので、魔力は少なくていい。
「ミヤ、あんたの知り合いか?」
「弟子だよ弟子! 出来の悪いクソ弟子! 金になるから弟子にしてやってんの!」
「ああ、だから去年からあんまり見なくなったのか」
「安定した金が手に入るようになったからな!」
店員。恐らくここの店主が、俺を品定めするように見つめる。
分かってるよ、不相応なのは。先生本人も言っているじゃないか。所詮は金になるから弟子になれているだけ。というか、それ以外の要因があっては困る。先生がいわゆるツンデレのように、本心では俺のことを本気で弟子として気にしていたら。俺は酒を飲んでいないのに、滝のように吐瀉物をまき散らすことが出来る。そして胃に穴が空いて、それに血が混じるのは間違いがない。
にしても先生の声がデカイ。でもまだ顔は赤くないから、酔ったというよりも美味い酒を飲んでテンションが上がっているようだ。ちょっと耳が痛いほどである。大勢の客で賑わう店内にも、先生の声はよく通った。
「そうだ! 聞けよ店主。コイツ、あの痛い実を美味そうに食ってんだぜ? 気持ち悪いったらありゃしねぇ。それにバカみたいに採取して来るし!」
「痛い実じゃなくて、シントォな」
別に良いじゃねぇかそんなこと。と、あっけらかんと笑う先生。そしてその姿に呆れる店主。ダンジョンの中で、先生は植物の説明を、食える食えない。役に立つ危ない。などの簡単過ぎる説明を行ってくれた。非常に分かり易く、実際に挑戦した状況では役に立つ。しかし知識にはならない。なにせ、名称がまるで出てこない説明だからだ。
俺は始めて名称を知った、シントォを取り出して口にする。
うん、辛い。口がパニック。でも美味い。
「うわっ! 本当に食ってんのかよ。そのまま食うヤツは始めて見たぜ……」
「そのまま? 何か、調理法があるんですか?」
「隠し味に使うんだよ。刺激的な強い香りがあるだろう? 臭みのある食材を扱う料理に使うと、その臭みを消してくれる。ダンジョンから取れる食材は癖が強いからなぁ……。世間じゃまるで普及してないけれど、よくダンジョン帰りの奴らから食材を受け取って、無茶ぶり受けて調理をしているこの辺の店じゃあ常識だな」
つっても、本当に少量だけどな。
シントォを大量に口に含んでいる俺に引きながら、店主が答える。
これは残念だ。早くもこれが金にならないことが判明してしまった。別にそこまで本気ではなかったものの、挑戦する前に終わるのは悲しいものである。そもそも考えて見れば俺には商才がないことも確定しているから、どうせ金儲けは成功しなかったのかもしれないけれど。さすがはプロと言うべきか。
「にしてもよく食えると判断しましたね。食ってる俺が言うのもなんですけど、こんなの料理に使おうと、普通なら思わないんじゃないですか?」
「だよな〜。こんな痛いの食おうとは考えねぇだろ」
というか何故先生は知らなかったのか。
いや、考えてみれば直ぐに分かる。この人は、食べるのは好きだが調理法なんて気にしない人だ。
「本職を舐めんなっての。この辺の店は、意味不明な食材を調理する腕は高いんだぜ?」
「味はまずまずだけどな」
「うるせぇよミヤ」
「じゃあ、俺は帰りますから」
「お〜、さっさと帰れ帰れ。お前がいると酒が不味くなる」
「先生が俺を連れて来たんじゃないですか……。まぁ、いいですけど」
そう言えばそうだったなぁ。
先生はガハハとおっさんでもしないような笑い声を上げて、愉快そうに笑う。
顔がもう赤くなってきた。酔いが回って来たらしい。絡み酒っぽいから、このまま早々に帰るのが正解だろう。
「ああ、そうだ。受け取れ〜」
硬貨が弾かれる音。先生が指で弾いたコインは、放物線を描いて見事に俺へと飛んだ。しかし、それで俺が受け取れるかと言えばそれは違う。額に当たって地に落ちる。少し痛かったのでそこを押さえながら、俺はそれを拾った。先生はそんな俺のようすを見て更に大笑いする。酔っていないのに、俺の顔は先生以上に真っ赤である。
「笑ってないで教えて下さいよ。何なんですかこの金は」
「今日の収入。そこから今夜の酒代を除いた分だ」
「頂けるんですか?」
「店で多少は良い防具を買って来い。いくらなんでも、作業服じゃあこれからキツいぞ?」
これからって、今度からはもっと深くに潜るんですか先生。
拒否権を発動したいです先生。どうせ無いんでしょうけど。
「別に防御力には問題がありませんが」
「時間の問題だよ。一々修理してたら時間が足りなくなる」
「そっちですか」
「そっちだ」
確かに。先生の言う事は正しい。
受け取った硬貨を見た。この硬貨が担当する金額ならば、当然下級ながら多少はマシな服が買える。
「分かりました。ちょっと寄ってみます」
「そうしとけ」
酒場の扉を開ける。噎せ返るような酒の臭いを掻き分けて、外の風がやって来た。明かりの役割を持つ魔法具が通路には点々と設置されているものの、日が完全に落ちた外は暗い。前世の生活では信じられないほどの暗さだ。旅行で田舎へ向かった時にしか、体験したことがない。また空は澄み渡っていて、星が綺麗に見えた。
見惚れそうになるものの、自分を戒めて俺は足を動かす。
この通路は学園によって管理されているから安全なものの、完全ではない。たまに、紛れ込む者がいる。そんな者達が引き起こす事件に、絶対に巻き込まれたくない。俺は悪い意味でかなり目立つ。用心するにこしたことはない。
「キャ〜! 凄いかわいい!」
「ねぇ、見て見てこれも綺麗だよぉ!」
黄色い声が聞こえてくる。非常に楽しそうだ。
例えるならば、アクセサリーショップで良い物を見つけて騒いでいる女子高生。声だけならば微笑ましい。
声だけなら。
「絶対に買う! 絶対に買うよこの、斧!」
「すみませぇ〜ん! この綺麗な、鉈をくださ〜い」
デンジャラス!
若い挑戦者の女性達が見ているのは、人を殺せる武器の数々。騒いでいる場所は武器屋。
何せ文献によると、昔からこの世界じゃ武器は婚約指輪みたいなものだ。例えば、イブがネットの心臓に刺した短剣。その短剣がそれに該当する。
告白の時に見せる、告白をしていることの証明みたいな物が婚約指輪。
それを受け取るということは告白を受けるということであり、つまりはそういうことだ。
そんな物を、人間が雑に扱う訳が無い。
勿論告白以外でも他の命を断つことがあるのだが、命を奪うという行為を軽視しないこの王国の人間が、奪われる側にとっては死の原因となる武器を大切に扱うのは礼儀として当然のことであった。
けれどもその思想が原型を停めていたのは過去の話であり、現代においては若干異なる。
まず普段扱う武器と、告白用の武器を分けるようになる。
婚約指輪を常に身に付けているのは変。そんな認識に変わったのだ。また人に害を与える魔物の血を被った武器を、愛している人に向けるのは気が引けたのかもしれない。人間は個人毎に普段の武器と、どんな命も断ったことのない新しい武器の二つを所有することになった。
告白用の武器をより美しく優れた物にしようと考えるようになるのは、当然のことだったのかもしれない。自らのアピールポイントとして、武器を見惚れるようなものにすることで自身の地位と財を示すのだ。また同時に、特別性を求めて他の告白との差別化と図ったのだろう。個人個人が特注で告白用の武器を購入するのは、もはや常識。両親が、花嫁道具的な認識で子供にプレゼントする場合もある。
とにかく時間の流れと共に、職人達が武器を優れたものにする技術だけでなく美しくする技術も習得し始めたのだ。
この影響を受けて、次に普段用の武器も変わり始めた。
告白用ほど高価なものは求めないけれど、デザイン性に優れたものが売れるようになっていったのだ。性能を疎かにすることはなかったようだが、よりカッコいい。またはかわいい武器を並べる武器屋が生き残る時代がやってきた。
現代では厳格で入り辛かった武器屋は激減。ポップで愛らしい。もしくはクールでスタイリッシュな外装を構える武器屋が多くなり、店内に並ぶ商品もその外装に合ったものを並べるようになった。人気店の名前は一種のブランドとなり、その武器を普段から身につけることは、社会的価値の掲示となる。つまりは、ファッションの一部。それもこの世界では、一番に重要視されるファッションであった。
ファッションに目がないのは、この世界の女性も同じのようで。
ミヤ先生などの例外を除いて、普段からよく武器屋に入り浸る。最近では、茶が飲める武器屋もあるらしい。
「ああ、良い買い物した!」
「さっそく明日ダンジョンで使ってみようね!」
二人の女性の内、一人が持つ斧はカラフルでモコモコした装飾が付いてる。確かにかわいい。
そしてもう一人の鉈は、椿のような花が描かれている。確かに綺麗だ。
けど、受け入れるのは無視。
「───はぁ」
ミヤ先生がオススメをしていた店。武器屋と防具屋が一つになっているその店は、二人の女性が出て来た店であった。
凄く入りたくない。
でも先生は、ここが通路で一番の店だと言っていた。
見た目はアレで売っている物も殆どアレだが、ここでは俺や先生のような性能重視というか、性能しか見ていない人間用の商品も揃えてあるらしい。そういう商品を売っているのは貴重で、この通路ではここが一番だと。
俺は店の扉を開く。
「いらっ────────────────────しゃいませぇ〜」
プロはさすがだ。
俺のような人間を見ても、一旦固まっただけで営業スマイルを崩さない。
一気にこの店を好きになった、単純な俺であった。
特に、顳顬がヒクヒクと動いていたのが高ポイントである。