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ちょっとした、文化の違い  作者: くさぶえ
ドラゴンは娯楽を楽しむ
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十話

 いくら肉体が強くなっても変わらないものがある。それが体重。


 勿論筋肉の量の変化によって体重は変わるが、この場合に適応される肉体の強化にそれは関係ない。

 あくまで俺の想像と仮定による話だが、細胞自体が強くなる。つまりは量ではなくて質の変化。一個の細胞でやれる活動の限界が圧倒的に違うのだ。恐らく同じエネルギー量でやれる行動もまた違う。


 目の前に存在する大量の魔物。いくら巨大なネズミだからと言って、大きさは中型犬止まり。体重もまた中型犬と同じであろう。そして俺は自身の身長を精確には知らないものの、十分に百七十センチ以上はあるだろう。体重はそれに比例するように重くなっている。ちょっとばかり痩せているかもしれないけれど、中型犬とぶつかれば吹き飛ぶのは犬の方だ。


 それも俺は、鉄並みに硬い。


 「うらぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!」


 魔物の海に飛び込むように、突撃。ただそれだけ。

 俺の身体にぶつかった魔物達は、悲鳴を上げて血を撒き散らしながらおもしろいように吹き飛ぶ。魔物のベッドに着地。身体全体で潰すように攻撃してから、体勢を整える。魔物の持つ歯や爪などの当たった部分が、少々傷ついていた。そこから黴菌が入らないか凄く心配である。しかし今は気にしている時間はない。


 飛び上がり、襲い掛かる魔物達。腕を鞭のようにしならせて、魔物を打つ。柔軟性が保たれるからこそやれることの一つ。本来ならば攻撃を肘や拳などの硬く攻撃力の高い部分を当てることを考えて戦闘を行うのだが、俺の場合は何処も硬く、当てれば痛い。


 もちろんその間にも攻撃を受ける。襲い掛かる全ての魔物の攻撃を完璧に避けるなんて俺には不可能だ。その場合は完全に防御が優先。その結果として攻撃が疎かになっても気にしない。痛いのは嫌なのだ。


 「はぁッ!」


 攻撃に怯んで、地面を転がる魔物が増えたら剣を抜く。

 まだ元気に動いている魔物は狙わない。素早くて攻撃が絶対に当たらないからだ。地面を転がる魔物を的確に狙って、息の根を止めていく。そうしていると段々と魔物が怒りを覚えて行動が激しくなってくる。自分も危険だと判断したのかもしれない。

 

 一、二、三、四、五、六、七、八、九───────数えるのは止めよう。


 魔物達を機械的に切っていく。劣勢と判断したのか、逃げる魔物が現れ始める。そういう賢い者は、ミヤ先生によって始末されることとなった。勇気あるものは、臆病な俺によって切られる。この魔物達の運命は死に向かっていた。その運命から逃れるには、俺という正面の敵を倒すしかない。魔物達がそう考えるのは必然であった。


 何せ、後ろには圧倒的な存在が控えている。俺を倒した所でミヤ先生という障害が無くならないのは明白であったが、魔物達はその思考を放棄して俺に向かう。考えることを止めたのだ。そんな奴らに負ける気がしない。俺はいつだって生を渇望してより遠くを見つめている。俺は生きたいからどんな状況でも生存の道を模索する。考えるのを止めない。だから負けない。当然だ。


 血が舞う。魔物の血。

 土壁に染みていく。そこから生えている植物達の、いい栄養になるのだろう。草木は青々と輝いている。

 血化粧を纏っても、その輝きは衰えない。血とは生きている者の中にあってこそ、輝く赤。その美しさを、比べるまでもない。


 「─────終わり」


 最後の一体。剣を振り下ろして、息の根を止めた。


 「意外と順調に勝てたな。次はもっと強い魔物にするか」

 「勘弁して下さいよ。見えないんですか? 俺、ボロボロなんですけど」


 作業服は傷だらけ。せっかく修復したのに、また直さなければならない。

 また俺の身体にも傷が出来ていて、血が滲んでいる。被った魔物の血の量が多くて判別は出来ないものの、血が出ていることは確かだ。何せ痛い。


 ミヤ先生は俺に布を手渡す。それで血の付いた部分を拭うと、嘘のように取れた。俺の世界の洗剤もビックリな落ち具合。布を観察してみると、小さな魔法陣が刻んである。その魔法陣をよく見ようとすると、何故か頭の中に入らない。見えるのに、具体的な形があるのに、それを認識できないのだ。○という図形を見ているのに、それを丸であると理解することは出来ない。そんな感じ。非常に不思議な体験だ。


 俺が驚いている間に、先生はスコップのような魔法具を取り出すと、地面に穴を作りそこへ魔物を入れている。


 早く手伝わなければならない。


 俺は素早く血を拭い、道中で採取した薬草を口に入れて咀嚼し、細かくしてから吐き出した物を傷口に塗った。細かくなり唾液と絡まった薬草は粘着性を持ち、傷口にベッタリと張り付く。そして直ぐに乾燥すると、簡易的な絆創膏のようになるのだ。凄く染みるけれど、血は止まる。血が止まれば飢えた魔物が寄ってこなくなる。非常に重要な作業だ。


 被った血の量も、負った傷の量も多かったので時間は掛かった。しかし倒した魔物の数も多い。ミヤ先生の作業を手伝うことは可能であった。魔物を掴むと、穴に放り込む。全ての魔物を入れると、始動語を唱えて大きな墓を生み出した。拳を眉間に当てて、黙祷。


 「どうせ、この墓も他の飢えた魔物に荒らされるんだけどな」

 「え? そうなんですか?」

 「考えてみろ。これまでに墓を見たか?」

 「────────ない、ですね」

 「腹を空かした者の前に、食料庫がある。つまりは、そういうことだ」


 それでも私達は墓を作るんだけどな。


 そう先生は呟き、歩き出す。俺は無言で彼女の後ろを付いていった。


 「って、あれ? 帰らないんですか?」

 「まだ時間はある」


 マジかよ─────。











 虫。


 ダンジョン内にもそれは存在する。

 どこから入り込んだのかは分からない。俺としては、ドラゴンがもっと複雑生態系を造るために入り込ませたと推測する。遊びが大好きである偉大なドラゴン様方ならば、やりそうなことだ。


 ドラゴンによって生まれた特殊な生態系の中で、虫もまた特殊な進化を遂げた。

 地上で人間に害を与える虫はいる。ただ、それは大したことではない。所詮は虫。所詮は『害虫』であり、丁寧に駆除をしていけば問題がない。


 ダンジョンで進化した魔物は、その次元を超える。凶暴性を増し、ダンジョンに挑む者を襲う。

 魔物ばかりに気を取られていてはいけない。虫もまた、ダンジョンの中では明確な障害なのだ。


 魔物とは動物を分類するために生まれた呼称。ならばそのような人間に害を与える虫を分類するため、新しい言葉が生まれるのもまた当然であった。


 魔虫。それが魔物とは違う、ダンジョンに現れる敵の名前だ。


 「ま、危険な魔虫は深部にしかいないから、今は気にする必要はない」


 ミヤ先生が掴んでいるのは、飛蝗に近い魔虫。

 前世の図鑑で見た群生の飛蝗よりも図体が大きく、翅が長い。先生によって捕らえられているものの、必死で脱出しようと暴れている。口をカチカチとならして威嚇をしているのだが、当然先生には効果がない。


 「見れば分かるけど、身体もまだまだ小さい。けど油断はするなよ? 中には小さいのに、とんでもない毒を持ってる魔虫がいる」

 「これで、小さいんですか?」

 「当たり前だろう。大きい魔虫は、私達人間よりも巨大な身体を持っている」

 「うぇぇ」


 現代っ子だった俺は、虫に触れ合う機会が少なかった。

 別に家にゴキブリが出たら潰すことは容易だったけれど、見ると気分が悪くなるのは事実。虫のアップの写真なんて見たら、正直吐き気を催した。それが肉眼で見れるなんて、最高である。絶対に会いたくない。

 今世で多少は耐性が上がったものの、まだまだ慣れてはいないのだ。


 「ほら、どっか行け」


 先生は前世基準で見るとデカイ、今世のダンジョン基準で見ると小さい飛蝗のような魔虫を放す。

 自由になった魔虫は長い翅を羽ばたかせ、宙を飛ぶ。俺達を襲うことはしない。命を優先したのだろう。そこら辺は好感が持てる。魔虫は空を飛んで、大きな大樹の枝に止まった。


 そう、大樹だ。


 まさか地下で大きな木を見る事になるとは思わなかった。俺達が現在いる場所は、巨大な空洞となっており天井が遠い。生えている木々は天井の魔法陣から降り注ぐ光を求め争い、より高くなろうと身長を伸ばしている。争う木々は多く、林となっていた。また、近くには大きな池がある。いや、湖だ。それほどに巨大である。水はキラキラと光っていて、綺麗だ。


 「あんまり湖には近づくなよ」

 「───危ないんですか?」

 「狩人がいるからな。掴まったら、水中へ捕らえられて終わりだよ」


 なるほど。確かに、地上の水源に生息する魔物がそのままである訳が無い。

 同じように、独自の生態系を生んでいるのだろう。絶対に近づかない。どんな強者だって、息が出来ない水中では直ぐに死が襲って来る。ましてや弱者なら。考えるだけでも恐ろしい。


 「しかし、壮観ですね」


 この空洞の中は、地上と殆ど変わらない。勿論違いは存在するのだけれど、そんな小さな違いなんて目に入らないほど。


 多くの生き物がこの場所を住処にしていて、ここにはある種の調和が生まれている。他の場所が混沌に包まれているだけに、それが強調されているのだ。


 なんと言うか、他の場所は直ぐに壊れそうな緊張感があり、それでいて新しい何かが生まれそうな期待感に包まれる混沌。

 そしてここは、決して壊れないような安心感と、変化のない心地よさに包まれるような調和。


 「ドラゴンはたまに、こういう場所を作るんだ」

 「何のために?」

 「さぁ? 気分転換とかじゃないのか?」


 ただ。先生は言葉を続ける。


 「私はダンジョンを探検していて、誰も見た事の無いような、こういう場所を見つけるとき。────────最高に、幸せを感じるな」


 ニヤリと、ミヤ先生は笑った。


 何の根拠もないのだけれど、その笑顔を見て俺は、先生が俺に何かを尋ねているように思えた。


 お前はどうよ? そう聞いているような気がした。


 「悪くないですね」


 だから俺は、素直にそう答えるのだった。

 先生は俺の背中を、バシバシと叩く。ダッグもそうだったが、力加減を考えてほしい。むせる。


 ダンジョンは怖いけれど、地上の旅ならばやっても良いかもしれない。

 よく考えてみれば、ここは異世界じゃないか。異世界に行ったら、旅に出るのは定石だし。


 見てみたいな。見た事の無いような、景色を。



 勿論、命は最優先だけれど。



 「あはははははっははっはあっはああ!」

 「ウボッ! ゴホッ! ちょ、まッ! 楽しくなってる!? や、やめ、ウェッ!」

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