こんな女とそんな男
『こんな女とそんな男』
珍しく早めに家に帰ると、九恵がヨガのポーズを取りながらダイエットに励んでいた。
「おかえりなさい」
逆さのままでそんな事言われても、嬉しくは無い訳だけれど、挨拶は挨拶だ。
「ただいま」
九恵は逆さのままだった体勢を新体操のように、立ち上がるとテーブルの前に座る。
「待ってました」
「それよりも、何故俺はお前がここに居るか知りたい」
同棲だと思われても困るが、別に同棲では無い。
九恵と俺は、ただの同回生であり、しかも友人の友人という微妙な位置に属している関係だ。しかも風変わりな事でも有名で、こいつは部室だとか、研究室とかに泊まり込む癖があって、一切家に帰らないという謎の女なのである。
「嘘を吐いても仕方ないから結果だけ言いますけど研究室から追い出されました」
「部室は?」
「サークル壊滅させた」
「意図的にッ!?」
びっくりを通り越して呆れかえる。
「じゃあ家帰れよ」
「家が無いから困ってるんじゃ無いですか」
「そんな事、堂々とのたまってんじゃねぇよ」
「聞いたのは貴方でしょう。私としては、しょうがねぇなぁって言ってくれるものばかりだと思っていたのに……頭で数十という数の感謝の言葉をどう処理してくれようか!」
「そう言われても、興味の無い女に話す言葉もねぇよ」
「じゃあ私に興味を持ってください。話はそれからです」
「じゃあ興味を持つから、何か話してくれ」
「それは困ります。私の頭の悪さが露呈されます」
「嘘吐け。院生になって准教授にならないかって噂話を聞いた事があるぞ」
実際にその現場も数回目撃している。
教授が何度も九恵を引き留めて、その度に九恵は素っ気なく返している印象ではあったが。
「それは別件です」
「別件?」
「身体を売って生活をしのいでいた時の話ですね」
とんでもない爆弾発言だった。
「ちなみに五千円でした」
見た目として五千円は安い気がするが、まぁそういう女も居るのだろう。
「安いな」
「不感症だからでしょう。初めてを捧げた男性に面白味の無い奴っていわれましたし」
「それはまた波瀾万丈な人生をお持ちで」
「貴方は無いのですか? そんな話」
「下ネタって事? それもと不幸自慢?」
「どちらでもいいです」
「童貞を捧げた時、3Pだった」
「なにがあってそんな状況に?」
「ヤリマンの先輩に頼むときに、二人ならいいって話になって、友人連れてそのまま流れで」
人生の汚点だったように思う。
そもそも高校の時は何故、あそこまで焦っていたのかと思う。
男というのは見栄を張りたい生物だからかもしれないな。
「痛い話ですね」
「お前に言われたら終わりのような気がする……とりあえず腹減ったんで何か作るか。何か食べたい物とかあるのか?」
「食事に対してあまりこだわりはないんですけれど、もう少し貴方と喋っていたいです」
「何をそこまでして喋りたいんだよ」
「さぁ? ただ喋れば分かる話です」
「……じゃあ出前でも頼むか。それなら話をしながら腹もふくれる」
「それは確かに良い考えだと思います」
スマホを取り出して操作する。最近はピザ屋専門のアプリなんかもあって、凄く便利な世の中になったものだと思う。
ただその分、スペック不足が気になり出すわけで、そうなると最新機種にしたいのは世の中の大勢の考えだろうけれど、パソコンと同等かと言われるとまた、別だよな。
「ハーフにするから、何かこの中から食いたい物あるか?」
「辛いのがいいです。このハバネロペッパーとか良さげですねぇ」
「ならそれにするか……サイドメニューは? おれパリパリサラダ頼むけど」
「私もそれで。ついでにポテトとコーラあれば嬉しいです」
「ポテトはクーポンあるからそれでいいだろう。コーラ、コーラと」
スマホを操作して、品物をタップしていきながら最後に会計と。
「三十分くらいだってよ」
「分かりました」
「じゃあまぁ来るまで酒でも飲むか」
立ち上がり、台所へと向かう。
確か、徹麻する時用に果実酒とカクテルがあった気がする。
「いいんですか? 一応きいておきますけれど私は盗人だったかもしれないですよ?」
「あーそういえばお前、勝手に入ってたな。あれどうやって入ったんだ?」
「ピッキングしました」
「それはまた豪快だな」
不揃いのカップを持って、指の間に果実酒とカクテルを挟む。
「私も手伝います」
「そうしてくれるとありがたい」
九恵が立ち上がり、コップと酒を持ってくれる。
その間に、氷がまだ残っていたので、氷と……あ、チーズがあるじゃん、チーズを持ってテーブルへと向かう。
「流石にヤンデレだったら帰ってくれって言うけどな」
「ヤンデレ?」
「一般的に病んでるツンデレって話だが、まぁ愛しすぎて監禁したとかそんな奴」
「行き過ぎた愛情表現でしょうか? ストーカーみたいなものですね」
「おおむね、その解釈でいい」
「ヤンデレだったら何故困るんです?」
「だって最終的に死ぬの一択しかないからな」
「……なぜそうなるのでしょうか?」
「だって違う女と喋っていても嫉妬の対象となるんだから、何もできないだろう? それなりの生活をする上で女性と喋らないことなんて無いだろう? それこそ五割の確率で死ぬぞ? 人類の半分は女なんだから」
「それもそうですけれど。しかし嫉妬は誰しもがもっている感情では無いですか?」
「どういう事?」
「例えば、私だって彼氏が違う女と話していて嫌な気分になりますし、例えば会社で女上司と二人っきりだと言われたら気が気では無いわけです」
「それは普通な事だと思うよ? でもヤンデレはそれで相手を殺してしまったり、監禁したりするんだぜ?」
「我慢できない今時の若者って事ですかねぇ」
「ある意味では間違いではない気がするな」
氷が少し溶け始めている事に気がついて、あわててコップに酒をつくる。
「ほれ」
「ああ、ありがとうございます」
自分のグラスにも氷を入れて、酒をつくる。
あとは氷だけ冷やしておこう。
立ち上がり冷凍庫に氷を入れる。
「あ、チーズ開けといてくれ」
「わかりました」
ふと去り際に食器棚の上にポテトチップスがあった事を思い出し、取る。
「何か宴会みたいになったな」
「ですね」
「そういえば、前々から聞きたかったんだけど、九恵ってミスキャン二位だったよな」
「……そう言われた時期もありました」
「何故、やさぐれる……あ、とりあえず乾杯」
「乾杯。なんと言うか、あのミスキャンは間違いでエントリーされてたんです」
「間違い?」
「ええ。私自身そんな高い女とも思ってませんし、自分の価値もさほどないと思ってるんですけれど、あのときは実行委員という方が、全新入生は必ずエントリ―されてるからって事でエントリーさせられて、何故かそのまま推薦もらって、気づけば二位でした」
「一位は誰だったけ?」
「真幌さんです。今は確か……教育学部の方で勉強されてると思いますが? 確か来月には教育実習が始まるはずです」
「ああ、確かそんな名前の人だった。工学の方では全く会わないからなぁ」
「確かに別館ですし、私たちは裏門から入りますからね」
「片や教師で、片や売女とはこれいかに?」
「どーしてこうなっちゃうんでしょうか? 生きる事の難しさです」
「確かに行きにくい世の中だとは思う。それなりにツライものがあるよな」
「大変なんです。それに金も必要になってきますし、まだ女性って事で楽させて貰ってる部分はあるかもしれませんけれど、一つ間違えば私は家無しですからね」
「今現在も家なしだけどな」
「そう言われればそうでしたね……」
「お前はもう少し自分を大切にするべきだと思うぞ?」
「大事にしているつもりですよ? でも世間の荒波がそれを許してくれないわけです」
「そういうものかなぁ」
「そいうものなのです」
「何で、お前家なしなんだ? 元はあったんだろう?」
「人を産まれてから家無き子みたいに言わないでくださいよ。あぁ中島みゆきを歌わないで! 泣きたくなります」
「いや、歌ってないけどな」
「頭には流れたでしょう。まぁ私実家が大阪なんですけれど、大学行くって無理矢理実家から出てきまして、それでこんな状態になったんです」
「それはまた凄いな。じゃあ学費とか自分で払ってんのか?」
「ええ。払ってますよ。一応特待生として学費の一部はカットされてますが。あとは奨学金を貰ってます」
「すげぇな……どうりで頭がいいわけだ。身体緩いのにな」
「そのちょくちょく人を小馬鹿にするの止めませんか! 私、意外と涙目ですよ!」
「そんな事言われてもな。頭良かったのに淫売とはこれいかに?」
「頭が柔らかい反面、身持ちも柔らかかったって事ですかね」
「上手いこと言ってんじゃねぇよ」
その時に、インターフォンが部屋に鳴り響く。
「はーい」
テーブルに置いていた財布を持って玄関を開ける。
赤い服を着た笑顔の男性が、ピザを持って現れた。
「どうもーピザネットです。お先に商品の方をお渡ししてもよろしいでしょうか?」
「ああ別に構わん」
「ハバネロペッパーと七種のチーズのハーフがお一つと、パリパリサラダがお二つ。コーラとガーリックポテトがお一つずつで、以上で三千六百円になります」
「はいはい」
財布から五千円を取り出して渡す。
「はい、おつりが千四百円になります。ありがとーございました」
受け取ったままのピザをテーブルに置くと、コップ片手に九恵が本棚を見ていた。
「……凄い蔵書ですね」
「本は知識になるからな。人生何度もやり直す訳にもいかないしな」
「おお……京極シリーズ全巻あるじゃないですか」
「正確には京極堂な。あと百鬼夜行シリーズな。どちらかと言えば巷説百物語のほうが好きだがな」
「だいたいどちらかに分かれますよね。京極堂か又一かで」
「京極堂は姑獲鳥が合わなくてね。それで巷説から入ったんだよ。そしたら魍魎が凄く読みやすくて面白くて、そこからだな。姑獲鳥をもう一度読み直したのは」
「確かに読みにくいと言われるとそうかも知れませんが、あそこまでのワクワクも珍しい作品ですよね」
「あれを高校の時から考えていたっていうんだから凄い人だよ。ただやはりミステリで素晴らしいと思うのはアガサクリスティだけどな。そして誰もいなくなったは完全犯罪作ろうとした結果だな。偽装死と自殺で完全犯罪は立証されないって事だな」
「凄く失礼な言い方をした気がしますよ?」
「そう思ったんだから仕方が無いだろう?」
「分かりますけれど、あれはまた卑怯なようにも思いますよ? 読者誘導というか、刑事がそう仕向けたようにも思います。思考トリックといいますか」
「誘導尋問みたいな感じって事か?」
「そうですね。そう思えざる終えないという感じです」
「ミステリなんてどこもそういう物じゃ無いか? 語り部が騙される訳だし、それにあやかるというか、そうあるべき物として事件を見てしまうような気がするが?」
「そうでしょうか? ではゲームでもしますか?」
「テレビゲームは置いてないぞ? 高いし」
「何でさっきの会話の流れでそうなるんですか? 推理ゲームです」
「まぁ構わんが……」
「では参ります。とある大学の新歓コンパに女三名の新人が入りました。名前は……遙、京華、六花としましょう。その三名は出身地、趣味、趣向など全然バラバラなのですが、一つの料理にだけ手を付けませんでした。それは何でしょう?」
「ふむ。勿論ある程度はYESNOで答えてくれるんだろう?」
「そうですね。五問までは答えましょう」
「……そいつらの嫌いな物も全員が違いますか?」
「YES」
「……洋食屋ですか?」
「NO」
「……それは誰もが作れるものですか?」
「YES」
「その子達は地方から出てきましたか?」
「YES」
「その子達は一人暮らしですか?」
「YES」
「……肉じゃがだな。おおよそ家に帰りたくなるけど、頑張って大学に入ったんだから帰れないって意思表示もあるだろうが、そんなものだろう」
「正解ですね。まぁ肩慣らしですから、次に行きましょう」
「おお、どんと来い」
「では参ります。AとBは親友同士でした。しかしBは自殺します。その姿を最後までAは見ていました。それは何故ですか? 今回は質問は十まで回答ありとします」
「これはまた難しい質問だな」
「そうですか? そう言われると嬉しいですね」
「……AとBに遺恨はありましたか?」
「NO」
「……道具を使っていますか?」
「YES」
「……突然死ですか?」
「NO」
「……Bが死ぬ理由はありますか?」
「NO」
「……Aは死ぬ事を分かってましたか?」
「YES」
「……Aは苛めをうけていましたか?」
「YES」
「……Bはその苛めに荷担してましたか?」
「YES」
「……Bは死ぬ事を覚悟してましたか?」
「NO」
「……Aは死ぬ事を覚悟してましたか?」
「YES」
「……AとBは入れ替わってますか?」
「YES」
「AとBの入れ替わりだな。Bは最後まで死ぬ理由なんて無かった事から、元親友の頼みを断り切れなかったんだろう。殺し方は絞殺で間違いはない。自殺に見せかけて居る事から首つりで間違いはないと思う。ただ……Aは何故Bを殺すに至ったがが分からない。苛めだろうが……苛めを苦に殺した?」
「推理的にはばっちりですが、動機まで考えますか?」
「ウミガメのスープの自殺の動機を調べただろう? ならば考えたい」
「では質問を五つ付け加えますか?」
「頼む」
「分かりました。では動機を見つけて見てください。私はその間にピザを食べます。冷めます」
「俺も食う……Aは苛められて居る事に不満があった?」
「NO」
「……Aは苛めを受け入れていた?」
「YES」
「……BはAの事を拒絶した?」
「YES」
「……Aは女の子か?」
「YES」
「……そういう事か」
「あれ? 最後まで質問使わなくていいんですか?」
「……いや、もう分かった。告白して振られたんだな。苛めは受け入れているという時点でBとは苛めの関係性は薄かったんだな。クラス内苛めだが、Bは荷担していただけで、主犯って訳じゃなかった訳だ。そして元々親友というのは幼なじみであり、振られた事から愛情が憎悪に変わったか」
「そうです。その通りです。凄いですね。入れ替わりトリックは見破られないとおもったんですけれど……特に語り部は嘘を吐かないという理由をぐるりと変えてますから」
「いや、それは前の問題でミスリードだと気がついた。特に名前を言わないという事が気になった。前回の質問では女性、名前等は答えているのに、今回はAとBだろう? 名前を出すと不都合だったんだろう。その辺りでおかしいと気がついたよ」
「流石ですね。じゃあ次の問題です」
「おう、どんどん来い」
「ある女性が男性の部屋に無断で入りました。何故?」
「……そ、それは」
「今回は質問は十とします」
「……そいつには家が無かったから?」
「NO」
「……今日は俺の家でなくても、泊まるところはあった?」
「YES」
「……何か理由があった?」
「YES」
「……それは学校とは関係ない?」
「YES」
「……俺個人の問題?」
「YES」
「……遺恨?」
「NO」
「……恋愛感情?」
「YES」
「……一目惚れ?」
「YES」
「……でもこの行為はストーカーって言うんだぞ?」
「YES」
「…………今日泊まってくか?」
「はい」
「くそ、何か負けた気分だ」
「動機とか聞きます?」
「いらんわ。なんだよぉ推理ゲームじゃねぇじゃねぇかよ」
「ふふ。という訳で今日はかわいがってくださいな」
「……なんだか凄く嵌められた気分だ」
「動機聞きます? 聞きます?」
「……聞こうか」
「愛して居ますよ。心から愛しています」
「お前はヤンデレになりそうだなぁ」
「そうですね。その毛はあるかも知れません……でも大丈夫です。愛してください。その分、貴方を愛しますから」
殺されないように気をつけよう。それこそ、別の女の子と喋らない位には気をつけよう。
会話文のみで作品を作ろうとして壮大に失敗した作品。
消すのも惜しいので、とりあえず完成を見たわけだけれど。
ただ。これが恋愛か? と問われるとジャンル間違いじゃないかなとすら思う。
つうかジャンルってなんだ。必須か? ロボット出てればSFか? 異世界いけばラブラブか? ネットでは神か?
まぁ久しぶりの投稿でちょっとテンションが上がってるのかもしれない。
とりあえずは、ここまで読んで頂いてありがとうございました。
やはり小説って楽しいね。書くのも読むのも。