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その3


「――わかった?」

 わたしは先週と同じ池袋東武百貨店十六階のビアガーデンの同じテーブル、同じ席、わたしの右隣に座るヘルメットを被るのにバイクの乗らないヘルメットに、バイク乗りのかっこよさと、今日あったことを全部説明してやった。

 もちろん、わたしの正面のタイガーにも、左隣の馬にもだ。

 だって、わたしが最後にここに来て、おでこの冷却シートを見たら、

「新しい被り物ですか?」「お似合い、ですよ」「……ださ」

 ヘルメットに小馬鹿にされ、タイガーに変なベクトルで褒められ、馬には真っ向から存在そのものを否定された。なんだこいつら。デリカシーがないぞ。

 紙袋を意地でも脱がない意地は簡単に捨てられたけど、夏喜チーフに貼られた冷却シートは意地でも取らない。今日お風呂入るまで、三人に見せびらかせてやるんだから。

 恥ずかしくても、電車に乗ってる間も勲章のように見せびらかせてやった。これは夏喜チーフに貼ってもらったものだぞーって。

「あ、そうそう。先週言ってた『人間というのは、宇宙人なんですよ』ってなに?」

 背もたれに体を預け空を見上げるヘルメットは、首を向けぬまま、空を指差した。

「ぼくは、宇宙に宇宙人がいるかなんてどうでもいいと考えています」

 わたしもどうでもいいけど、洋画とかだと宇宙人は当然のように出てくるよね。

「ぼくたち人間は人間のことすらわからないのに、宇宙人と邂逅なんてするのは一生無理なんです」

 空に伸ばした手を、ぎゅっと握る。

「でも、宇宙人は存在するんです」

 さっきから話がループしている。

「ぼくはここにいる三人のこともよく知りません。それどころか、自分のことすらよくわかりません。そこで、ぼくが考えたのはぼくたちそのものが宇宙人なんじゃないかっていう説です」

 ここのからあげが気に入ったのか、目の前に三皿並べてビール片手に、完全に食事モードのタイガーも、今日はもうパソコンを開いて、体にディスプレイの明かりを反射させている馬も、静かに手を止めてヘルメットの言葉に耳を傾ける。

「人は他人を理解する前に自分を理解しなければなりませんが、ぼくはぼくのことがわかりません。ぼくはなんでこの地球に存在しているんでしょうか?」

 初めて、ヘルメットの中の顔が――心が見えた気がしたけど、そんなのわたしにもわからないよ。

「あ、わけがわからないから死にたいと思っているわけではありませんから安心してください。でも、地球にいてわからないのだから、宇宙に出ればとは思っています」

「宇宙飛行士にでもなりたいの?」

 昨今、日本人宇宙飛行士が何人も宇宙に旅立っている。

「いいえ、飛行機すら乗れない高所恐怖症&閉所恐怖症です」

「ヘルメット、それは被っていてもいいの?」

 それも相当、自身の見える世界を狭めている閉所要因だと思うんだけど。

「……紙袋さん、先週の、ぼくたちとのここでの出会いを覚えていますか?」

 忘れるわけがない。

 わたしがいつもの笑顔で春人の別れ話を聞き、その足で彼女のところに行くのを見届け、わたしはどうやって帰ったかわからないまま自宅まで帰り、一睡もせぬまま翌朝を迎え、出社し、気がついたら準備していた辞表を提出して、社長の小言を笑顔で聞きながら、わたしは正式な退職手続きをした。

 机の周りを片付け、一人一人ではなく、職場にいた全員に――呆然とする春人のなにかに恐れたような顔を見て、笑顔でお辞儀をして、ダンボールを抱えて会社を出た。

 そして気がつけば池袋のここにいた。

 春人がわたしが成人したら、ここで一緒に飲もうと教えてくれた、大きなビアガーデン。

「わたしが泣いていた」

「空を見上げて泣いていたんです。紙袋さんは見上げることに慣れてしまっているんです。だからこそ、先日の紙袋です」

 あの紙袋、わたしは律儀に今日、持ってきてしまっているがバッグの中。

 三人がいくら被り物を被っていようと、わたしまで同じ土俵に立つ必要はないと考える。

「人間は他人も自分も見えすぎてしまうから、余計な部分を隠してしまいましょう。そうすれば、きっと泣くことも許されるし、周りを気にすることもありません」

 ヘルメットの奥の表情はわからない。

 言葉の感情を心電図に例えると、ずっと止まった心臓のように真っ直ぐに上下動もしない真っ平らで真っ直ぐ。

 でも、わたしにはわかった。

 失うことも、得ることも同じ。

 隣の芝は家の芝よりも青く見えるというやつ。

 隣の芝は自分の家の芝よりも青く見え、欲しくなってしまうことがわかるから、そこに欲しいものがあるとわかっていても、見て見ぬ振りをし、見てしまったら忘れようと必死に心の奥に仕舞う。

 今は、わたしの心の中には春人と夏喜チーフがいる。

 もっと、夏喜チーフとの思い出や記憶を作って、重ねたら、わたしの中から春人は消える。

 ヘルメットはそれをしない。

 わたしたちは、失恋というものを別の新しい恋をして、上書きして消すことができる――わたしはまだその過程にあるし、ちゃんと付き合って、失ったのは初めてだから心の修復には時間がかかることは覚悟している。

 小学生のときの初恋は片思いで終わり、中学生のときに好きになった男の子は別の女の子と付き合いだして、告白する前に失恋。

 思い出は重ねた分だけ、失ったときに大きくなって自分に跳ね返ってくる。

 わたしの、たった三ヶ月だけど、今までの一方通行の恋とは比べ物にならないほどに、蜜月な日々。

 わたしが苦しみと悲しみに押し潰されそうになりながら空を見上げて涙を流したことが、ヘルメットにはできない。

 すべての感情をヘルメットの奥に押し隠した。

「……ヘルメットは、その中で泣いているの?」

 初めて会ったとき、ヘルメットは恋をしていたと言っていた。わたしと同じ、過去形だった。

「どうでしょう。でも、考えられるし、悩めるし、泣くこともできる。空を――宇宙を見上げることもできる。それなのに、ぼくがどんな顔をしているか、周りの誰にも気付かれない。世界と情報を遮断した便利な装置です」

 それってすごく孤独で寂しい考え。

「ヘルメットは、新しい恋、しないの?」

「人間は宇宙人を理解できない。人間は同じ人間すら理解できない。それどころか、自分すら理解できないぼくは、誰かを理解し、愛することもできないのかもしれません」

「寂しくないの?」

「寂しいですよ。ですから、ぼくは同じように恋に悩める人に声をかけて、集めて、他の方の恋が成就したら祝福をしているんです。この紙袋さんが命名した『宇宙人の集会』を作ったのはぼくですから」

 自分の恋ができないから、人の恋を応援して、成就したら一緒になって喜ぶ。

「それって――」

 本当に幸せなの?

 そりゃ、友達が好きな人と結ばれたら嬉しいけど、それってさ、その人の成就した恋を喜べるのって「わたしも!」って元気をもらえるからだよね。

 ヘルメットは恋を諦めても、絶望もしてないと思う。

 本当に恋をしたくないぐらいに過去の恋で傷ついたのなら、他人の恋でも見ていたくないもん。って、こんな恋愛初心者のわたしが偉そうに語っても生意気って言われるだけ。

 幸せとかどうとかじゃなくて、ヘルメットは恋をして傷つくのが怖いんだよ。

「ヘルメット、それってさ――」

「もうやめろ」

 わたしの左隣、ヘルメットの正面に座っていた馬からの鋭い声にわたしは、びくりと震えてしまった。

「もう、やめろ。紙袋、おまえは失恋をしてすぐに恋を見つけて、毎日が楽しいかもしれない。でも、傷ついた心ってのはな、そう簡単に治るもんじゃないんだよ。ここは他人を詮索しないってルールだ。おれたちは、本当に他人に頼りたくなったら知恵を借りる。自分から心を開いたときは、他人にとやかく言われるのもいいかもしれないし、自分の思いを先のおまえのように、ぺちゃくちゃ他人に話したくなるだろう。でも、他人に外から心を開かれて、それで誰かに恋をして、それが失敗してしまったら、おまえは開けっ放しの心のドアを閉められるのか? その責任を取れるのか? それとも、その隙間を埋めるために、おまえ自身が入るか?」

 人に恋をさせてしまうのは無責任ってこと?

 わたしの中に寒気のようなものが駆け巡った。

 わたしは、自分に好きな人が出来たからって、浮かれていたかもしれない。

 恋をする喜び、楽しさ、日常の風景の見え方の変化――でも、それを失ったとき、日常は日常ではなくなり、地獄となる。

 春人と恋をしていた時間は天国。春人と別れた後の時間は地獄。

 毎日を生きているのすら辛くなるし、いっそ死んだ方が楽なんじゃないかって思うこともあったけど、臆病者のわたしは春人に別れを告げられたとき、春人に好きな人がいたのはわかったから食い下がらなかったし、死ぬようなこともできなかった。

 他人に嫌われることは死ぬことよりも怖い。

「ごめん、ヘルメット……。わたし、馬の言うように浮かれて、ヘルメットの過去のこととか全然考えてなかった……」

「いえ、気にしないでください。ただ、あんまり他の方には無理強いはしないであげてくださいね。告白をするのも、恋をするのも自分のペースです。紙袋さんが失恋から四日で恋をしたのも、ぼくたちは素直に『おめでとう』と言うだけです。今日はそのための集まりなんですから。紙袋さんが主役なんですよ」

 普通の人から考えたら、会社を辞めてしまうぐらい失恋で傷ついたら、すぐに立ち直って、新しい恋なんてできないだろう。けれど、わたしはしてしまったのだから仕方ない。

「そ、そうですよ。楽しく、いきましょ」

 静観していたタイガーも、ほんわか笑った。

「主役は遅れてやってくるって言うが……その言葉の通りに遅れてやってきたしな」

 馬もいつもの調子で皮肉を言っている。

「そ、それはおでこをぶつけたり、洋服を選んだり……。女には色々と準備があるんだよ。それにここ遠いし」

 八王子から池袋まで地図で見てもわかるように、急行と特急にタイミングよく乗れないと結構時間がかかってしまうのだ。

「そう言われれば、今日はスーツではなく、私服ですね。お似合いですよ」

 さすが、タイガー。「年の功」と言われるだけあって女を褒める術を知っている。

 実際、スタイルもファッションも自信のない北海道出のわたしの東京ファッションを褒められれば、嬉しくて犬なら尻尾を振っている。

 とはいえ、まだ二回しか給料をもらっていないわたしは東京で買った私服は少なく、夏の薄着でスーツに合わせる透けない肌着やソックスなんかを率先して買ってしまっていた。

 そんなわけで、今日のファッションは数少ない夏のおでかけ用、デニムショートパンツと体型カバーのためのゆったりスモック。激安で有名なファッションセンターで上下まとめてコーディネート。

 中学生のときに憧れた渋谷の109なんて指を銜えて外から見ることすら叶わない、わたしには場違いでお財布に厳しい、東京の最先端のファッションビル。

「ありがとう、タイガー」

「いいえ、大人の男として、当然のことです」

 かっこいいセリフを言っても気障ったらしく聞こえないのはビール片手のせいなのだろうか。よくわからないけど、女は褒められれば嬉しいものだ。

「似合いますよ、そのだぼだぼ」「サイズ合ってないんじゃないか?」

 タイガーに負けじと、ヘルメットと馬がセリフを棒読みするかのように、心の篭っていない褒め言葉にすらなっていない褒め言葉のつもりの言葉を言ってくれた。

「はい、二人はしっかーく!」

 メールもだけど、本当に三人とも、自分らしさそのままで全然着飾ろうとしない。

 そりゃ、わたしたちは合コンをしているわけでもないし、その必要はないんだけど、たった一人の女のわたしを褒めても罰は当たらないと思う。

「タイガーが一歩リード」

「それは、嬉しいですね」

「食べる手を止めてくれたら、パーフェクトだったよ」

「ああ、それはすみません……」

 ぺこぺこ謝りながらも箸を放さないタイガーを見て、わたしは堪らず笑ってしまう。

 三人とも真面目なのか不真面目なのか――真剣にふざけているのか、それが当たり前の素顔なのか、被り物の下の顔を知らないわたしには探る術も、知る必要もない。

 わたしが声に出して笑えば、ヘルメットも馬も、きっと被り物の下で笑っている。



 ヘルメットは飲み物と、からあげや枝豆が一皿になったパーティーセットとチヂミやソーセージを注文したので、わたしはサラダを注文させてもらった。

 揚げ物ばっかり食べるタイガーはサラダを食べさせないと、コレステロールの結晶体になってしまう。

 偶然の出会いで知り合ったわたしたち四人は、共通の話題がないどころか、わたしが話を振らなければ会話もない静かなただのタイガーだけの食事会。

 プライベートに踏み込まないルールを踏まえて話を振るのは結構至難の技で、わたしは早々に挫折しそうになったけど、空を見上げるヘルメット、食べることに夢中なタイガー、たまにパソコンを弄るかぼけっとなにを考えているのかわからない馬。

 これはこれでいいのかもしれない。

 わたしが適当に話を振っても、適当な相槌を返すヘルメット、真剣に食べながらちゃんと聞いてくれるタイガー、聞いているのかどうかすらわからないんだけど、たまーに反応というより反論してくる馬。

 実に面白い。面白すぎて、愚痴の一つも言いたくなる。

 三人のことはいくら言っても悔い改めることをしない、馬の耳に念仏っていう言葉がピッタリの三人なので、春人のこと。

 でも、喋り続けると、いつかそれは愚痴から思い出話に変わっていて……。

「まだ、好きなのか?」

 不満げに馬が尋ねてくる。

「そ、そんなわけ――ないと思うよ」

 ふん、と声に出しておらずとも、馬の被り物が前後するだけでため息を、その被り物の中で漏らしたことはわかるんだよね。

「いつか、その辛い出来事も、記憶も、ただの思い出、経験として笑顔で語ることができるようになるさ」

「うん……」

 なんか、馬にまともなことを言われると、素直に頷いていいのかわからないから困る。

「本当にダメなのは、過去の失敗を認められず、振り返ることせずに生きる人間だ。過去を振り返れない人間は経験をすべて無駄にする。後悔をしないってことは、自分を顧みない、反省もなにもしないやつだ。そういうやつは絶対に成功しない」

「勉強になります」

 手の平に、指でメモメモ。

「……まあ、女の未練たらたらはうざったいだけだけどな」

 今度はちゃんと、ふん、と声になっていたのが馬の被り物の奥から聞こえた。

「かわいくないやつ」

 横向きの馬の顔を指で突付いてやる。

 でもさ、一般論だけど未練っていうなら男がうじうじしてたら、うざったく女性は思うんじゃないかな。わたしにはわからないけど。

「泣くことは成長だ」

「いただきました、馬さん名言語録」

「……まあ、泣く女ほどうざったい女はいない」

「だから、一言余計だって」

 馬はしゃがんで足元のリュックを拾い上げて、中身を漁り、白いなにかを手渡してきた。

「女の涙は男には毒だ。だから、泣きたくなったら、これを被れ」

 なにが出てくるかと思いきや、みなさんの想像に違わぬ紙袋です。しかも白。

「茶色との違いは?」

「通常版と限定版だ」

「だから、その違いは?」

「自分で考えろ」

 馬がなにを考えているかわからないけど、今に始まったことではない。

 ありがた迷惑だけど、せっかく夜なべして作ってくれたんだから、ありがたくもらっておこう。

 しかし、今どきの女の子のバッグの中に紙袋が二枚(視界確保用の穴あり)って、どこのデパート勤務の人間でも、持っていないだろう。

「でもね、馬。わたしはもう泣かないようにがんばるよ」

 振り向いた馬に、わたしは最高の笑顔を見せる。

「いつまでもくよくよしてられないし、笑顔でいれば見える世界も変わるもん」

 仕事を辞めたあのとき、東京の生活に拘らず、北海道に帰ってお見合いをすることだってできた。

 でもね、わたしはこの三人に出会って、悩むのがアホらしくなっちゃったんだ。

「上を向いて生きよーう」

 わたしは意気盛んに拳を天に突き上げる。

 空を見上げながら携帯を弄っているヘルメット。見えてるの?

 近くの席で開かれる女子会と思わしき女の子に視線をロックオンしながら空のビールジョッキを傾けるタイガー。怪しすぎだよ。

 わたしを見ながら、「こいつなに言ってんだ」って被り物の下で、そんな顔を作ってそうな馬。顔が見えなくてもわかるんだよ、あんたの顔色。

「あんたって無表情の割りに優しいんだね」

「無表情なのは被り物だからだろう」

 そうじゃなくて、馬の心や表情、全部声音に出てるんだよ。

 ヘルメットを気遣うのも、年の離れたタイガーに馴れ馴れしく接して垣根を取っ払っているのも、このわたし命名の『宇宙人の集会』を作ったのがヘルメットであっても、ヘルメットはぼけっとしてばかりだから、馬がそうやって無愛想に気配りして、みんなを繋ぎ止めているのかもしれない。

 馬がいなかったら、わたしはタイガーのことを怪しいおじさんと思っていたかもしれないし、ヘルメットの心の傷をぐりぐり抉っていたかもしれない。

「ありがとう」

「……ふん。作り笑顔以外も、ちゃんとできるんだな」

「できますよー。これでも接客業ですから」

 べー、と意地悪な馬にあっかんべー。

「おお、物凄い美人が現れた」

 あっかんべーをするわたしを真正面に見て、驚き声を棒読みしている馬。

「馬は役者になれそうだね」

 この三人の日常ってどんななんだろう?

 空を見ているのが好きなヘルメットに似合う職業はデパートとかの屋上に浮かぶバルーンを管理する人とか。

 お財布にお金をいっぱい入れているタイガーは社長とか。社長が職業じゃないことぐらいはわかるけど、イメージ的に不動産屋さんとか。

 無愛想な馬は交通量調査とかでいいや。

「おい、今、失礼なこと考えなかったか?」

「え? そんなことないよー」

「おまえ、顔に全部出てるぞ」

「うそっ!」

 わたしはいつも笑顔でいるのが特技のようなものだったのに、三人のことを妄想するわたしはにやにや、怪しい顔をしていたのだろうか。

 咄嗟に頬を触って持ち上げてみても、わたし、どんな顔で出ているのかわからない。

「うそだよ。でも、なにか考え事してるとき、ぶつぶつ口を動かしてるから、紙袋の名の通り、紙袋で顔を隠せ」

「意地悪」

 馬の横顔に文句を言うも、我関せずの無視状態。

「ははは、お二人は仲良しですね」

「よくない!」

 タイガーの茶化しをわたしは真っ向から否定させてもらった。

「で、ヘルメットはなにしてるの?」

「おい、だから詮索は――」

「詮索じゃなくて、雑談だよ」

 パソコン画面を絶対に見せてくれない馬に言われる前に、わたしはそれを遮って、今日は見上げる空との間に挟んだ携帯電話を見上げているヘルメットに興味がある。

 本を読むとき、暗いところとか、下を向いてたら目が悪くなるって言うけど、屋外で、空に向かって携帯の画面を覗くのも、目悪くなるんじゃないかな。

「いえ、潮時なので、お二人にもここでお知らせさせていただきますと、彼女が――ニールが渋谷に出てきて、今、こちらに向かってます」

 ニールって人の名前かな。

「もうですか」

 その名前を聞いてタイガーが珍しく困ったように笑った。

 それに対して、こういう話題になら文句の一つも呟きそうな馬は、きゅっと口を噤んでいる。馬の被り物の口は開閉自由のボタン式に改造されているけど。

「ぼくは迎えに行きますので、今日は解散でいいでしょうか?」

 この集まりのもう一人――四人目、ヘルメットに告白をした女の子、ニール。

「わたし、会いたい。会ってみたい」

 実に興味そそられる。

 こんなヘルメットに告白したのもだけど、こんな変な会にいるってのも。

「紙袋さんがですか?」

 ヘルメットが驚いている。

 タイガーも馬もわたしを見て、なにか考えている。

「なに? 文句あるの? そのニールって子は女の子なんでしょ?」

「いえ、お気を悪くしたのなら謝ります。ただ、ちょっと色々と問題を抱えてる子でして、取り扱いが難しいと言いますか」

 一週間前のわたしにしてみれば、この三人以上の問題児がこの地球上に存在するとは思えないし、今でもその考えは変わらない。

 もし、この三人より変な女の子なら、それこそ正真正銘宇宙人なんだろう。

「女の子だから、女性の紙袋さんを会わせるのは、なにかと問題が起きそうな」

 問題を抱えてる子とわたしをぶつけて、更なる問題を起こされたら面倒って?

 そこまで言われたら無理矢理にでも会ってみたい。

 東京に女の子の友達なんていないし、仲良くなりたい。

 この三人を知る女の子なら、この三人に対する愚痴や文句をたくさん語り合える気がするんだ。女の子なんて、総じて噂話好きだしね。

 この三人の目の前でだって、文句をぐちぐち言ってやるんだから。

「正直言いますと……彼女は世間一般的にかなり特異な立場にありますので、あまりずかずか踏み込まないであげてほしいのです」

「わたし、そんなに三人に対して失礼なことを言ったりしてた?」

「自覚がなかったの?」

 馬が心底驚いている。

「でも、久しぶりの女性ですし、彼女に会わせるのも面白いかもしれませんよ」

 タイガーはいつでもわたしの味方な平和主義者。きっとこういう人を紳士って言うんだ。

「あの……ケンカとか挑まないでくださいね?」

 ヘルメットが怯えながら、わたしに忠告してくる。

「これは怒ってもいいのかな?」

「冗談です。でも、余計なことは言わないでください。彼女はそうですね……自分の好きなものには熱中するタイプですが、それ以外には嫌悪します。今どきの感情豊かな子と温かい目で見てください」

「わかった。わたしもお友達ほしいもん」

「では、行きましょうか。西口公園に呼んでありますから」

 昔は不良がたくさんいた西口公園。わたしにはどこがどこなのかいまいちわからない。

「あの、今日はいくらですか?」

 立ち上がるヘルメットの後を追うように立ち上がりがてら、誰とはなしに問う。

「紙袋さん、気にしないでください。ここはわたしが持ちますから」

「でも、この間もタイガーだったじゃん。普通割り勘とかじゃないの?」

「それは悪いですよ。八割近くはわたしが注文しているわけですし」

 でも、今日はわたしたちも色々注文しちゃったし、サラダなんて男性だけじゃ食べないような稀少メニューだって。

 それにビール一杯だって、わたしの懐事情からしてみれば、物凄くお高い。

「わたし、お金持ちですから、気にしないでください」

 先週、会計のときに財布の中が見えて、ただものではないと思ったけど、自分で口に出して言っちゃう人、初めて見たよ。

「先週、ちゃんと言えませんでしたが、わたしは、こうして一席設けてもらえること、普段は絶対に同席しない若い人たちとお食事を出来ることが楽しいんです。同じ会社で働く人たちだと、普段の体裁を気にして、遠慮してしまうことも、ここでなら自由に羽を伸ばせる。わたしは宇宙人ではありませんし、宇宙に行きたいとは思っていませんが、自由に羽を伸ばす鳥には憧れますね。もし、わたしに翼があればどこまでも飛んでいける」

「でも……。こういうのって」

 気持ちというか、マナーというか。

「ほら、キャバクラとかいくと、チャージ料金を取られるのですから、それと比べれば安いもんですよ」

 わたしは、キャバ嬢ですか……。

「先ほどの馬さんとの会話も実に聞いていて楽しかった。普通に生活していれば、そんな言いたいことを言い合えることなんて、この世の中にはありませんからね」

「……紙袋さん、あんまり向こうも待たせられないんですよ」

 ヘルメットも、気にした様子もなく、タイガーにご馳走になろうとしているけど、馬と一緒でほとんど食べないんだよね。

「じゃあ、ご馳走様でした。もし、必要になったらちゃんと払うんで言ってください」

「ありがとうございます。そのお心遣いで十分です」

 にっこり笑うタイガーは、最後に一言。

「ご馳走様なんて、一人暮らしのわたしは、こういう場でしか聞けない言葉ですから」

 複雑な気分だけど、誰よりも優しいタイガーが笑ってくれるなら、いいのかな。

「行きますよ、紙袋さん」

「うん。じゃ、タイガー、馬、バイバイ。また今度ね」

「はい。お気をつけて」「ああ……。なんでも相談しろ。聞くだけなら無料だ」

 馬は聞くだけでなく、聞いた後に文句をぶつぶつ言うでしょうけどね。

 わたしはテーブルに残る二人に手を振って、二回目の『宇宙人の集会』を後にした。

 少しずつ、わたしは三人のことをよく知れ、三人との距離が近づいてる気がする。

 でも、まだわたししか恋の相談はしていないから、いつか三人の力になってあげたい。

 それがわたしの心を救ってくれた三人への最大の恩返し。



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