暖かな言葉に眠るもの
忌み嫌われた赤い髪を帽子の中に隠して、ゆっくり、ゆっくりと足を運ぶ。
十五分もするとまた黒い扉が表れた。
―― 一度神託に足を踏み入れたら、二千年という長い時を生きなければいけないと言うことを、忘れないでください。
少女の言葉に扉を開けるのを躊躇した。
澪架には自信が無かった。扉を開ければ、生きることに希望があるのかも知れない。でも、もしそんなものが無ければ二千年もあの世界で生きなければいけないのだ。
でもそんな澪架の気持ちは関係無いとでも言う様に、音も立てずに扉は開いた。
中にいたのは澪架と年のなんら変わりの無い一人の少年。真っ黒な髪が私の視線を釘付け
にした。あまりにも美しくて瞬きすら出来なくなってしまうほどに…。
「だれ?」
少年は広い部屋の隅で蹲っていたのだろうか、澪架を確認すると、おずおずと声を発した。
その声は十六歳前後の外見からは想像もできないぐらいにキレイなアルトだった。
でもその声で澪架は我に返った。
簡単に心を許してはいけない。
澪架はキッと少年を睨んだ。
この少年も、あいつらみたいにきっと自分の髪の色を見た瞬間に私を悪魔だと言って罵るに決まっている。だって私の髪の色は存在しない色なのだから。
「だれ?…。」
少年はまたしても澪架の名を聞こうとする。でも澪架は頑なに答えようとはしなかった。再び声を掛けてくるとは思わなかった澪架はビクリと肩を震わせた。それでもすぐにまた少年を睨んで傍に来ることすら許さなかった。ソレをみて少年は足を止めて少し離れた場所で澪架の様子を見ている。
「声…出ないの?……そっか、僕は遼介。笹谷遼介。」
少年は澪架の沈黙を肯定ととったのか、ひとり納得して自らの名を名乗った。少年は今まで澪架の出会った人とはなにか違うような気がした。
ふと澪架の表情が揺らいだ。
澪架がゆっくりと顔をあげた瞬間、澪架の被っていた帽子が落ちた。異色の長い髪が少年の前に曝される。澪架は急に震え始めた。そして必死に帽子を被りなおしてガタガタと震えていた。少年は止まったまま動かない。
「キレイ…。」
少年は呟いた。澪架は予想もしていなかった言葉に顔をあげた。
「キレイな…夕日の色。」
「キレイじゃない。こんな色…。」
澪架は泣きながら訴えた。だってこんな色していなければ、両親は壊れなかったし友だちだってたくさんいたかも知れない。それにこんな色は見たことがないのだ。なのに少年は
キレイだと言う。夕日の色だと…。
「キレイだよ。夕日の色だ。」
「夕…日?夕日って何?どんな色?」
澪架はさっきまでの恐怖心が嘘だったように少年に詰め寄った。
「夕日…だよ。知らないの?」
「知らないわ。」
「夕日は…昼から夜になるために沈んでいく瞬間の太陽のことだよ。」
澪架は泣いていた。知らなかった。この異質な色をキレイだといってくれる人がいたことも、この色が夕日というモノと同じ色だなんて…。
「なにか…話をしよう。…えっと、」
「澪架よ。向坂澪架。」
澪架が名前を名乗ったことに酷く驚いたようだ。それでも少年、遼介は微笑んで頷いた。
「澪架…やっぱりキレイな名前だ。似合ってる。」
「ありがとう。」
微笑む澪架に向き合って、遼介は一番聞きたかった事を口にした。
「澪架は…どこにすんでいるの?」
澪架はきょとんとしたまま遼介を見ている。
「どこって、刃頭神宮ってところの横だけど…。」
「じゃぁなんで、夕日を知らないの?」
遼介の質問に澪架は言葉を失った。そして俯いて言葉を濁した。
「…夕日はないわ。…地球全体をイデムが覆っているから太陽は沈まないし、雨だって決まった日に規則正しく降る。そんなの常識よ。…でも遼介の国にはイデムはないって事よね。羨ましい。昔は地球にそんなモノは存在しなかったし、なくても人間は生きていけたって…おっ…お母…さんが…」
初めて澪架は笑った。いままでもなにか張り詰めたものが消えている。でも澪架が楽しそうに話していた言葉が濁り始めた。
遼介は澪架の言葉に真剣に目を傾けていた。少しでもいいから澪架の心にある傷を癒そうと彼なりに考えていたのかもしれない。
「澪架…。」
遼介は黙ってしまった私を悲しそうに見つめていた。「なにかいわなくちゃ。」そう思うたびに心には幼い頃からずっと投げかけられてきた言葉が脳裏を過ぎり、澪架を硬直させてしまう。
重い沈黙。遼介が自分の言葉を待っているのがわかる。でも――