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〜葉月〜  作者: 岡野佐夜
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私は悪魔の様な異色の髪を

澪架は遼介よりも二五百年未来に生きる。オレが真央たちの時代も常識を知らないように、この時代で当たり前な常識は澪架はもっていない。澪架のいる未来は地球を、ラテン語で同じと言う意味の「イデム」というドームで覆い、人工的な空や木々を作り出しているのだという。だから澪架は本当の空を知らない。空だけじゃない。海も風も夕立の後に見えるキレイな虹も澪架は知らないままいきている。遼介が当たり前に生きているこの自然豊かな地球を澪架は知らないのだ。

「全然…同じじゃないじゃないか…。」

誰にも聞きとめられないような小さな声で呟いた。

僕はゆっくり立ち上がって心配そうに自分の顔を見ている妹にいった。

「遼子…家にかえろう。ここにいたら風邪を引いてしまう。」

遼子はなにか言いたげな表情をしていたが遼介が気付くことはなかった。それはすぐに遼子が笑顔で返事をしたからだ。

遼介は悲しそうに話していた。それを訊いていた三人も悲しそうに俯いたままだ。そのあと澪架は言葉を繋ぐ。

「私は、私は初めて遼介たちに会った日に初めて泣いたわ。いままで自分を縛っていたモノが消えて堪えていた涙が零れた。そのぐらい…遼介たちに会えてよかった。そう、思ってる。」

―― 十六年間、私は彼の存在を知らなかった。

私は彼に会えて自分を縛る言葉から開放された。自分の罪の意識を、消してくれた。私が愛した、たった一人の少年との出会い。

きっとこの先何年たっても、どんなに年老いても忘れる事は出来ないのだろう。

生まれてから十六年も待っていたのだから。私のこの呪縛を解き放ってくれる人を――

「お前の名前は澪架だ。向坂澪架。キレイな名前だろう。」

父は生まれたばかりの私を抱きながら言った。その光景をベッドに横たわる母が嬉しそうに見ていた。

私が生まれたのは小さな病院だった。父と母は一人目の子供の誕生にひどく喜んでいた。毎日の様に父はまだ生まれていない私に声を掛けていたのだと言う。その事が嬉しくて私は幸せだった。でも私が大きくなるに連れて両親は壊れていった。それは、恐ろしいぐらい異色の眼と髪に恐れをなした周囲の人間の言葉に耐えられなかったからだった。

「あんな色はこの世の色じゃないよ。」

「悪魔の子供よ。」

「いーや、神に呪われた証だというじゃないか。」

「不吉だわ。」

「あれを産んだ母親が悪魔かもしれないよ。」

私が大きくなるたびにその陰口はエスカレートしていった。でも私は泣いてはいけない。これは両親がこんな私を育ててくれたという感謝の気持ちからだった。

友達なんて出来なかったし、つくろうとも思えなかった。毎日がつらくて、自分を押し殺す生活は窮屈で心は悲鳴を上げていた。

髪を黒くしようとしたこともあった。

でもそんなものは無駄だった。澪架の突然変異の色は何色にも染まることはなかった。

クラスメイトからのリンチ。それを見ているだけの先生。両親を壊した周囲の大人。澪架に信じられるものは何一つ無かった。

そんな澪架がとった行動は帽子をかぶって髪を隠すこと。長い髪を小さな帽子に入れる。それでも澪架の中に髪を切るという選択肢は無かった。

「もう、やだよ…なんで私生まれたんだろう。私なんか居なければ、父さんと母さんは壊れなかった。……私が、いたから。」

澪架は自分の机の中からカッターナイフを取り出した。そしてソレを自分の左手首に押し当てる。

ヒヤリと冷たい感じがする。これから自分が犯す罪の重さからか、それとも単なる恐怖心からか澪架の手はがくがくと震えている。まるで壊れたような虚ろの目をして、なきながらカッターをもった右手に力をこめる。

「…っ…もう生きたくない。」

皮膚が切れて生暖かい赤が手首をなぞる。髪よりももっともっと色の濃い、血。

すると不意にだれかに腕を掴まれた。

『おまちなさい。』

キレイな、でもまだ幼い少女の声が死を決意した澪架の手を止めた。

澪架がその声の主に視線を走らすと、予想どうりまだ小さな少女が澪架の腕を掴んでいる。そして、悲しそうに澪架を見た。

『まだ、この世界から消えるのは早いわ。あなたはまだ知らないのでしょう。人間が、とても温かいということを。』

少女はこの時代のものとは思えないような服を身に纏っていた。赤い袴に白の着物をしっかりと入れて長い黒髪はサイドの髪を少し残して緩やかに結わえられている。キレイな…清楚で可憐な少女は自分を神の使いだといった。

『私は古き時代より、あなたに言伝を預かって参りました。コレを信じるかはあなたの自由です。ですが、心にどこか…隅でもいい。あなたにまだほんの少しでも生きたいという想いがあるのなら、八月八日にここへ。ここは神に選ばれた者のみが入ることを許された神託。あなたには、そこに入る権利があります。よく考えて下さい。ただ、一度神託に足を踏み入れたら、二千年という長い時を生きなければならないということを、忘れないで下さい。』

言い終わると少女はゆっくりと澪架の手を離した。いつの間にか腕の痛みが消えている。不思議に思い、腕をみると、さっき自分でつけたはずに傷がない。

『あなたが死んだら悲しむものがいます。自分を、大切にしてください。神の愛…娘。』

「貴女は…?」

『私は…遼子というのよ。』

澪架が瞬をした一瞬の間に、さっきまでいた少女は姿を消していた。だけど、少女の言葉と腕に残った感覚はずっと澪架の中に焼きついていた。

八月八日、澪架は指定された場所に足を運んだ。そこにあるのはとても古ぼけた扉。恐る恐る扉に手を掛けた。すると「キィィィィ」という不気味な音とともに真っ暗な回廊が現れた。澪架はごくりと息を飲んだ。そして胸の前でキュッと拳を結んで一歩、足を踏み入れた。

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