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〜葉月〜  作者: 岡野佐夜
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誰かの幸せを願うこと

織姫と彦星の話を知っているだろうか。

天の川に阻まれ、年に一度しか会えないという、世間で言えば可愛そうな物語だ。

でもオレはその話を可愛そうだと思ったことは一度も無い。

触れられるのは年に一度だが、いつでも互いの姿を見ることができ、無条件で逢うことが出来る彼らを羨ましいとさえ思う。

だってオレは一年どころか…百年に一度しか彼女に会うことはおろか、姿をみる事すら出来ないのだから。

漆黒の髪を揺らしながら、長く暗い回廊を迷うことなく右へ左へと進んでいく。

十分ほど進むとやがて初めの小さな古ぼけた扉ではなく、今度は黒く古い大きな扉の前に辿りついた。

再び黒の扉を開け中に入ると、そこには不思議な空間が広がっている。二十畳ほどもある広い部屋の四隅には怪しげな灯篭が真っ赤な火を灯していて、部屋のちょうど真ん中の床には魔法陣のような不気味な陣が描かれている。

部屋の明りはまるで四隅に置かれた灯篭の火だけかとういぐらい薄暗いのに、うえを見上げれば、なんと紫に染まった美しい空が見える。

空だけがそこから見える唯一の自然だ。

扉を開いた自分に気付いたのか暫くすると、百年前となんら変わりない、聞きなれた細く綺麗な彼女の声がした。

「遼介!」

オレ、遼介は彼女の、澪架の声が好きだった。いつ聴いても心が癒される。温かいモノで満たされる。そんな感じがするのだ。たった一言に声を聞いただけなのに…。それほどまでに遼介の中の澪架の存在は大きいのだ。

部屋の中にいたのは女が二人に男が一人の計三人。

彼女の髪は遼介とは対照的な…赤。

「やぁ、澪架。百年ぶり。」

真紅の髪をキレイに靡かせる澪架はそんな風に気軽な挨拶をした遼介をみてため息をついた。今の澪架からは微塵も感じられないが、これでも初めは澪架はその美しい髪を隠していた。まるで遼介たちを恐れるような目で三人を睨み、目深に似合わない帽子をかぶっていた。澪架は今もなにもいわないけどきっとあの髪は澪架にとって喜ばしいものではないのだろう。いつでもその頬や手に小さな傷をこさえているのだ。でも澪架がなにも言わないから遼介もなにも聞かないのだった。

「貴方ねぇ…。まぁ、いいわ。」

久しぶりに会えたというのに…遼介は昨日も会ったかのような挨拶をする。それでも澪架はそんな遼介が好きだった。コンプレックスだった自分の髪の色を好きになってしまうぐらいに…。

澪架は笑っていた。まるでこの瞬間を待ち望んでいたように…。その時が永遠であるかのような微笑みだ。それは遼介も変わらない。

「二人の世界を作らないでくださいます?」

向き合って微笑んでいる二人の間に今度はもう一人の女、真央が割って入る。

「真央!…な〜に言ってんのよ。遼介が来るまで真央と由紀で二人の世界作ってたしゃない。」

澪架はそういって真央の頬をつつく。この神託に入れるのは現在は遼介と澪架、そして由紀と真央の四人だけだ。だから四人の絆はとても深い。それでも遼介は澪架と、真央は由紀と恋人だった。口約束だけの恋人よりも深い絆で繋がったお互い。たとえ何年はなれてもその想いが揺らぐことはない。

「ちょっと。やめてください。」

真央は恥ずかしそうに、言った。

「たまには喧嘩しないで再開できないんですか?」

さっきまで部屋の隅に座って三人のやり取りを黙ってみていた由紀が立ち上がった。由紀の言葉に三人の表情がいっきに固まった。

「そうだね。僕らは会うためにここに来たんだから。」

遼介はいった。

「私達の長い寿命の中の秘密の夜会ですものね。」

真央も呟いた。

「僕は、あの時、あの場所に生まれてよかったと思ってるよ。だって三人に、澪架に出会えたから。」

遼介は言った。その表情からは、何考えているのかすら読みとれない。

「まぁね。真央と由紀は幼なじみでいつでも会えるけど。私は遼介とも真央たちとも実在する時間すら違うから…現実と完全に切り離されたここでないと…会う事すら出来ないもの。私が元の時代に帰れば、遼介達は…。」

澪架が悲しそうに言った。その手は微かに震えている。

「僕の時代では澪架はまだ生まれていないし、真央と由紀はもう死んでいる。僕ら四人が出会えたのは本当に奇跡だよ。これは僕らに託された神様からのプレゼントだと思っているよ。」

四人は頷いて、紫に染まった空を悲しそうに見上げた。あの回廊は隔離された未知の空間。沢山の時代に続いていて、時間なんてものを感じさせない不思議な場だ。髪に選ばれたものだけが入ることの許された神の神託への唯一の道。だが、一歩回廊から出ればもう、百年後までは普通の生活に戻る。百年は回廊の人と関わることすらできない。もちろん由紀と真央のような例外もある。神は本当に気まぐれで回廊を通る権利を人の子に託すのだ。きっと二千年後にはまた別の誰かがここで自分たちのように恋におち、悲しみそして神に感謝するのだろう。二千とは百が二十、つまり神託に呼ばれた人間が二千年の寿命のなかでも彼らが会えるのはほんの二十回だけということだ。そして一回の時間は二四時間。つまり四八〇時間という短い時間ということになるのだ。

「百年は長いね…。」

澪架が空に向かって呟いた。そんな澪架を遼介は後ろから優しく抱きしめた。そしてそっと呟く。

「澪架…好きだよ。」

澪架もまた遼介の存在を確かめるように目を閉じて答えた。

「知ってる。」

だけどその表情は酷く悲しそうだった。

遼介は澪架をさらに強く抱きしめた。そしてそっとキスをする。

「澪架にあえて…本当によかった。」

「そんなお別れみたいに言わないで…。」

澪架は遼介の頬に手を添えた。優しく、そしてまるで遼介の温かさを確認しているかのように…。すると澪架の頬を一筋の涙が伝う。その後も一筋、また一筋と涙は止まらない。

「なんで…なんで同じ時代に逢えなかったの?遼介…。好き。大好きだよ…。例え百年逢えなくても。」

二人は抱きしめあったまま泣いていた。

由紀と真央も何も言わずに二人を見つめていた。そしてため息をついた。思うのは二人の幸せ…。

二人は何も言わない。言えない。

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