エピローグ
山道を歩いていたはずだった。
男は真っ白な空間で一人首を傾げた。自分は真夏の山道を歩いているはずだったのだ。それがいま、まるで雪山の様に真っ白で先も解らぬ場所にいるのだ。
「ここはどこだ?」
あたり一面の白。
歩いても歩いても果ては見つからない。
男は一人思案した。
自分と共にいた仲間は無事だろうか…家に残してきた兄弟は…。
自分の身の心配よりも家に残してきた家族を心配していた。
「…人の子よ。人里にお戻りなさい。今ならまだ…」
突如聞こえた綺麗で、まだどこか幼さを感じさせるその声は男の耳ではなく頭に直接響いているようだ。
その声の主は人ではないなにか人外のモノだとでもいうような事をいう。
男は首を傾げてその声の主に問うた。
「あなたの名は?」
それはその主を大層驚かしてしまったらしい。微かに感嘆する気配がする。
「あなたは…わたしが何者かを…訪ねないのですね…」
女の声はとても悲しそうな口調でそういう。
男は微かに微笑み口を開いた。
「わたしは差別を受けて生きてきました。だから誰かを差別して生きたくは無いのです。ですからあなたの名が知りたいのです」
微かに応じる気配がする。
「…それは出来ぬのです。神は…沢山の定めの元に生きております。名は定めに縛られた神にとって最も大切な自分自身を証明する証…名乗る事は出来ません」
そういって男の目の前に少女の様な声とは似つかない美しい女が現れた。
「では…葉月と呼びましょう。あなたと会うことの出来た月の名です。あなたの姿のように美しい月です。」
女は男の差し出した手を握り返す事はしなかった。
「人は…すぐに、死んでしまう。私を残して……」
「私は貴女の傍にいます。だから悲しまないでください」
男は今度は小指を差し出した。
「そんな事をしたら、貴方は死んでしまわれます」
それでも男は手を引っ込めず女の動くのを待っていた。微笑んで……
女はおずおずと手を伸ばし小指を絡めた。
「約束……ですよ」
「えぇ」