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サンダーバード・ヒルズ 2

 とりあえずスタジオで合わせようと皆のスケジュールを聞いて日程を決める。

 これが社会人の難しい所、土日が休みじゃない職場なんてザラなのだ。

 それでも何とか空きを作り、無理矢理に定時退社して課長に追いかけられながらこうして無事にスタジオの待合室に居る。

 着の身着のまま、押し入れから取り出してきたストラトだけ持って。

 そうして煙草を吸ってるとベースが最初に着く。

「ばんわー」

「よーっす、ミナだっけ?」

 そうそう、とミナは笑って頷く。

「ギター何使ってるの?」

 席に着くなり尋ねるミナ。

「学生時代に買ったストラト」

 やっぱり、初期衝動な青春ロックはストラトだと思うのは俺だけだろうか?

「シングルコイルかー、うんうん」

 ミナは嬉しそう。

「やっぱギターはシングルコイルだよね」

 うんうん、と頷くミナ。

「そういうミナのベースは?」

 と言いつつ既に検討がついている。

 あのケースはほぼ間違い無い。

「ギブソン、サンダーバード」

 ギブソンのサンダーバードは変形ベースの代名詞的存在で、その独特なシェイプから例えばスラップ奏法等には対応していない。

 二つ備えたハムバッキングピックアップからはロックらしい低音が飛び出すが、フェンダー系のベースに対しなかなかじゃじゃ馬的な印象は拭えない。

「かっけぇな、なんでまたそんなベースを」

「ベースって低音楽器じゃん?」

 まぁ、そうだな。と頷く。

「私、ベースの低音が好きでさ、スラップはどうも好きになれないんだよねー」

 頭の後ろで腕を組み、椅子を傾けるミナ。

「何か低音薄くなる気がしてさ」

 派手だけどギターと音域被るし。

 そう言ってぐらぐらと椅子を揺らす。

 やっぱり、ベースらしい考えだと思う。

 結構ベースは言わないだけで自分自身の考えを強く持ってたりするのだ。

 そうこうしていると、ボーカルが着く。

「ごっめん、待った?」

 両手を合わせ首を傾げる。

 時計を見ればまだスタジオ入り二十分前。

「全然。俺らが早すぎただけだよ」

「そうそ」

 ありがとう、とボーカルも椅子に座る。

「マイク、持ってきちゃった」

 そう言って笑うボーカル。

 名前はリンで通しているらしい。

場末のスナックでシャンソンを歌っているとの事で、うちのバンド唯一のプロ。

「どんなん?」

 問い掛けてみればニヤリと笑うリン。

「ガイコツマイク」

 高校時代のクラブで使っていたものらしい。

 シールの後とかで中々に年季が入って見える。

「やっぱ、ロックしたいよね」

 歌を仕事に出来れば良い、と割り切ったつもりでもやはり何かしらの葛藤はあるらしい。

「おくれやした、すんません」

 そうこうしてる内にドラムが来る。

 たしかケンタ、今は土木の仕事をしてるらしく、作業服で頭にタオルを巻いたままの登場。

「着替え間に合わなくって」

 そう恥ずかしげに言う。

「いいじゃん、労働者階級って感じで」

 冗談混じりに言うと申し訳なさそうに笑った。



 早速スタジオに入る。

「んじゃ、まず合わせてみようか」

 曲はカモン・エブリバディ。

 アレンジしやすく、清々しく簡単なナンバー。

 セッションするには最適。

 なんだけど……

「走んなベース!」

「うっさい、合わせてよギター!」

「フィルが多すぎて気持ち悪いんだよ!」

 ミナのベースは確かに巧い。

 技巧的には正直適わないが、合わせる意識が欠けている。

 よく唸るベースとか言うが、そもそもベースはドラムと共にリズム楽器だ。

 そのドラムと言えば。

「気持ち悪ぃ、機械かお前は!」

「そっちが走ってんでしょうが!」

「色気がねぇよ!」

 余りにも正確なリズムキープ故に逆にバンドサウンドから浮いているのだ。

 凄い事だが、フィルも無く、淡々と叩かれても面白くない。

「私は?」

「色っぽ過ぎんだよ、楽しそうに歌いやがれボーカル!」

 悪いことじゃ無いと言えばそうだが、何かねっとりし過ぎてキモイ。

 そんな事言いつつも全員手は止まらない。

 何だかんだ楽しんでいるのだ。

 正直、皆レベルが高い。

 だからこそもっと上を見たい。

 口も悪くなろうと言うもんだ。



「お疲れさん」

 練習を終えて、居酒屋に入る。

 皆がビールを持って、ジョッキを合わせる。

「ぷっは~、疲れた」

 豪快にビールを飲み干してミナが伸びをする。

「みんな、ほんとお疲れ」

 少しビールに口を付けたリンが言う。

「明日も仕事だろ、皆」

 全員が陰鬱そうに頷く。 

「安い賃金でこき使われて」

 負け犬だよな、と皆俯く。

「んで、このバンドの目標何にするー?」

 居酒屋に入った主の目的はその話し合いだったりする。

「勿論、オリジナルを含めてライヴ」

 正直、それ以外無いと思っている。

 ま、そうだよね、と皆頷く。

「で、作曲は?」

 任せた、とばかりにミナ。

 すっかり脇でちびちびやってるケンタも同様っぽい。

「案はあるんだよな」

 と言えば全員の視線がこっちに向く。

「一曲はストレートなロック、てかパンクナンバー作ってくる」

 んじゃ、話し合い終わりって感じで皆がもう一度ジョッキを合わせた。

 ミナはもう二杯目。

 何か前回の事もあって正直その飲みっぷりに不安がある。


 まぁ、案の定だ。

 何故だか皆にリーダー、リーダー囃し立てられて、千鳥足のミナを押し付けられた。

 リーダーの役を嬉々として受け入れた酔っ払いがいた気がする。

 てか俺だ。

 酔いって恐い!

「きぼちわるい」

「もうちょっとだ、もうちょいで俺ん家だ」

 ミナに肩を貸して夜道を歩く。

 なかなかの小柄な彼女なので中腰が辛い。

 ついでに右手に持ったサンダーバード重い。

 どうにか家に着いた頃にはミナの酔いも多少引いていた。

 そして、今に至る。

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