天国への階段
普通に高校を卒業して、普通の大学を出て、普通に就職をして、普通にサラリーマンをしている。
青春をどっかに置き忘れ、情熱をかけた物を捨て、俺は普通を手に入れた。
安定した生活、やりがいのある仕事。
でも満足出来てないのは確かだ。
何かが足りない。
渇きにも似たそれを感じながら。
だからだろう。
ブルースプリングなんて言う馬鹿馬鹿しい名前のライブやロックを聞かせるバーに入ったのは。
木製の重いドアを開けて店内に入ると、簡単なステージとカウンター流れている曲は、ブルース・スプリングスティーンの“ボーン・トゥ・ラン”。 後から店名について聞いたら、そもそも彼の名前をもじって付けた名前だったらしい。
「いらっしゃい」
落ち着いた声でマスターが言う。
白いワイシャツに赤いチョッキと少し古い感じのファッションだが、落ち着いた店内の雰囲気によく似合っていた。
仕事の失敗でむしゃむしゃしていたので、強い酒をやりたいと言うと、天国への階段を勧められる。
馬鹿みたいに強いカクテルだ。
「今日はライブないの?」
一口啜って眉を顰めながら尋ねる。
「ないですよ、日によってはお客さんに置いてるギター使って勝手にやってもらってるんですが」
ほら、そこの。
そう言ってマスターの指を指す先にはブロンコのカラーをしたテレキャスとスリートーンサンバーストのプレベ。
「使っても?」
「ええ」
思いがけず、久々にギターを触る機会に興奮するのを感じる。
テレキャスを抱えて、椅子に座る。
ネックに指を這わせれば背筋に甘い痺れが走る。
店内にはちらほらと客が入っている。
適当にピックを取って、かき鳴らす。
どうやらチューニングはずれていない。
一音、一音大事に爪弾く。
“天国への階段”
レッドツェッペリンの名曲だ。
このイントロを弾くために、タブ譜と向き合ったあの日々が懐かしい。
いつの間にかその上に歌が重なっている。
横を見れば、まだ若い女性が澄んだ声で歌っている。
長い黒髪。
ぱっちりとした瞳。
こっちを見ると少し笑った。
客は何事だ、とこっちを向く。
何人かは“やってるな”って顔。
ここまで来たらやるしかない。
久しぶりにロック魂が疼く。
ボーカルの女性は客を既に向いている。
俺も負けじとストラップを肩に通して客に向かう。
久々に味わう一体感。
こうなれば黙ってられないのがロッカーの宿命。
一段一段上っていくきらきらとした歌は、遂に二人では越えられない段差へと当たる。
すると一人の若い男性がステージに駆け上がり、スティックを持つ。
刻まれる正確なビート。
更には一人の女性がステージをよじ登ってくる。
ボーカルの女性の知り合いらしく、軽く抱き合った後にベースを担いだ。
そして二人では越えられない段差は飛び越えられ、また一段階段は上られていく。
俺は後悔していた。
エフェクターが欲しい!
少しだけ音の薄さを感じながら、胸が詰まるような感覚を味わっていた。
歌よ終わらないでくれ。
天国への階段を選んだ自分を褒めたくなる瞬間。
長いのだ。
この曲は。
一歩一歩四人は上り詰めていく。
天国はもうすぐそこ。
ボーカルの高らかなシャウトに合わせてギターをかき鳴らす。
ベースが唸る。
ドラムが弾ける。
一瞬の静寂。
歌を締めくくるボーカルの寂しげな声。
バーに沈黙が訪れる。
そして拍手。
多くは無い人。
広いバー。
演奏の余韻に浸り。
不覚にも頬を一筋、涙が伝った。
“そうだ、バンドをやろう”
Under dog rockerS starting……!!




