子供の晴れ舞台!親子の共同作業!
病み付きガーリックの、闇、月が在り、暗い の部分
一時限目――それは、この学園の洗礼とも言える授業だった。
互いの戦闘能力を知ることを目的とし、生徒たちは二人一組で試合を行う。
単なる実技ではない。この試合で見せた魔法の出力や扱いによって、おおよそのランクが定められるという。
つまり――今後の学園生活、その土台がここで決まる。
教室とは別に用意された広い訓練場で、生徒たちはそれぞれに距離を取り、相手を探していた。空気はすでに、戦闘前のそれへと変わっている。
「相手に勝つ必要はない!」
担任の声が、乾いた空気を切り裂いた。
「力を示せばそれでいい。決闘ではないのだからな」
その一言に、わずかに場の緊張が緩む。
(ありがたい……)
コハクは胸の内で小さく息をついた。
(勝たなくていい戦いって、こんなに楽なんだ……)
そもそも、こういった争いごとに積極的な性格ではない。
勝利を義務づけられないというだけで、肩の力が抜ける。
――とはいえ。
(せっかくだし、勝てるなら勝ちたいよね……)
ちらり、と周囲を見回す。
すでにペアを組み始めている生徒たち。どれもこれも、やる気に満ちた顔つきばかりだ。
(あんまり強そうじゃない人……いないかな……)
できれば穏便に、ほどほどに、それっぽく戦いたい。
そんな都合のいい相手を探して視線を彷徨わせていると――
「おい」
不意に、低い声がかけられた。
振り向くまでもない。背筋がわずかに強張る。
「お前、なんでまだここにいる」
そこにいたのは、あの白髪の男子――桐原レンだった。
「なんでって……帰る理由もないですし」
できるだけ平静を装って返す。
レンは、鼻で笑った。
「お前、もしかして自分が強いとでも思ってんのか?」
鋭い視線が突き刺さる。
明らかに見下すような、挑発的な眼差し。
(うわ……絡まれた……)
「まだ現実が見えてねぇみたいだな」
レンは一歩、距離を詰めた。
「言ってもわからんらしい。なら――一回、痛い目見てみるか?」
その言葉に、コハクはわずかに眉をひそめる。
「……私と戦うってことですか」
「そういうこと。現実を教えてやるよ」
逃げ場は、なかった。
「決まったペアは試合を始めていいぞ。勝った方は私の所にこい」
担任の合図が響く。
ざわり、と周囲が動き出す。
「えっと……お断りとかは……?」
最後の望みをかけて、コハクは小さく問う。
「ダメだね」
即座に切り捨てられた。
次の瞬間。レンの姿が、視界から消えた。
「――っ⁉」
気づいたときには、目の前にいる。
凄まじい速度での突進。身体強化魔法――その類だと理解する暇すらない。
反射的に腕を上げる。
だが。
――ゴキリ。
鈍い音とともに、腕があり得ない方向へと曲がった。
「っ……!」
遅れて、痛みが脳を焼く。
「弱え弱え。一発でそれか」
レンは肩をすくめ、つまらなさそうに吐き捨てた。
しかし――
「……マジで戦うんですか……」
コハクは、顔をしかめながらも、どこか呆れたように呟いた。
折れた腕を気にする様子は、ほとんどない。
「まあいいか。この子達の晴れ舞台と思いましょう」
ぽつり、と。
まるで独り言のようにそう言った。
次の瞬間。
コハクの袖口から――
ぼとり、と何かが地面に落ちた。
黒い影が、ひとつ、ふたつ……いや、それ以上。
「おはよ〜」
コハクは、柔らかく微笑んだ。
「私は手を出さないから、お前たちで好きにやっていいよ」
這い出てきたのは――
異様に大きな虫たちだった。
人の腕ほどもあるムカデ。拳大の蟻。
それらが、ぞろぞろと地面を這い回る。
「なっ⁉︎」
レンの顔が、初めて歪んだ。
「虫ぃ⁉︎ 気持ち悪い魔法使いやがって!」
嫌悪を露わにしながらも、再び踏み込む。
拳を振り上げ、一直線にコハクへ。
だが――
ガンッ、と鈍い衝撃音。
ムカデがその進路を遮り、突進を弾いた。
「なっ――⁉」
バランスを崩したその隙に。
蟻が、跳びついた。
「ぐっ⁉」
鋭い針が、レンの皮膚に突き刺さる。
じわり、と毒が流し込まれていく。
周囲のざわめきが、一瞬で止んだ。
他の試合をしていた生徒たちが、次々と動きを止める。
視線が、こちらに集まっていく。
虫魔法。
それはあまりにも異質で、常識から外れた力だった。
術者自身が制御を誤れば、逆に襲われる危険すらある。
扱いの難しさから、使い手は極めて少ない。
ゆえに――この場に、それを知る者はいなかった。
「コイツッ! なにを刺しやがった!」
レンは無理やり蟻を振り払い、後退する。
だが、その動きは明らかに鈍っていた。
先ほどまでの余裕は消え、刺された箇所を押さえている。
「えっと……」
コハクは、少し考えるようにしてから口を開く。
「ギ酸っていう毒ですね。神経毒です」
まるで授業で公式を説明するかのような、淡々とした口調。
「多分、体が動かなくなったり……息ができなくなる類のものですね。詳しくは知りませんが」
「毒……だと……?」
レンの表情が歪む。
「ふざけんな! そんなんで俺が止まると思ってんのか⁉︎」
怒鳴る。
だが、その足は――
わずかに震えていた。
踏み込もうとして、踏み込めない。
「クッソ……足に力が……」
ぐらり、と身体が揺れる。
それでも、倒れまいと踏ん張る。
その執念だけは、本物だった。
だが――
限界は、すぐに訪れた。
膝が折れ、ゆっくりと崩れ落ちる。
そのまま、座り込むようにして地面へと倒れた。
静寂。
「……勝ちでいいんですよね? これ」
コハクは、首をかしげながらそう言った。
自分が何かをした実感は、ほとんどない。
ただ、任せただけだ。
それでも結果は結果。
コハクは担任のもとへ歩き、勝利を申告した。
周囲の生徒たちは、しばし呆然としていたが――やがて、再び試合を再開し始める。
異質ではあるが、否定はしない。
それが、この学園の順応の速さだった。
コハクは虫たちを袖の中へと戻すと、静かに他の試合へと視線を向けた。
炎が弾ける。
氷が走る。
風が唸り、雷が閃く。
色とりどりの魔法が交錯し、鮮やかな戦闘が繰り広げられている。
(すごい……)
思わず、目を輝かせる。
(ああいうのが……私の目標で、憧れなんだよね……)
虫魔法しか使えない自分。
ろくな魔法知識もない自分。
だからこそ――
“普通の魔法”こそが、遠い到達点だった。
そんな内心など知る由もなく。
周囲の生徒たちは、試合を終えたばかりのコハクから向けられる、あまりにも純粋でキラキラとした視線に、どこか居心地の悪さを感じながらも戦い続けている。
そしてこの授業を通して、クラス全体に一つの認識が刻まれた。
――真田利コハクは、変わり者である。
書き忘れましたが、コハクは女子です。




