ep89 宿の守護神と中庭浴場
"アイリス亭"の中庭に浴室の設置許可をもらおうと食堂へ向かい、そこで客の男達が店員の女に手を出していた場面に遭遇する。
その男達を氷の"手"で捕らえ、衛兵に任せようと思っていると……この宿のまとめ役であるカレンさんが、男達の1人を殴って店外まで吹っ飛ばした。
「え、ちょっと……」
「フッ!ハァッ!」
ドガッ!ドゴォッ!
「グッ……」
「ギャッ……」
「フフン♪」
その後、止めようとする俺の前で残りの2人も殴り飛ばされて宿の外に転がり、それをやったカレンさんは俺にドヤ顔を見せている。
男達を殴る瞬間、彼女の拳が巨大化したように見えたことが気になるが……それよりも、勝手に男達へ制裁を加えたことに抗議しておく。
「いやあの、勝手に処分していいんですか?」
「いいんだよ。ウチがこれぐらいやんないと、衛兵に任せたらあいつらはウチを怖がんないだろ?」
「再発防止にってことですか。それはわかるんですが、法的には問題ないんですか?」
「そりゃそう簡単に解放されない重罪なんかは衛兵に任せてもいいんだけどね、すぐ自由になれる程度の罪じゃ仕返しに来るかもしれないじゃないか」
「だから身内で、と?」
「そ。ある程度は自力か身内で痛い目に遭わせれば、解放されても自分から近づこうとはしなくなるからね」
「なるほど。で、改めて聞きますが……法的には問題ないんですか?」
「良くはないけど、ちゃんと手加減してるし注意される程度で済むよ」
それを聞いて俺は尋ねる。
「前例があるというか……もしかして常習ですか?」
「ウチは見た目の良いのが揃ってるからね。このぐらいやって"宣伝"しとかないと、新顔が増える時期は同じような事が増えまくって対応しきれなくなるんだよ。それもあって大目に見られてるってことだね」
なるほど、"宣伝"か。
普段からこういう店であると広めておいたほうが、この町に来る人が増える時期のトラブルを抑制できるわけだな。
大目に見られているのであれば今回も同様だろうし……
「そうですか、なら俺が言うことはありませんね。後は通行人に被害がなければいいんですが」
「怪我人がいたらダチの所に連れてくよ」
「友達?」
「そ。珍しい治癒魔法の使い手なんでね。アタシが殴り飛ばした連中も、やばけりゃ死なない程度にまでは治してもらえるんだよ」
あぁ、それも大目に見てもらえる要因か。
治癒魔法ねぇ……自身のゴーレム化で怪我らしい怪我はしないし、俺が世話になることはなさそうだな。
自身と友人の力を自慢できたからか、両手を腰に当てて胸を張るカレンさん。
女にしては長身だが、それに見合った大きさの胸だな。
そんな彼女に"金戦華"の警備員達が頭を下げに来た。
「手をお借りして申し訳ありません」
「いいよ、居るだけでも抑止力にはなってんだから。これからも手に負えないのはこっちにも回しな」
「「「はっ!」」」
警備員達は再び頭を下げて定位置へ戻っていく。
すると俺の傍に食堂の店員がやってきた。
先ほど、殴り飛ばされた連中に絡まれていた女だ。
「あの、ありがとうございました」
そう言うと俺に頭を下げてきた。
「いえ、止めたのは警備の方達なので」
その返答に彼女は首を横に振る。
「いえ、それはそうなんですが……貴方に助けていただいたのも事実なので」
「はあ。まぁ、お気になさらず」
特に見返りを求めるつもりはない。
なのでそんなあっさりした物言いの俺に、カレンさんは横からニヤつきながら口を出す。
「せっかくなんだから誘ってみりゃいいだろうに。同意の上なら余程の悪人でもない限りは止めやしないよ?」
「そこまで望む気は……」
「あぁ、好みじゃないのか」
「「えっ」」
いきなりなんてこと言うんだこの人。
同時に声を上げた女がしょんぼりしてしまったじゃないか。
冒険者達に手を出されていただけあって美人だし、スタイルも十分良いのに。
仕方ない、フォローしておこう。
しばらくはこの宿に滞在する予定だしな。
「いや、そういうわけじゃありませんよ。他の客にそういう店だって誤解されかねませんし、人前で堂々と誘うわけにはいかないでしょう?」
この発言に店員の女はパッと顔を明るくさせる。
するとカレンさんがやはりニヤつきながら彼女に言う。
「ふーん……芽はあるってさ。スーロア、良かったね」
「は、はい」
「まぁ、また今度誘うんだね。仕事に戻りな」
「はい、では失礼します」
こうして、スーロアさんとやらは俺達2人に頭を下げて仕事に戻っていった。
「では、我々は戻りますが……程々にお願いしますよ?」
「わかってるよ。だから"程々"だっただろ?」
「はあ……では」
その後、外に転がっていた連中は衛兵に回収され、彼らに事情の説明もするとカレンさんはやはり見逃された。
思いっきり「仕方がない」という顔をしていたが。
すると、衛兵を見送った彼女は俺に向き直る。
「さて、食堂にいたってことは飯を食いに来たんだろ?空いた所に座んなよ」
そう言ってカレンさんはスーロアに絡んでいた連中がいた席を指すが……俺は元々の目的を思い出す。
「あぁ、いえ。ちょっとした頼み事があって……」
「え、アタシに?」
「いえ、誰に言えばいいのかわからなかったんですが……ちょっと中庭に小屋を置いていいでしょうか?」
「中庭に小屋?客や宿の人間が井戸を使うときに行き来するから、その邪魔になるようなものはちょおっと困るねぇ」
「いえ。使い終わったら片付けますから、そこまで邪魔にはならないと思いますが」
「片付ける?」
「はい。氷の"手"と同じように、出したり消したりできるんで」
俺はゴーレムについて話し、小屋もゴーレムとして召喚するのだと説明した。
それを聞いてカレンさんは何かを思い出したようだ。
「あぁ……そう言えば、朝は宿の前で石のゴーレムを出してる奴がいたって聞いたね。アンタのことか」
「そうですね。それで、構いませんかね?」
「まぁ、片付けるんなら……というか、その小屋で何するのさ?」
「入浴です。小屋の中に浴槽も作って、それをお湯で満たして浸かるんです」
浴槽もお湯もゴーレムとして出現させ、排水もほぼ不要な形にすると説明する。
すると……彼女は頷いた。
「いいよ、好きにしな」
「え、カレンさんが決めていいんですか?」
「問題ないよ。この宿のオーナーがいない間はアタシが一番上の立場だからね」
「そうなんですか?」
「ああ。そのオーナーも今は町を離れてるし、余程のことじゃなければアタシの裁量で決めていいんだよ」
そんな立場だったのか、なら今後も宿のことに関して頼み事があれば彼女に言えばいいな。
というわけで、話がまとまったので中庭へ向かおうとすると……スレッタさん達が待っていた。
「あの、許可は取れましたか?」
タオルと着替えを持ち、若干だが寒そうにしている。
いかん、これは身体が冷え始めてるな。
「ええ。すぐに用意しますので中庭へ行きましょう」
俺はそう言うと急いで2人を連れ、中庭に到着すると井戸からは離れた場所に木製の小屋を出現させた。
木製なのは床を"すのこ"状にし、浴槽に浸かる前のシャワーで流れたお湯を下部のタンクに効率よく落とすためだ。
なので小屋と言っても少し高床式で2階建てに近く、上にはシャワー用のタンクがあるという形になっている。
もちろん入口から入ってすぐは脱衣所になっており、浴場とは引き戸で区切っておいた。
そして5、6人は入れる大きさの浴槽も魔石で作って設置し、上のタンクと共にお湯を補充して準備完了である。
「「わぁ……」」
"格納庫"の中で作ったのでいきなり完成品の小屋が現れたことになるが、ゴーレムとして召喚することは言っておいたので2人はそれなりに驚く程度で済んでいた。
「じゃあ、お2人とも……って、あれ?」
スレッタさん達に入浴を勧めようとしたところ、何故かカレンさんもついて来ていた。
「なぜカレンさんもここに?」
井戸に用があったのかとも思って聞いてみたところ、彼女からはこんな答えが返ってくる。
「ん?いや、責任者としてどんなものを置くつもりなのか確認しておかなきゃいけないだろ?」
「あぁ、それはそうですね。でもその荷物は……」
「着替えと身体を拭く布だよ?」
「え、カレンさんも入浴するんですか?」
「そのつもりだけど、ダメなの?」
「ダメではありませんが、確認でそこまでする必要はあります?」
するとカレンさんが堂々と言う。
「いや、アタシもお湯に浸かりたいだけだよ。サウナは最後に水で流すから、この時期はせっかく温まった身体が冷えすぎちゃうし」
「それでですか……」
まぁ、それが嫌なのは理解できなくもないか。
そもそも、施設の確認というのであれば実際に使うのも当然ではあるしな。
そう思っていると、彼女はニヤつきながら言ってくる。
「あぁ、どうせなら一緒に入るかい?アタシは構わないよ?」
ポヨンポヨン
見せつけるように胸を揺らすカレンさんだったが、もちろん俺は遠慮しておく。
「いえ、一緒に入る理由がありませんので遠慮しておきます」
「むぅ、つれないねぇ」
釣られて何か要求されても困るからな。
「とにかく、スレッタさん達は訓練で汗をかいていて、これ以上待たせると身体が冷えすぎて体調を崩してしまうかもしれませんので入っちゃってください」
「はいはい。じゃあ入ろうか、お2人さん」
「は、はい」
「では」
カレンさんに誘われ、2人は一緒に小屋の中へ入っていく。
そんな3人の背中に俺は声を掛けた。
「俺はここで待機してますので、何かあったら言ってください」
「「「はぁい」」」
何故か揃った3人の返事を聞き、俺は木製のビーチチェアを作成して出現させた。
全て木製で座面から背もたれまでは"すのこ"で出来ており、やや背中を倒す形で座れば身体に合わせた曲線が俺を受け止める。
ザザァー……
3人が浴室に入り、事前に説明したレバー開放式のシャワーを使い始めたらしい。
特にお呼びが掛かるわけでもなく、お湯の温度も含めて問題はないようなので……眠るわけではないが、一息ついて休憩することにした。
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