ep68 ジオ製インスタントスープ
いきなり現れたオークの集団に襲われてから数日。
あれから大きな問題と言えることは起きなかったが、その後も魔物の襲撃には遭っていた。
"金戦華"が女ばかりであることはそれを助長しているようで、ゴブリンやオークなどの人型をした魔物がモノを勃てて襲ってきたのだ。
ただ、それでも大きな問題が起きなかったと言えるのは、あの黒いオークのように特殊な能力を持つものがいなかったからである。
数もそこまで多くはなく、多くても1つの集団につき5体程度のものばかりだった。
これぐらいなら彼女達だけでも問題なく対処でき、ファースレイへ帰郷した際には襲撃の頻度が少なかったので問題はなかったそうだ。
今回の旅路で襲撃が多いのは、前回の旅に比べて男の冒険者が格段に少ないからではないかと予想しているらしい。
前回は複数の商隊が一団となっていて、今回よりももっと大規模だったそうだしな。
魔物が闇雲に人間を襲うわけではないことは、ゴブリンやオークが食欲か性欲で行動方針を変えていたことからわかっている。
今回、襲撃が多いのは女の割合が多いからなんだろうな。
しかし……こうなると"金戦華"は護衛に向いていないのでは?
その点をベルガさんに尋ねたことがあるのだが、
「外部の方には秘密なので詳しくは言えませんが、一応は奥の手がありまして。ビーナが攫われたときは使う機会がありませんでしたけど」
とのことだった。
いきなり現れたオークの集団についても、黒いオークの能力さえなければ自分達で対処できたらしい。
それでも一撃で全滅させた俺ほどではないということで、ベルガさんを始め"金戦華"のメンバーが言い寄ってくるようになったのは少し困った。
倒したゴブリンやオークから回収したモノを、俺に見せつけるように擦り上げて見せてきたりしたからな。
汚いだろうと思って水のゴーレムで手を洗わせれば、その際に核である魔石を握り込んでいた手を触ってきたし。
まぁ、ララもいるのでそれらの挑発に乗ることもなかったが。
さらに数日が経ち、この日の進行はここまでとして野営をすることになった。
例によって氷の壁を設置し、それぞれ馬の世話や食事の準備に入る。
前回の村を出てから結構な時間が経っているので、食事が保存食ばかりになってきている。
商隊の面々は仕方ないことだと割り切ってはいるようだが、俺としては少々物足りなくなってきた。
次の町まではあと数日か……よし。
ここで、俺は"ある物"を使うことにする。
必要なものを持ち、何箇所かに点在する鍋から近場のものへ向かう。
その鍋で調理を担当しているのはベルウェイン商会の男だ。
「あ、ジオさん。どうかされましたか?」
「ちょっと手を加えていいですか?」
「何か食材をお持ちで?」
「食材というか、調味料に近いですね。味付けはまだですよね?」
「ええ。調味料ですか、ならその後に味付けを調整したほうがいいですね。と言っても塩の量を調整するだけですが」
そう答える商会員に了解を取れたので、俺は革袋から数種類の物体を取り出す。
まずは1つ目。
ポチャン、ポチャン……
いくつかの白くて四角い物体を沸いたお湯に入れ、その直後にスープが白く濁ると濃厚な香りが周囲に広がる。
「何ですかこれ?凄くいい匂いがするんですが……」
「猪の骨から取ったスープを乾燥させたものです」
これは以前、魔境から出た後にイスティルへ向かう途中の村で巨大な猪を狩ったときのものだ。
肉は村の人にあげて一緒に食べたが骨は回収しており、ゴーレムスキルで粉砕し圧力をかけて通常より短時間で煮出したものである。
煮出した後は骨などの固形物を除去し、油分と分離させると凍らせてから水分を除去した。
前世では普通にあった、インスタントスープなどに使われていたフリーズドライという製法だな。
さらには保存性を高めるため、これまた猪から分離させておいたゼラチンでコーティングして冷やし固めた後に乾燥させてある。
これで空気に触れず、劣化を極力防げるというわけだ。
まぁ、ゴーレム化したまま"格納庫"に入れておけば状態を維持できて劣化することもないのだが、こうして人前で使うということもあるだろうと思いきっちり考えておいたのである。
そんなスープの香りに周囲の視線がこちらへ引きつけられ、その中からメルクスやベルガさん、それにマリベルさんとビーナが寄って来た。
「何ですかこれ!凄くいい香りですね」
「ちょっと持っていた調味料を入れてみまして、良かったら味見をしてもらえますか?」
先ほどと同じように猪から取ったスープであることを説明し、ちょうどいいので味見をお願いする。
「味見ですか、ぜひ」
「「「あ、なら私も……」」」
快諾したメルクスに続いて他の3人も手を上げ、それぞれが近くにあった器へスープを注ぐ。
お互いに遠慮してか全員分が注がれるのを待ち、それから同時に口にした。
「「「っ!?」」」
4人の目がカッと見開かれる。
そしてそのまま味わうように少しずつ飲み、飲み切った4人は俺を問い質してきた。
「何ですか!この物凄く濃いスープは!?」
「ついさっき入れたばかりよね?こんな短時間でここまでのスープになるの?」
「い、入れた調味料はどうやって作るんですかっ!?」
「高級店で似た味のスープを出していましたが……少しあっさりしていますね」
商売になると思ってか、特にメルクスが必死な顔で製法を聞いてくる。
ただ、最後のベルガさんが言う通りなら、スープ自体はお店で出されているぐらいには知られているものなのだろう。
「ベルガさん、味自体は珍しくないってことですかね?」
「いえ、仕事で行ったお店で聞けたのですが……割った骨を半日以上煮込む必要があるそうなので、一般的というわけではありませんね」
野菜や香草などと一緒に煮込むらしく、燃料の問題もあって高い代金を取る必要があって高級店でしか提供できないそうだ。
入れる野菜や香草の配分という秘密もあるので、誰でも気軽に作れないからそこまでのことは教えてもらえたらしい。
そこで俺は2つ目の物体を取り出す。
ポチャン、ポチャン……
こちらもゼラチンでコーティングしてあるので白いのだが形状は丸く、スープに入れると溶けて割れた中身が湯面に浮いて広がった。
それを見てメルクスが尋ねてくる。
「これは……油ですか?」
「ええ。元々一緒に煮出してあったんですが、スープの劣化を防ぐために分けておいたんです。こちらも味見をどうぞ」
油が溶け出して味も変わるだろうと思い、もう一度味を見てもらう。
4人とも躊躇なくそれぞれの器に注ぎ、再びそれを飲み干した。
「「「っ!?」」」
再び見開かれる4人の目。
最初に感想を口にしたのは、油で唇をテカらせたベルガさんだった。
「あぁ、さっきよりも高級店のスープに近づきましたね。油の鮮度も良いようですし、あとは煮出したときの具材さえ分かれば……かなり近いものができるのではないでしょうか」
それを聞いてメルクスがズイッと身を乗り出してくる。
「ジオさん、いつの間にこんな物を?」
「え?一月ぐらい前ですかね」
「どのぐらい品質は保たれるのでしょうか?」
「少なくとも……1年ぐらいはこの味を保てるかと」
実際にどのぐらい保つのかはわからないが、インスタントスープの賞味期限はそのぐらいあるよな?
そう思って答えた俺に質問を続けるメルクス。
「1年も!?保存方法は?」
「水分や空気に触れさせないようにすれば……この革袋も内側に蝋を引いてありますし、水分を飛ばした塩と一緒に詰めてあるんですよ」
言いながら革袋の内側を見せ、それを見てメルクスは気づく。
「なるほど、振動などによる衝撃で固めたスープや油がぶつかりあって割れないようになってるんですね。それで空気や水を徹底して防いでる、と」
「まぁそうですね」
「ふむふむ……どちらも表面は同じもののようですが、これはなんですか?」
「あぁ、それも猪から取れたものですね。スープが冷めたときにプルプルしたものが出来たりするんですが、それを乾燥させたものだと思っていただければ」
「なるほど、それでそのままお湯に放り込んでしまっていいということですね」
メルクスはうんうんと頷くと、目を血走らせて申し出てくる。
「ジオさん!これ、うちで作れるでしょうか?」
ベルウェイン商会で売り出したいってことか。
それだけ売れると見込んだのだろう。
それ自体は許可しても構わないのだが、大きすぎる問題がある。
「それは構わないんですが……作るのはちょっと難しいんじゃないかと」
「どうしてですか?」
「ベルガさんも言ってましたが骨から煮出すのに時間がかかりますし、油との分離や乾燥にも時間がかかります。かなり高い値を付けないと利益が出ないんじゃないですかね?俺が作れたのは魔法があるからですので」
俺が作れたのはゴーレムスキルがあるからだし、そうでなければ作る気にもならなかったのではないだろうか。
商品として作るのなら量産を目指すはずであり、となれば燃料も人手も多く用意する必要がある。
となればそれだけ費用がかかるし、1つあたりの価格は高く設定せざるを得ないだろう。
「あぁ……なるほど……」
それをイメージできたのか、メルクスは一旦テンションを下げるも別の手を考えた。
「では、ジオさんが作ってうちに納品していただくというのはどうでしょう?」
「えぇ……面倒なので嫌です」
「そんなぁっ!?」
そんなぁ、と言われても……俺達には"遺跡"でマジックアイテムを手に入れるという目的があるからな。
これはイスティルにいるエルゼリアのためであり、彼女の豊富な魔力を有効に活用できる物を狙って"遺跡"へ向かっているのだ。
当然、ずっと"遺跡"に入っているわけではないだろうが、スープセットの納品で時間を取られるのは面倒からなぁ。
納期を気にして"遺跡"へ入ることが疎かになっては本末転倒だ。
なので断った俺だが……メルクスは食い下がった。
「な、何とかなりませんかっ?暇なお時間で出来た分を納品していただくだけでも!」
「それじゃ自分達で使う分がなくなるじゃないですか」
「1年も保つんでしょう?だったら今ある分がすぐに切れることもないのでは?」
「それでも"遺跡"から戻って町で休む時間をスープ作りに取られるのは嫌ですよ」
「そんなぁ」
拒否する俺に気を落とすメルクス。
そんな彼にベルガさんが尋ねる。
「あの、"遺跡"の町にベルウェイン商会のお店があるわけではありませんよね?向こうにお店を開くおつもりですか?」
「いえ。今運んでいる荷物を納品する商会があるのですが、そこがうちの商会長と懇意にしているところでして。そこで一旦預かっていただき、イスティルの方へ送っていただければ……」
問われたメルクスはそう答えるが、そこでベルガさんがある懸念点を挙げた。
「あの、その商会とどのくらい懇意なのかによりますが……それだけ売れると思われるものを、数を誤魔化さずに送ってくれる保証はあるのですか?」
「あ」
固まるメルクス。
この反応だと……どうやらそこまでの関係ではなく、あちらにとってはあくまでも数ある取引先の1つだったようだ。
その反応でこの話はおしまいだと判断したのか、ビーナが俺に聞いてくる。
「ねぇ、それ他の鍋にも入れてくれるの?」
「ん?ああ、構わないぞ」
「やった!じゃあ早く早く!」
というわけで……その後、俺はこのインスタントスープを全員分提供して具材を追加してもらい、メルクスもしょんぼりとしながらだが美味そうに飲んでいた。
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