ep62 不審なビーナ
ファースレイを出た俺達は、"遺跡"の街へと向かっていた。
護衛対象であるベルウェイン商会の馬車8台が並んで進み、それぞれに"金戦華"のメンバーが数人ずつ付いている。
彼女達は20人ほどなので、1台につき2,3人となっていて以前よりは手薄になっているのだが……
「ふむ、今のところは変に絡まれることもなくて順調ですね」
この時点ではまだ前後に他の旅人たちがいるものの、メルクスの言う通りうちの女性陣にちょっかいを掛けてくる者は出てきていなかった。
痴漢騒ぎのせいで俺の力が目立ったからかな?
しばらくして、休憩地点としてよく使われているらしい場所で止まる。
「ここで休憩にしましょう。ジオさんは水のほうをお願いします」
「了解」
ジャババババッ……
「……」
メルクスに言われて俺が桶や樽に水を用意していると、いつの間にかビーナが近くでその作業を観察していた。
コトッ、ジャバババッ……
馬用の桶に水を満たし、人間用にはそれぞれが持っている皮で出来た水袋に水を出すこととなっている。
水の塊から直接コップなどに移すと、握り込んでいる魔石を隠すために手を突っ込んだままにしておかなければならないからな。
なので水袋の中に直接水の塊を出現させ、魔石だけを"格納庫"へ回収するのである。
しかし……
ジャバババ……ピタッ
「……」
水が欲しくて来たのかと思ったが、馬用の桶が満杯になるまで彼女は無言で動かず。
「……なんだ?」
「……別に」
「はぁ?」
用件がわからないビーナにそんな声を上げていると、商会の人が馬用の桶を取りに来る。
「これ、持っていっていいですか?」
「あぁ、どうぞ」
「では」
「……」
このやり取りの最中でもビーナは無言であり、よくわからないので彼女を放っておいて水袋への給水をすることにした。
「皆さんどうぞー!」
その声に商隊の面々がやって来ると水袋を差し出し、それに水を補給するとそれぞれの持ち場へ戻っていく。
「おねがいしまーす」
「はいはい」
ジャボンッ
「おお、では」
「こちらもお願いしまーす」
「はーい」
ジャボンッ
「わ、一瞬で……あぁ、ありがとうございました」
そんな感じで水を配る中……もちろんその中にはベルガさんとマリベルさんもいたのだが、ビーナには特に何も言わず離れていく。
"金戦華"のメンバーも水を貰いに来るが、やはりビーナに言及する者はいなかった。
ララは商会の面々に混ざってもう水を貰っており、離れた場所で警戒に当たっている。
で、別に密室になったわけではないが……ビーナと2人になると、彼女は自分の水袋を差し出してくる。
「何だ、やっぱりいるんじゃないか」
コクッ
「……」
ジャボンッ
他の人と同じように水を補充し、それを返すと受け取ったビーナは少し飲んだ。
コクッ、コクッ……
「ふぅ」
「……」
「……」
一旦水を飲み終えた彼女だが、再び俺を無言で見てくる。
何だ?この状況。
観察しているような目でもあるのだが、用件を聞いても答えなかったしなぁ……
まぁ、休憩中だし好きにさせておけばいいか。
そう思っていると本当に休憩が終わるまでビーナはそのままであり、出発の準備に入ってようやく持ち場へ戻っていった。
カッポッ、カッポッ……
ガラガラガラガラ……
そうしてしばらく進んでいると、徐々に他の旅人は減っていった。
ファースレイの商隊で"遺跡"の街へ向かう者は、この時期だととっくに街を出ている。
"遺跡"へ向かう冒険者は、襲撃の可能性を下げたり助太刀してもらって生き延びる可能性を高くするため、護衛の依頼がなくても商隊に同行するだろう。
つまり、今日一緒に街を出た者たちは目的地が俺達とは違い、それぞれ別の道へ行ってしまったということのようだ。
出発前はあれだけ人がいたのに、今は部外者だと数組の冒険者しかいないな。
「では、今日はこの辺で野営にしましょう!皆さん準備を!」
そうこうしているうちに夕暮れが迫り、これもよく野営地として使われる場所で夜を過ごすことになった。
見晴らしの良い場所で近くに敵が隠れられるような場所はなく、不意打ちを受けることはなさそうなので十分な戦力があれば比較的安全なのだろう。
しかしそうなると薪などが落ちているはずもなく、焚き火などが起こし難くなるのだが……そこは俺が水を出せるということが影響し、馬車の荷台で水樽を積むはずだったスペースに薪が積んであるので問題なく火を起こせる。
もちろん薪に直接火を起こすのは難しいので、俺がゴーレムとして乾燥させ、繊維状に加工して綿のようになった物を試してもらう。
ガチンッ、ガチンッ……ボッ
「お、着火が早いですね。これってたくさん作れます?」
「商品にする気ですか?油のほうが早いと思いますが」
メルクスはこれが商品になると考えたようだが、もっと使いやすい物があるだろうとそう返す。
しかし彼は首を横に振る。
「いやいや。油はそれなりに高く付きますし、容器を壊したりして溢せばもう使えなくなります。この木の綿は多少扱いが雑でも使えるでしょうし、作る費用次第では問題なく売れると思いますよ」
「まぁ、落として使えなくなるのは水に浸かった場合ぐらいでしょうけど……乾かせば使えますからね」
「それにですね、"遺跡"は先が見えないほどではないですが中が薄暗いそうでして。最初から松明などを持ち込んでも戦闘中に消えてしまうかも知れませんし、火を起こしやすい手段が多いに越したことはないので全く売れないということはないと思いますよ?」
「ふーん……まぁ、手間が掛かるんでナシで」
「えぇーっ?」
拒否する俺にそんな声を上げるメルクスだが、実際にはすぐ作れるとしても在庫の数に予定を左右されたくない。
そんな事を気にしていては、目的を果たすことに支障が出るかもしれないからな。
"遺跡"に入るのはあくまでもエルゼリアが使えそうなマジックアイテムを手に入れるためだし、簡単に入手できるものではないと聞くのでそちらに集中しないと。
そんなわけで俺はメルクスの提案を断り、食事の用意をする商会員を横目に周辺の警戒に戻る。
見晴らしが良いということは、遠くからこちらの焚き火が良く見えるだろうからだ。
動物や魔物なら隠れられる場所がなくても襲ってくるかも知れないし、人間でも自分達のほうが戦力は上だと判断すれば襲ってきてもおかしくはない。
なので警戒を怠るわけにはいかず、寝るのも交代制になっている。
とはいえ襲撃の可能性は低いに越したことはないので……
「じゃあ、作ってきます」
「本当にいいんですか?」
「問題ありませんよ」
「では……お願いします」
メルクスとそんなやり取りをした俺は、商隊の周囲を回りつつ"ある物"を設置していく。
フッ、ズシッ
「よし」
商隊をぐるりと囲むように設置したのは……氷の壁だった。
"格納庫"の中である程度の大きさで作成し、それを隙間なく並べたのだ。
高さと幅は2mほどで、厚みは上が30cm、下が50cmの横から見れば台形となっている。
1つの大きな壁でいいのではないかとも思ったのだが、そうなると形状や状態の維持に大きな出力が必要となり、大きな魔石を内包しなくてはならない。
その魔石を板状にして仕込んだとしても、何らかの要因で壊れた場合に大きな魔石が露見するのはまずいからな。
だったら設置した後に魔石を抜いてただの氷にしてしまってもいいが、それだと時間の経過で溶けてしまう。
なので魔石による維持は必要であり、小さめの壁なら維持に必要な出力も小さくて済むのでこういう形で設置したのである。
このぐらいの魔石ならそこまで珍しくもないだろう。
もちろん魔力の量は多くしてあるので、少なくとも夜の間ぐらいは問題なく維持できるしそれなりのダメージを負っても修復できるはずだ。
そうして設置した壁は完全に光を遮るわけではなく、焚き火の灯りで全体がぼんやりと光っていた。
これでは目立つのではないかと思われそうだが、今回の目的はそれである。
これは盗賊などの人間に対するもので、少なくともこれだけのことをできる魔法使いがいることを示して諦めさせようという狙いがあった。
諦めなかったとしても、矢などでいきなり狙われることは減らせるはず。
まぁ……これだと高さもあって女性ばかりの"金戦華"には見張りがしづらいかもしれないが、四方に入口を設けてあるのでそこから見張ればいいだろう。
その入口前には少し間隔を空けて壁を設置してあるし、馬ぐらいなら問題なく通れるので出入りに支障はない。
そうして設置した壁には商隊の皆が喜んだ。
「安心感がありますね。風も遮られて火の番がしやすくなりますし」
「それに、この時期の風は日に日に冷たくなってきますからね。壁が出来てから暖かくなった気もしますし」
笑顔のベルガさんとマリベルさんがそう言ってくる。
壁の副作用というほどでもないが、風が遮られた上に白いことによる光の反射で熱が籠もりやすくなっているのだろう。
天井まで作ればその効果はもっと高まりそうだが、商隊を囲める範囲でそれをやるのは柱なども作る必要があり難しい。
氷の天井を浮かせておくことも出来なくはないが、それだと魔力の消費が激しくなるからな。
いくつかの火が起こされ、いくつもの鍋でお湯が沸かされる。
街を出た初日で食材は新鮮なものを使えるので、いろんな野菜と肉を煮込んだスープとなるようだ。
パンも保存食ではなく、上等と言えるほどではないが普通の柔らかさのものを用意してあると聞いた。
どうせなら"ちょっとしたもの"を提供しても良かったのだが……まぁ、初日の食料なら普通に美味しく食べられるものばかりだし別にいいか。
そう判断した俺は周囲の警戒を続けつつ、食事の準備が整うのを待つ。
そんな俺を……やはりビーナは観察するように見ていた。
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