ep61 ファースレイからの出立
"金戦華"が貸し切る宿にて、門番をやっていたビーナとの件をベルガさんに謝罪された。
ビーナも反省はしたようだし、これで帰ろうか……と思ったところで思い出す。
マリベルさんとの件でベルガさんに会おうとしたんだった。
そこでビーナがそれを口にする。
「そう言えば……アンタ、ベルガさんに用があってきたのよね?」
「あら、そうだったんですか?」
「あー、えぇっと……」
先ほどのこともあり、ベルガさんにマリベルさんとの交渉内容を話すのは気まずい。
報酬も手付けも同じだしな。
まぁ、どちらも道中で落ち着かせて別の形……金銭などでもいいと説得すればいいか。
となると、ここに来た用件は何だったのかという話になる。
単純にベルガさんに会いたかったと言えばあらぬ誤解をされそうだし……まぁ、無難にこれでいこう。
「いや、出立の準備ができているかを確認しに来ただけです。冒険者としてはそちらが先輩となりますので失礼かとも思いましたが、急に決まった出立ですので念の為にと」
「あぁ、そうでしたか。こちらの準備はできておりますが……ジオさんは冒険者になってまだ日が浅いのですか?」
宿へ来た理由に納得したベルガさんがそう聞いてきたので、俺は素直に事実を返す。
「はい。一月ぐらいでしょうか?」
それを聞いたビーナが声を上げる。
「ハァ!?私よりもド新人じゃない!」
「そうだが?」
「いや、そんなんで私をやり込められるって……」
「魔法があってのことだ。だから気をつけろよって話だな」
「うぐぐ……」
悔しそうだがいい勉強にはなっただろう。
そう思ったのはベルガさんもだったようで、苦笑しながらビーナを見ていた。
用は済んだからとベルガさん達の宿を出た俺は、自分の宿へ戻ってメルクスにも出立の準備について確認しておく。
「出立の準備は出来てますか?」
「ええ。水は緊急用にと少量ですが、それ以外は十分な量を」
「そうですか」
その返答に俺が頷くと、メルクスは盗み聞きを警戒してか若干声を抑えて言ってくる。
「例の盗賊達……サベリオ達の件ですが、やはりこの先で協力者の集団と合流するつもりだったようです。正確には吸収される予定だったと言ったほうがいいでしょうけど」
「へぇ……となると、この先でその集団と遭遇するかもしれないんですね」
「そうですね。先ほど入った情報では、近くの村から来ていた農夫が村へ帰るための護衛を雇ったのですが、その護衛をしていた冒険者達がまだ戻っていないとか。もしかするとその集団と繋がりがあり、サベリオ達のことを伝えている可能性があります」
なるほど、怪しまれないように護衛として街を出たということか。
まだ確定情報ではないが、覚えておいたほうがいいだろう。
「まぁ、動物や魔物だっているでしょうから気は抜きませんよ。ただ、万が一のときは氷の手で皆さんを運べますので」
ベルガさんには気づかれたし、氷の手で飛んで運べることを明かす。
すると予想通りというか、想像以上にメルクスは食いついた。
「そんなことが!?あぁそうか、30人以上を載せた荷車を引けるのならそれぐらいは……となると荷車ごと運べば旅程をかなりの短縮できるし、何なら荷車だけジオさんに運んでもらえれば輸送費用が格段に抑えられる……よし、ジオさん!うちと専属契約しませんか!?」
当然、俺はそれを断る。
「しません。"遺跡"に用があって行くんですから、物資の輸送に時間を費やすわけにはいきません」
「えぇーっ!?きっと大儲けできますよ?日持ちしない物とか、新鮮なまま届けられれば高値が付くそうですし」
「俺はほどほどの金で十分なので」
ゴーレムスキルで作れる物は自前で用意して節約できるし、それに必要な魔石も"遺跡"なら安定して手に入りそうだからな。
なのでそう言って断ると、メルクスは渋々ながら諦めた。
「ハァァ……気が変わったら私に言ってくださいね?」
いや、諦めてはいないようだが……とりあえずこの話を切り上げる。
「まぁ、とにかく。ある程度の魔石は用意していただきましたし、皆さんを無事に逃がせるよう尽力しますよ。それ以前に、そもそも逃げずに済むようにするつもりですが」
「こちらも気を抜くつもりはありませんが、万が一の備えがあれば冷静に動けるでしょう。どうぞよろしくお願いします」
そう言ってメルクスは頭を下げ、ちょうど良い時間なので一緒に夕食を取ることにした。
「ふぅ」
夕食後、部屋に戻ると兜を取ったのはララである。
顔を隠さなければならない彼女ではあったが、俺が口元の開いている兜を作っているのでそのまま食事が取れる。
とはいえこの宿はベルウェイン商会が貸し切りにしているわけでもないので、他の客に注目されて気疲れしたようだ。
「やっぱり食事は部屋で取ったほうがいいか」
「別にいいわよ。これで不敬だ!なんて言ってきそうなのがいなければだけど」
ララはそう返すと装備を外し、ベッドに座る俺の隣に腰を下ろす。
ポスッ
「まぁ、苦痛というほどでもなかったけど、それでも癒してくれるっていうのなら……癒させてあげるわよ?♡」
ベルウェイン商会との関係よりはララとの関係のほうが重要だし、俺への恩義で護衛やその他のお世話をしてくれているわけだからな。
「よし、じゃあ癒させてもらおうか」
ぐいっ
「アンッ♪」
なので俺はララの要望に応えることとし、彼女を押し倒すと入念にその身体と精神を癒すのだった。
そして翌朝。
ガヤガヤ……ザワザワ……
門の前には街を出ようとする人間で溢れ返り、その中に俺達も混ざっていた。
もちろんベルウェイン商会や"金戦華"も一緒であり、マリベルさんもちゃんと合流している。
近くにいるララは……昨夜の癒しによってか上機嫌だし、やる気に満ちているようだ。
「混んでますねぇ」
「まぁ、大きな街だとこうなりますね。いつどんな魔物が入り込んでくるかわかりませんから、門を開け放しておくわけにもいきませんし」
見逃されるほど小さいからと言って、それが危険度の低い魔物とは限らないしな。
魔物が持つ魔石は魔力の量と出力が重要だ。
量は外見で測れないが、出力はその大きさに比例すると思われる。
となれば、小さな魔石しか保有できないであろう魔物でも多くの魔力を持っているかもしれず、いきなり大きな影響が出るようなことはできなくとも少しずつ、じわじわと影響を及ぼすようなことをする可能性があるのだ。
まぁ、すぐに閉められるような小さな門も傍に設置してあり、緊急時なら夜中でも出入りできるそうなのでこれで問題はないのだろう。
しかし人が多いな。
皆がみんな、"遺跡"へ向かうわけではないのだろうが……同じ門から出るということは、多少なりとも同じ方向へ進むということだ。
外の危険性からか、街を出ようとしているのは男が殆どである。
ベルウェイン商会についている護衛は殆どが女だし、揉め事が起きないといいのだが……
と思っていると前方で女の声が上がる。
「ちょっと、触んないでよ!」
その声の発生源を馬車の上から探ってみると……声でわかっていたが、女のほうはうちの商隊の者だった。
ビーナのやつだ。
彼女は車列の2台目あたりにおり、メルクスと同じ4台目にいる俺とはそれなりに距離がある。
ちなみにベルガさんやマリベルさんは7台目で、ララは最後尾だ。
とにかくこの距離でもハッキリ聞こえるほどの大声を発した彼女だが、そのビーナに言われたらしい男のほうも負けじと大声で否定した。
「ハァ?俺じゃねぇよ!」
これは厄介だ。
痴漢行為は良くないが、被害者と思しきほうの言うことを何の疑いもなしに信じてはいけない。
被害に遭ったのが事実だったとしても、それが糾弾している相手だとは限らないからだ。
「ちょっと行ってくる」
「は、はい」
ララ、メルクスの警護を。
(了解)
俺はメルクスに断り、ゴーレム通信で彼の護衛をララに頼むと現場へ向かう。
「どうした?」
「あっ、ジオ!こいつが触ってきたのよ!」
「俺じゃねぇって!」
「嘘つかないでよ!胸当てから出てる部分を思いっきり掴んだじゃない!」
ビーナはいきなり良い扱いをされて他のメンバーからやっかまれるのを避けるために、しっかりした鎧ではなく胸当てのような防具を装備している。
その大きさ故の揺れを抑制するためキツめに締め付けており、それによって幾分中身がはみ出ていた。
そこを掴んできたということらしい。
「だから違うって!」
冒険者らしき男はあくまでも否定する。
「うーん……ビーナ、この男がやったと断言できるのか?触られたときにこの男の手であると確認したか?」
「してるわよ!」
「なら何故その手を捕まえなかったんだ?お前ならできただろう」
身体能力を強化するスキルを持ってるんだし、それを使えば可能だったはずだ。
それでも言いがかりをつけるために男の手を掴むということも考えられなくはないが、今から護衛として街を出ようとしているのに好き好んで揉め事を起こすことはないだろう。
なので普通に捕まえていれば彼女の言い分は通りやすかったのだが……別に捕まえているわけでもなく、男がこの場に留まっているのは人混みで移動できないというだけのようだった。
そんなわけで捕まえなかった理由を聞いてみたところ、ビーナは嫌な顔をして答えてくる。
「う、それは……この人混みなら逃げられないと思ったし、好き好んで男の手なんて触りたくないし……」
男に良い印象がないビーナの事情もわからなくはないが、とはいえこれは彼女の落ち度だろう。
その結果、どちらに非があると断言できない状況になっているわけだし。
しかしまぁ……被害に遭ったのが自分自身だから自らの裁量でそうしたのだろうが、護衛という立場である以上は私情で犯罪者を逃がしてしまう可能性を見せていいわけがないよな。
このまま話が平行線では埒が明かないし、確認の意味も込めて介入しよう。
「まぁ、わからなくもないな。汚い手なんて触りたくないだろうし」
その発言に男は抗議する。
「ハァ!?汚くねぇよ!」
「はい確保」
ガシッ、フワッ
「えっ?ちょっ、何だよこれ!?」
氷の手で両腕を掴まれ、宙に浮く容疑者の男。
男は地につかない足をバタつかせながら俺に文句を言ってくる。
「お前の仕業か!?なんで俺を!」
剣を持っていると魔法を使っているように見えないらしいので、今日の俺は魔法使いらしい出で立ちだ。
それでこの男は俺がやったことだと確信しているらしいのでそれに答える。
「いや、俺が汚いって言ったのはこの女に触った犯人の手だぞ?それに怒るってことはお前が犯人だろう」
「あっ……」
男は自分の失言に気づき、一瞬黙るも何とか言い逃れようとした。
「いや、あれは男全員が汚えみたいな言い方だっただろ!」
「俺は"汚い手"としか言ってないし、男に限定したものではなかったはずだぞ?それを男のことだと思い込んだのはお前が犯人を男だと知っていたからで、その上で怒ったのなら自分のことだと認識したからだ。違うか?」
「ち、ちが……」
「なら周りの人間に聞いてみるか?自分のことだと思ったかって。でも、それなら他にも怒ってる人がいないとおかしいよな?」
「ぐ……」
ここまで言ってやっと観念したのか、男は返す言葉もなく項垂れた。
そこへベルガさんがやって来る。
その後ろにはマリベルさんもいるな。
「お手数をお掛けしました」
「いえ、一応俺は冒険者の監視役でもあるので」
そう言って登録証を見せると、彼女は男が身に着けている登録証を確認した。
「あぁ……なるほど」
すると男がぎょっとした目で俺を見る。
「なっ!?お前監視役なのかよ!」
「別に隠してないだろ。普通に首から下げてるんだし」
「そこまで見てねぇよ!普通は色とかランクぐらいだろ!」
「そう言われてもな。そもそも俺が監視役であろうとなかろうと、相手の許可もなく触るなって話だぞ」
「ぐっ」
再び返す言葉がなくなった男。
そこへ街の兵が数人やって来る。
というか居た。
「お疲れ様です。後はこちらで」
「どうも。こちらは街を出るところなので、取り調べなどもお任せできますかね?」
そう尋ねるとベルガさんの後ろにいたマリベルさんが続く。
「冒険者ギルドのマリベルです。この方は"千手"のジオさんと言って、冒険者の監視役ですので」
彼女は取り調べで足止めされないようにと言ってくれたようで、それを聞いた兵はニヤリとして言葉を返す。
「そうですか。まぁ、先ほどのやり取りは見ておりましたしそれで十分かと」
「そうですか。ならお任せします」
そう言って彼らへ引き渡すために男を地に下ろすと、兵達は男を捕縛して連行する。
「では失礼します。お気をつけて、"千手"のジオさん」
「ぐっ」
恥ずかしいのでそこまで広く名乗っていないのだが……元々サベリオ達を捕らえた件で兵士には伝わっているのか、またはさっきマリベルさんが言ったからか。
「ほう、"千手"か……どういう意味だ?」
「さっきの男を捕まえてた"白い手"。2つ同時に出して操ってたし、あれをいくつも出せるんじゃねえのか?」
「千の手段があるということかもしれん」
やはり慣れない呼ばれ方に呻く俺だったが、周囲は普通に受け入れているようだ。
いや、千の手段を持つほど頭は良くないのだが。
そんな中……何故かベルガさんとマリベルさんは大きく頷いていた。
ひとまず騒ぎは収まり門が開いたので、それを待っていた人達が順次街を出ていく。
俺もメルクスの下へ戻ろうとすると、持ち場へ戻ろうとするベルガさんが笑顔で言う。
「今ので我々にちょっかいを掛けてくる者は確実に減るでしょう。被害に遭ったビーナには悪いですが」
「はあ、あれだけでですか?」
「あれだけでも十分だと思いますよ。一瞬で捕まえられて動けなくなると知れたでしょうから」
その言葉通りなのか……ファースレイを出た者から絡まれることはなく、しばらくは平穏な旅路が続くのだった。
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